正教会の祈祷書 日本正教会で用いられているもの−−スラブ系教会の伝統
正教会の奉神礼では様々な祈祷書を組み合わせて用いられます。ギリシアの祈祷書とスラブ系教会の祈祷書ではその編纂方法と内容が若干異なりますが、日本はスラブ系教会の流れをひいています。

祈祷書は大きく、調や祭日斎日などによって変わらない枠組みを作るもの、その枠組みに挿入されて祈祷を作るものの2種類に分けられます。

また、正教会の奉神礼(礼拝)は「ひとり」で行うようにできていません。複数の人がそれぞれの祈祷書を持って協力してひとつの祈りを作るため、司祭輔祭用、誦経者用、聖歌者用など複数の祈祷書があります。最近では「主日奉事経」など全体をひとまとまりにした便利なものもありますが、本来は別々の祈祷書を用います。それぞれの役割を帯びた複数の人が息を合わせて一つの祈りを協力して作っていくというのは、正教会の特徴である「共同性」にとって大切なことです。

正教会の主な祈祷書をご紹介しましょう。
日本正教会では明治時代に聖ニコライが翻訳した漢文調の祈祷書をそのまま使っています。

調や祭日斎日によって変わらない、祈祷の枠組みを作るもの


主に司祭輔祭が使うもの

奉事経
司祭や輔祭が徹夜祷や聖体礼儀などの実際の祈祷をするときに便利なように、祈祷の流れと基本的な祈祷文(連祷や祝文)と動作が記されています。司祭によって黙誦(聖歌や連祷の間にとなえられる)される「祝文」は、古代教会から直接伝えられるもので、大変重要なものです。特に聖体礼儀のパンとぶどう酒の尊体血への変化を祈るアナフォラという部分の祝文は、信仰のエッセンスが盛り込まれた重要なものです。

聖事経
聖体礼儀以外の機密(洗礼、婚配など)や、埋葬式や成聖祈祷など諸祈祷で用いられます。




主に誦経者が使うもの、聖歌の歌詞となるもの

時課経

正教会の一日の祈りを構成する、真夜中の夜半課から、早課、一時課、三時課、六時課、ティピカ(聖体礼儀代式)、九時課、晩課、晩堂大課がまとめられた、最も基本的な祈祷書です。ただし、基本的な祈祷の流れと、固定された祈祷文のみが掲載され、実際には後述する八調経や祭日経など他の祈祷書を併せて用いなければ完全な祈祷は行えません。平日の祈祷の形が基本になっているために、主日祭日の場合は、幾分異なるところがあります。

聖詠経 
旧約聖書の聖詠(詩編)が二十のカフィズマ(坐誦経)というグループに分けて記載されています。それぞれのカフィズマはさらに三つのスタティヤ(段)に区分されています。早課や晩課の中で、各曜日にはどのカフィズマが読まれるべきかについての細かい指定があります。なお、正教会は旧約聖書は基本的に使徒や聖師父たちが用いた七十人訳ギリシャ語聖書(セプテュアギンタ)を使用しますので、聖詠経も、近代のヘブライ語原典から訳されたものとは少し異なる部分があり、また聖詠の番号も一つずれているところがほとんどです。例えば、有名な五十聖詠は、他教派が用いている聖書では五十一詩編となります。



調や祭斎日によって変わる部分を納めたもの



八調経 
教会の祈祷は一調から八調まで八つのメロディー(詩の形式)体系を持っています。聖神降臨祭後第二の主日から始まる週を八調として、週ごとに一調、二調と変わってゆき、八調までいったら、また一調に戻り繰り返されます。この繰り返しが基本的に四度行われて、大斎準備週という三歌齋経を用いる期間に入ります。八調経には各調ごとにその週の各曜日の時課や早課、聖体礼儀や晩課にどのような祈祷文が適用され読まれる(歌われる)べきかが記されています。

月課経 (祭日経)
一年間を通じての、日々の記憶(記念)されるべき聖人や諸祭日に適用される祈祷文が月ごとにまとめられています。その性質上、聖人や記念すべき出来事が増えるたびに内容が増えてきたわけで、現在では膨大なものになっています。例えば我が国の光照者聖ニコライの列聖に際して、私たちが今一番身近な聖歌として歌っている「ニコライのトロパリ」や他の祈祷文が作られ、月課経に増補されました。我が国では全文は翻訳されておらず、月課経から主要な祭日と主要な聖人の部分だけがまとめられた祭日経が使用されています。

三歌齋経 
毎年日付が変わる(移動祭という)復活祭の十週前から使用が開始され、大斎準備週間(最初の三週間)・大斎期(次の六週間)・受難週の祈祷に適用されます。この間、毎年重なり方が変わってくる、祭日や聖人のための祈祷とどのように組み合わせて祈祷すべきかを指示する「マルコの章程」が付属しています

三歌花経(五旬経) 
復活祭から始まる八週間に使用され、最初の光明週間、聖神降臨祭までの次の六週間、最後の一週に適用され、衆聖人の主日(聖神降臨祭後第一の主日)から八調経が主に使用される通常期が再開されます。日本ではまだ完訳が出版されておらず、五旬経略を用いています。



福音経・使徒経
 新約聖書の福音書と使徒行伝・使徒の書札(書簡)が沢山の小さなまとまり(「端」)に分けられ、年間の教会暦や諸祈祷の中でどのように読んで行くかが指示されています。

福音経は美しく金装や銀装され、通常、つねに宝座(祭壇)中央に安置されています。奉神礼の中では、誦読されるだけではなく、輔祭や司祭によって持ち出されたり、高く掲げられたりすることによって、ハリストスご自身やその教えを象徴的にかたどります。使徒経は聖体礼儀の時などに誦経者によって読まれます。





このほかに

連接歌集 (イルモロギ)
もともとイルモスを収録したもので、聖歌者用の祈祷書です。聖体礼儀に必要な祈祷文、大斎の旧約歌頌など、他の祈祷書に含まれない聖歌の歌詞の部分が収録されています。

大斎第一週奉事式略、受難週奉事式略、五旬経略 
大斎の第一週、受難週、復活祭期の祈祷に最低限必要なものを、あらかじめ時課経や奉事経などの枠組み部分と組み合わせてあります。ニコライ大主教は三歌斎経や五旬を作る前に「奉事式略」シリーズを出版し、まず祈祷が行えるようにしました。後に改訂を加えて大きな祈祷書を作りましたが、五旬経は出版されていません。


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