大斎早課のカノンの実施方法について


 大斎も第1週目はひとまとまりになった祈祷書がありますが、第2週目からは「第1週」の祈祷書を片手に、三歌斎経と「連接歌集」を組み合わせてカノンを実施します。ニコライ大主教が編纂された「大斎第1週奉事式略」では旧約歌頌「諸預言者の歌頌」がかなり略されています。

カノンとは

 カノンは、旧約聖書に含まれる祈りの歌(旧約歌頌 canticle)をベースにして作られた新しい形式で、7−8世紀にパレスティナの修道院を中心に発展しました。初期には旧約歌頌に短い附唱(リフレイン)をつけて歌われていただけでしたが、歌頌の句の間に、新しく作られたトロパリ(讃詞)を挟み込んで歌うようになりました。もともと独立した祈りでしたが、のちに早課の途中に挿入されて行われるようになりました。
  *トロパリは単節の短い詩を指す。いわゆる主日トロパリ、祭日トロパリだけがトロパリではない。)

 挿入されるトロパリ群は八調経、月課経、三歌斎経などの祈祷書に納められており、月課経から1つ三歌斎経から二つなど、歌頌ごとに複数のカノンを並べて構成します。各歌頌の各カノンには4個から6個のトロパリが含まれ、第1トロパリをイルモスと呼びます。イルモスは連接、鎖という意味で、構造上ではカノン同士を結びつけ、内容上では旧約と新約のテーマを連結します。

  現在では大斎以外の時は、旧約歌頌は歌われず、短い附唱(冠詞、「主や光栄は爾の聖なる復活に帰す」など)がトロパリに先行するだけになりましたが、トロパリの内容は旧約のテーマと密接に結びついており、旧約の預言がハリストスによってどのように成就したかが歌われます。

 しかしながら大斎だけは旧約歌頌の間にトロパリを挿入し旧約歌頌とトロパリを交互に歌うという古い形が守られていますます。

カノンの歌頌と引用されている旧約聖書

 さて歌頌・オード(ode/canticle)とはもともと歌を意味し、各歌頌の詞は旧約聖書の祈りの歌がそのまま引用されています。出典は次の通りで、第9歌頌だけは旧約の成就として新約聖書からです。

第1歌頌   モイセイの歌 (出エジプト15:1〜9)
第2歌頌   モイセイの歌 (申命記32:1〜43)  
第3歌頌   アンナの祈り (列王記I<サミュエルI>2:1〜10)
第4歌頌   アワクムの祈り(ハバクク3:1〜19)
第5歌頌   イサイヤの祈り(イザヤ26:9〜20)
第6歌頌   イオナの祈り (ヨナ2:3〜10)
第7歌頌   3人の少者の祈り(ダニエル3:36〜56)
第8歌頌   3人の少者の祈り(ダニエル3:57〜88)Benedicite
第9歌頌   生神女の歌  (ルカ1:46〜55)Magnificat
         ザカリアの祈り(ルカ1:68〜79)Benedictus


これらのテキストは『連接歌集』に掲載される。参考テキスト

大斎のカノンの実施方法

 ティピコンによれば、大斎の平日のカノンは月課経(ミネヤ)からその日の聖人カノン1つと三歌斎経のカノン2つ(イオシフ作とフェオドル作)を組み合わせて実施します。月課経には通常どおり第1歌頌から第9の8つの歌頌(第2歌頌はない)が含まれますが、三歌斎経のカノンは曜日によって、以下のような組み合わせの3歌頌のみが含まれます。大斎の祈祷書が三つの歌(tri-ode)斎経と呼ばれる理由はここにあります。

月課経の聖人のカノン 三歌斎経
1、3、4、5、6、7、8、9歌頌 第1歌頌 +第8歌頌と第9歌頌
1、3、4、5、6、7、8、9歌頌 第2歌頌 +第8歌頌と第9歌頌
1、3、4、5、6、7、8、9歌頌 第3歌頌 +第8歌頌と第9歌頌
1、3、4、5、6、7、8、9歌頌 第4歌頌 +第8歌頌と第9歌頌
1、3、4、5、6、7、8、9歌頌 第5歌頌 +第8歌頌と第9歌頌
1、3、4、5、6、7、8、9歌頌 第6+第7歌頌 +第8歌頌と第9歌頌 
(土曜日だけは4歌頌ある)

 月曜日を例にとると、第1歌頌は月課経のカノン一つと三歌斎経の二つのカノンをあわせ、第3歌頌から第7歌頌は月課経のみ、第8歌頌と第9歌頌は月課経のカノン一つと三歌斎経のカノン二つを順次歌います。 
<表:月曜日の例>

第1歌頌 月課経のカノン 三歌斎経の第1のカノン 三歌斎経の第2のカノン
第2歌頌 なし
第3歌頌 月課経のカノン
小連祷 (セダレンがある場合もある)
第4歌頌 月課経のカノン
第5歌頌 月課経のカノン
第6歌頌 月課経のカノン
小連祷 (コンダクがある場合もある)
第7歌頌 月課経のカノン
第8歌頌 月課経のカノン 三歌斎経の第1のカノン 三歌斎経の第2のカノン
生神女の歌「ヘルビムより尊く」
第9歌頌 月課経のカノン 三歌斎経の第1のカノン 三歌斎経の第2のカノン
常に福、小連祷

