付録 2
聖大齋内に三歌齋經に、遇ふ所の大聖人、主の迎接祭、及び至聖生神女の福音祭の奉事を合せて歌ふ式を載す。
知るべし、若し三成聖者大ワシリイ、神學者グリゴリイ、及び金口イオアン祭が税吏、或は蕩子、或は斷肉の主日に遇はば、
彼等の全奉事を前驅の聖首の發見の奉事と同じく歌ふ、下に記すが如し、一千三百七頁を看よ。
若し三成聖者祭が断肉の「スボタ」に遇はば、
彼等の奉事を一切變更なく前に金曜日に歌ふ。
若し三成聖者祭が乾酪週間の月曜日或は火曜日に遇はば、
其奉事を一切前驅イオアンの尊首の發見の如く歌ふ、一千三百九頁を看よ。
若し三成聖者祭が乾酪週間の水曜日に遇はば、
其奉事を同乾酪週間の火曜日に歌ふ。
若し金曜日に遇はば、其奉事を木曜日に歌ふ。
[*]知るべし、若し主の迎接祭の前期がファリセイ、或は蕩子、或は斷肉、或は斷酪の主日に遇はば、式左の如し。
「スボタ」に、小晩課に、主日の讃頌及び生神女の、常例の如し。大晩課に、讃頌は主日の三、及びアナトリイの一、三歌經の三、及び祭前期の三。
若し斷肉の主日ならば、讃頌は主日の三、三歌經の四、及び祭前期の三。光榮、三歌經の。今も、當調の第一の生神女讃詞。「リティヤ」に、讃頌は本堂の、及び祭前期の、晩課の挿句の。光榮、三歌經の。今も、祭前期の早課の挿句の。挿句に、讃頌は主日の。光榮、三歌經の。今も、祭前期の。餅の祝福に、讃詞は「生神童貞女よ」二次、并に祭前期の一次。「願はくは主
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の名は崇め讃められて」、三次。及び誦讀。
【注意】 徹夜禱のなき處には、「主宰よ、今爾の言に循ひて」の後に。讃詞は主日の。光榮、今も、祭前期の。晩堂課には、「天に在す」の後に、祭前期の小讃詞を誦す。光榮、今も、三歌經の。
早課に、「主は神なり」に、讃詞は主日の二次。光榮、今も、祭前期の、及び其他規程に至るまで主日の。規程は主日の、「イルモス」と共に四句に、生神女の二句に、祭前期の四句に、及び三歌經の四句に。共頌は祭日の。
若し断肉の主日ならば、
【注意】 規程は主日の四句に、祭前期の四句に、及び三歌經の六句に。共頌は三歌經の。第三歌頌の後に小讃詞は祭前期の、及び同讃詞。坐誦讃詞は三歌經の、二次。光榮、今も、祭前期の。第六歌頌の後に小讃詞及び同讃詞は三歌經の。第九歌頌の後に「ヘルワィムより尊く」を歌ふ。光耀歌は主日の。光榮、三歌経の。今も、祭前期の。「凡そ呼吸ある者」に、讃頌は主日の五章、三歌經の三、其附唱と共に。
若し斷肉或は斷酪の主日ならば、
【注意】 讃頌を歌ふこと主日の四、及び三歌經の四、其附唱と共に。光榮、三歌經の。今も、「生神童貞女よ、爾は至りて讃美たる者なり」。大詠頌、復活の讃詞。聯禱、及び發放詞。次に、光榮、今も、福音の讃頌。并に第一時課、前院に。各時課に、讃詞は主日の。光榮、祭前期の。今も、時課の生神女讃詞。聖三祝文の後に小讃詞は祭前期の、及び三歌經の、更誦す。
聖體禮儀に、眞福詞は、本調の四句に、及び三歌經の第三歌頌四句に、并に、祭前期の第六歌頌四句に。聖入の後に讃詞は主日の、及び祭前期の。光榮、小讃詞は三歌經の。今も、祭前期の。提綱は本調の。使徒、福音經、及び領聖詞は本日の。
[*]若し主の迎接祭の前期が斷肉の「スボタ」に遇はば、
其時主の迎接祭の前期の奉事を前に本週間の金曜日に歌ふ、聖キル、イオアン、及びトリフォンの奉事と
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共に。
