日本ハリストス正教会の
至愛なる諸子に告ぐ




(セリギイ府主教筆頭署名のパンフレット)


1926年7月


          主イイスス自から云い給う蓋与うるは受くるよりも更に福なり(行伝二十ノ三十五)

 回顧すれば、今を隔たる三年前東京市の大破壊中に、主は我が荘厳なる大聖堂を我等の手より取り去られたり。爾来東京市は漸く復興の緒につき、駿河台に於ても三、四、五層に及ぶ鉄筋コンクリイト製の大厦高楼は建築され、我が本会敷地の側面には広大なる新市街が通じて、復興の活動は本会の四囲に沸騰す。
 然れども我が旧大聖堂は、独依然として廃墟の儘に存して、全三年の今日に及びぬ。雨や雪、風や嵐は遠慮なく廃残の四壁を損傷す。速に修繕を要す。若し此の期を過ぎたば施すに術なからん。
 諸父母及兄弟姉妹、翁と少年諸子よ、茲に挙会皆奮起して一人の如くなり、即時各々応分の義損に任じて此の旧大聖堂復興の業に任ぜん。而して再び我が大聖堂の高壮なるクーポルの上より主の聖十字架が光り輝いて、我が帝都を祝福するを観るに至る迄は断じて努力せん。
 修築工事の設計図は既に成りたれば、各自親から其の教会について熟覧されたい、該設計は早稲田大学教授岡田工学士の手に成りたる物にして、其の外観も内容も旧に勝り、且更に安全なり。クーポル(円蓋)上の十字架は旧聖堂鐘楼上の十字架よりも高からん。然れども該設計図は未だ完備したる物ではない。近く更に研究を遂げて改良すべし。
 工事費亦概算に過ぎぬが、先ず以て貳拾四万円を要す。去る七月開催された本年の公会は特に此の大聖堂修築のことを熱心に審議して、万事速に其の実行に取りかかるべき決議をなし、先ずパヱル森田長司祭を選挙して、其の実行委員長に定め、漸く事の緒に就くに随い、斯道に経験ある適当の士を選びて委員会を組織し以て着々此の大事業に任ぜんとす。
 至愛の諸子よ、斯くて我が旧大聖堂は必ず復興されん。日本正教会の大聖堂は修築されん。我等日本の信徒は先ず主として工事の義損に任ぜん。而して我が献金は前工費の大部分即ち七八分まで任じ、外資は僅に二三分を仰ぐ程度の決意を以てこれに任ぜん。
 或は謂わん、献金は外国より充分に得らるべしと。幸に其多きを得ば、学校建設費に充当せん、亦我が教会の大に要する所である。海外には多く期待せず、寧ろ全く之を忘れて、我が日本正教会信徒は悉く和衷一致して、速に此の大聖堂修築の決意をなさん。而して即時速に何の狐疑躊躇することなく其の喜んで応ずる献金を本会に納められんことを祈望す。
 兄弟よ、神既に世の富を以て爾を祝福したるか。須く其の正直忠実なる神の支配人たる心得にて、神に属する資産中より、多分の献金に応じて以て神前に忠義善良の僕たる実を表されたい。或は又毎月俸給を領くる勤労者なるか、希くば神の事業に吝なる勿れ、当九月十月及び其余工事の継続する間幸に月収の何分を献ぜらるる事あらば。亦以て相当の巨額に達するを得ん。或は又商人ならんか毎日の所得中特に心掛けて、其の一割なり一分なりを積たて、毎月末に該工事の終るまで本会に納められなば亦以て大いに尽さるる所あるを得べし。或は夫れ農夫ならんか、朝より晩まで田野に労して、終に其の収穫を賦与する者は其の手腕にも非ず、其の力にも非ず、即ち雨露、順風、温和晴明なる天気等を賦与する神なることを他人よりも更に多く識られなん。宜く其の心を神のために開き、感謝の心にて、其の信と愛との豊なる如く速に此の大聖堂修築費中に豊に献ぜられたい。之を債として神に納められたい。神は又豊に此の債務を果たされなん。即ち其の三十倍、六十倍、百倍なるを得ん。
各教会に亦特に懇望す、幸に共有の基本金とか、積金とかあるを得ば、此際又各個人の献金以外に何分か之を該工事費に割譲されたい。婦人会にも亦然り。
 男女の学生諸子よ、亦其の冗費を節して、多少を論ぜず斯の工費を助けられよ。青年会、日曜学校亦皆大聖堂の修築さるるに多分の献金を要することを記憶せられよ。