現実には日本では月課経が訳されていないので、三歌斎経のカノンだけ使って行います。

旧約歌頌にカノンを挿入する方法

 さて、月課経がある場合、月課経一つと三歌斎経二つの両方から合計3つのカノンを順次歌って(唱えて)行きます。月課経のカノンと三歌斎経の二つのカノン(イオシフ作とフェオドル作のカノン)にはそれぞれ6、4、4個のトロパリ、聖三讃詞と生神女讃詞が含まれ、これを旧約歌頌の句の間に順次挟み込んでゆきます。ニコライ大主教が作られた「大斎第1週祈祷式略」では、月課経がない実業にあわせて、旧約歌頌の第5句から第10句までと月課経のカノン、及び三歌斎経第1のカノンのイルモス等が省略されています。

水曜日の第3歌頌を例にあげて比較します。(列王記第1巻2章1至10節)
   注:黒字が旧約歌頌です

月課経と三歌斎経の組み合わせ 大斎第1週祈祷式略での実施方法
月課経のカノンのイルモスを歌う
1 我が心は主の中に堅められ、我が角は我が神に在りて高くなり、我が口は我が敵の上に開けたり、蓋我は爾の救の為に楽しむ。
2 主の如く聖なる者あらず、蓋爾の外に他の者なし、我が神の如く堅固なる者あらず。
3 復驕れる言を言ふ勿れ、狂妄をして爾の口より出でしむる勿れ、
4 蓋主は睿智の神にして、行為は彼に権られたり。
月課経のカノンの第1トロパリ ここから省略
5 強き者の弓は弱み、弱れる者は力を帯びたり。 
月課経のカノンの第2トロパリ
6 飽きたる者は糧の為に労働し、飢えたる者は息ふ。
月課経のカノンの第3トロパリ
7 胎荒れたる者は七子を生み、多くの子ある者は衰ふ。 
月課経のカノンの第4トロパリ
8 主は殺し亦生かす、地獄に下し亦上す。
月課経のカノンの第5トロパリ
9 主は貧しくし亦富ますも卑くし亦高くす
月課経のカノンの第6トロパリ
10 主は貧しき者を塵埃より起し、乏しき者を草芥より挙げて、之を牧伯と共に坐せしめ、光榮の位を嗣がしむ。
三歌斎経 第1のカノンのイルモス歌う
11 彼は其聖者の足を守る、不法の者は幽暗の中に消ゆ。
三歌斎経 第1のカノンの第1トロパリ 三歌斎経第1のカノンの第1トロパリ
12 蓋人は力を以て堅固なるに非ず、主は之に敵する者を砕かん、主は聖なり。 
三歌斎経 第1のカノンの第2トロパリ 三歌斎経第1のカノンの第2トロパリ
13 智者は其智を以て誇る勿れ、強き者は其力を以て誇る勿れ、富む者は其富を以て誇る勿れ。
三歌斎経 第1のカノンの第3トロパリ 三歌斎経第1のカノンの第3トロパリ
14 誇らんと欲する者は主を悟りて彼を知り、且地の中に審判と義とを行ふを以て誇るべし。
三歌斎経 第1のカノンの生神女讃詞 三歌斎経第1のカノン 生神女讃詞
三歌斎経 第2のカノンのイルモス歌う
15 主は天に升りて轟けり、彼は義にして地の極を審判せん。
三歌斎経 第2のカノンの第1トロパリ 三歌斎経 第2のカノンの第2トロパリ
16 彼は力を以て其王に賜ひ、其膏つけられし者の角を高くせん。
三歌斎経 第2のカノンの第2トロパリ 三歌斎経 第2のカノンの第3トロパリ
17 光榮、
光栄讚詞 光栄讚詞
今も。
生神女讃詞 生神女讃詞
我等の神よ光栄は爾に帰す、光栄は爾に帰す
三歌斎経 第2のカノンのトロパリ 三歌斎経 第2のカノンのトロパリ
カタワシャとして第2のカノンのイルモス歌う カタワシャとして第2のカノンのイルモス歌う

第2週以降も「大斎第1週祈祷式略」に従って、旧約歌頌の間に、適宜三歌斎経のカノンのトロパリを挿入していけば、第1週と同じようにカノンを実施することができます。あるいは三歌斎経の指示通り、「連接歌集」を読み、途中から三歌斎経のトロパリを挿入していきます。イルモスを歌う場合は、三歌斎経には最後のカタワシャ以外は冒頭部分しか出ていないので、「連接歌集」の一覧で探します。トロパリの数は一定していないので、少ないときはくり返せばいいし、多すぎるときは省略して調整します。

旧約歌頌のテキストは「連接歌集」P276に「諸預言者の歌頌」として載っています。
※第4週のみは三歌斎経に三歌頌だけでなく、1から9歌頌まですべての歌頌があります。


参考資料: 水曜日 金曜日に用いる旧約の歌頌 (『大斎第1週祈祷式略』に準拠して、旧約歌頌とともにカノンを行う組み方実際の組み合わせ例pdf