 一言に尽さば老幼男女我が全会挙って、皆此の事業を堅く心に留めて大に尽されたい。幸に得る所多く又其の速なるを得ば我が修築工事は亦即時に来る秋期に着手するを得ん。今日の場合は唯悉く一致協力して此の一大事業を仕遂げねばやまぬ気概を以て、奮起する一事あるのみ。此の他一切の論議を避けん。如何なる議論も更に効なく又更に基く所なからん。
 貳拾四万円の巨額、現在の我が日本正教会には到底其の企て及ぶ所に非ずと謂わんか、なれども兄弟よ、現に地方教会中其の聖堂を建つるに当り、一挙にして壱万四千円の大金を得て決行したる所あり、豊橋教会の如き之れなり。己が教会の修繕に一萬円の大金を費したる所あり、即ち仙台教会の如き之れなり。今若し我が全国を挙って其力を合わするに至りては、貳拾四万円敢て必しも当り難き資金にあらじ。試に公会議事録を開いて影況表を一読されたい、今日の日本正教会は毎年既に其の教役者に供給する所及種々教会の用途に費す所を合計すれば四万六千二百数円の巨額に達す。毎年任ずる所の経常費既に斯くの如くば一時金の貳拾四万円亦必しも当り難き理なからん。或は曰わん如何にして速かに彼の旧大聖堂を建築するを得ん。此が為には出来る丈簡易に修築するを可とせずやと。
 然れども兄弟よ、此の修築事業は此れ活ける神の殿が、此所に修築さるるのである、日本正教会の光栄が復興さるるのである、故大主教ニコライ師の永久的記念物が復活されるのである。斯くも重大なる意義ある新聖堂は断じて旧堂に劣るべきにあらず、大に勝る所ありて然るべきなり。此故に今日の場合挙って皆同心一致して斯く言わん、曰く幾分費す所の多くとも出来る限りヨリ堅固に修築すべし、完全に火災と地震の憂なき安全に修築すべし、以て大東京の一美観(かざり)となり、日本の一美観となり。東洋全体の一大美観たるを得ば幸なりと。
 或は又大聖堂は此所暫く必要なしと云わんか、なれども故大主教ニコライ師は去る一千八百八十四五年の頃既に其の必要を認めて決意し、七ヶ年の長期間苦心惨憺して建築したることをおもえば、況や今日の日本帝国に於ける神の聖名の光栄の為、日本正教会の名誉の為、我が正教会の使徒たる故大主教ニコライ師の永久の記憶の其の為めに、実に果して必要なるべきや論なからん。
 他に亦種々の説をなす人なきに非ず。曰く先ず学校を興すべし、曰く教役者の窮乏を助くべし。兄弟よ、之れ等の事も無論必要なからん。然れども今日の場合は希くば、相離反せずして皆一致されたい。否らざれば終に何事も成らざらん。幸に学校を復興し得ても即時に亦巨額の経続費を要す。今日に於いては惜哉到底我等の耐うる所に非ず。然れども旧大聖堂の修築には唯一時金を得ば全く足り、而して其の将来は日月を追うて益々栄うる者のを得ん。今は唯悉くの疑惑を去り、在来の不快な行き掛り等を悉く忘れて、皆白紙の如き高潔の心になりて、一致協力して此の旧大聖堂修築の一兎を逐い、速に之を躬止めねば断じて止むまじき精神を以て邁進したいのである。要するに大聖堂を修築するは我等人々が為すに非ず神自ら修築し給うのであるという覚悟で此の事に当り、大主教を中心にして委員長は委員、等と共に其の手足となり、何処迄も一致和合して万事に出来る限りの注意を払い、以て敬虔なる献金者の聖意に応へ、厘毛の微と雖も決して苛もせず納金は一々正教時報上に記載して報告し、又一は受領證を出すべし、支出亦正明精細にして年度公会に提出すべきを公約す。故に皆希わくは清浄なる心より歓んで、かこつことなく修築資金を寄贈されたい。成るべくは予約法に出でずして、即納を希望す。予約有手も現金なくんば終に又何の時か工事に取り掛り得るん。至愛の兄弟よ凡そ潔浄なる献金は即納を其の常とす。感激して即時能する限りを献ずる之れなり、聖書に記載する如く寡婦のレプタは斯の如くでありた。税吏ザクヘイの所有の半は斯かかる献金でありた。無論自ら計算する所に随って何回献納するも可なれど、遅疑延滞することなく本書を読みて即時に決意されたい。本書は之れ敢て筆墨を弄して書きたる物ではない、熱する心の血の涙を以て書きたる物である。豊に献ぜられたい。神の事業の其の為めに献ぜられたい。我等の万事に万事たる其の神に熱心の債を負わされたい。



 兄弟よ本年度の公会は平和にして愛の中に頗る事務的に終結を告げた。全会一致して旧大聖堂の修築を希望し其の速なる修築に希望を寄せて各自散じたり。寧ろ無意識にして速なる修築の出来得るべきことを信任したり。此れ即ち神が公会員の心を斯の如く指導したもうたる物に相違ない。我等六十余名の者皆該公会の時には斯の一心一意を保持せり。今や凡我等日本の正教会信徒たる者、北は樺太より南は台湾、二死は京城、奉天、大連、等に至まで居住する者皆挙って唯一の心、唯一の意志、唯一の斯の希望を作り成して一大決意をなし、以て一大奇蹟を行わねばならぬ、他ではない即座に旧大聖堂修築に要する資金貳拾四万円を調達すること此れである。若し既に献金が募集されたるも未だ本会に納まらず、銀行か何かに預け入れられあるようならば、此際遅延なく本会に送られたい。本年度公会の決議により現復興委員会は総務局を離れて別個独立の者となり、万事改めて此事に当らんとす。若し又既に三年五年と予納を約されたらんには、此の際速に奮発して其の予約を果たし、以て早速本会に送られたい。教役者所在地にありては早速教役者が之を纏めて本会に送られたい。教役者の近くに在住せざる所は亦自から本会に直送されたい。従来各教会に在りて募集に尽されたる委員諸兄亦此際速に其の任を果して本会に送付されたい。本会に宛つるに当りては之を其の事務所に宛てず、時報社は勿論総務局にも宛てず、一に復興委員長司祭パヱル森田亮宛送付されたい。同人は四谷教会に任ずるも凡旧大聖堂修築に関する事件は金銭の出納等は勿論のこと皆常に本会内に在りて之を管理す。而して納金の如きは厘毛の微に至る迄一に大主教に報告し、旧大聖堂の工事は勿論金銭の支払等に至るまで皆亦大主教の総轄切実なる指導及監督の下に行わるる者と心得られたい。
 斯の如く万事公明正確にして熱心に斯業に任ずるに到りては、何等の疑惑も論議も更にあるべき筈なく真に「ハリストスの唯一の体」となりて我が若き日本正教会が一意一心にして、旧大聖堂修築の業に任じ得べし。日本正教会の旧復活大聖堂復活の途は一に唯茲にありて存す。幸に斯くて旧大聖堂が復活せば精神的終に又我等一同日本正教会の教役者も信徒も皆挙って復活せん。
 和平と慈愛の神は願くば我等をハリストスの一体一心に一致和合せしめ給わん。
 大能の神、主宰、和平の君は願くば其の恩寵の能力を以て我等を祐け給わんことを。

救主降生紀元一千九百二十六年
   大正十五年七月二十九日   東京本会にて
               
大 主 教 セ リ ギ イ
        旧大聖堂復興委員長 長司祭パヱル森田 亮
        正 教 会 総 務 局 長  司 祭 イリヤ佐藤 峰       



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