[*]若し主の迎接祭の前期が乾等酪週間の月曜日或は火曜日或は木曜日に遇はば、
【注意】 「主よ、爾に籲ぶ」に、讃頌は祭前期の三、及び聖人の三。光榮、聖人の。今も、祭前期の。挿句に、三歌經の自調二次、及び致命者讃詞。光榮、今も、祭前期の。晩堂課に、「常に福にして」の後に小讃詞は祭前期の。早課に、「主は神なり」に、讃詞は祭前期の二次。光榮、聖人の。今も、祭前期の。第一の「カフィズマ」の後に聯禱、及び坐誦讃詞は祭前期の。第二の「カフィズマ」の後に坐誦讃詞は三歌經の、聯禱なし。規程は祭前期の、「イルモス」と共に八句に、及び聖人の四句に。
【注意】 三歌頌の至る處には、規程を歌ふこと祭前期の、「イルモス」と共に四句に、致命者の三讃詞を二句に、及び三歌經の八句に。共頌は三歌經の。第三歌頌の後に、小讃詞及び同讃詞并に坐誦讃詞は聖人の。光榮、今も、祭前期の。第六歌頌の後に、小讃詞及び同讃詞は祭前期の。第九歌頌の後に、光耀歌は聖人の。光榮、今も、祭前期の。挿句に、三歌經の自調二次、及び致命者讃詞。光榮、今も、祭前期の。「至上者よ、主を讃榮し」及び聖三祝文の後に、讃詞は致命者の。光榮、今も、祭前期の。
各時課に、讃詞は祭前期の、光榮、致命者の。今も、時課の生神女讃詞。「天に在す」の後に、祭前期の小讃詞を變更なく誦す。聖體禮儀に、眞福詞は祭前期の規程の第三歌頌、及び致命者の第六歌頌。聖入の後に讃詞は祭前期の、及び本堂の聖人の、并に致命者の。次に小讃詞は本堂の聖人の。光榮、致命者の。今も、祭前期の、提綱、使徒、福音經、及び領聖詞は本日の、并に聖人の。
[*]若し主の迎接祭の前期が乾酪週間の水曜日或は金曜日に遇はば、
火曜日の晩に、「主よ爾に籲ぶ」に、讃頌は祭前期の三、及び聖人の三、光榮、聖人の。今も祭前期の。挿句に、三歌經の自調二次、及び致命者讃詞、常例の附唱と共に。光榮、今も、祭前期の。聖三祝文の後に、讃詞は聖人の。光榮、今も、祭前期の。聯禱、三大拜、及び發放詞。晩堂課に、大課を「吾が義の神よ」より始めて歌ふ。其中に三歌經の早課の第一の三歌頌を歌
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ふ。「常に福にして」及び聖三祝文の後に、小讃詞は祭前期の。并に三大拜。祝文。及び常例の發放詞。
早課に、「主は神なり」に、讃詞は祭前期の二次。光榮、聖人の。今も、祭前期の。第一の「カフィズマ」の後に坐誦讃詞は祭前期の。第二の「カフィズマ」の後に、坐誦讃詞は三歌經の二次。光榮、今も、十字架生神女讃詞、聯禱なし。規程は祭前期の、「イルモス」と共に六句に、聖人の四句に、及び三歌經の四句に。三歌頌の至る時には、規程を歌ふこと、祭前期の、「イルモス」と共に四句に、聖人の三讃詞を二句に、及び三歌經の八句に。本規程の順序の歌頌四句に、及び第二の三歌頌の四句に、第一の三歌頌は前に晩堂課に之を歌へり。第三歌頌の後に、小讃詞及び坐誦讃詞は聖人の。光榮、今も、祭前期の。第六歌頌の後に、小讃詞及び同讃詞は祭前期の。第九歌頌の後に、光耀歌は聖人の。光榮、今も、祭前期の。挿句に、讃頌は三歌經の二次、及び致命者讃詞。光榮、今も、祭前期の。聯禱。三大拜、發放なし、及び第一時課。第一時課に、讃詞は祭前期の。光榮、聖人の。今も、時課の生神女讃詞。聖三祝文の後に小讃詞は祭前期の。「常に福にして」の後に、三大拜。并に發放詞。發放詞の後に「リティヤ」。同じく其他の各時課に讃詞は祭前期の、及び聖人の。第六時課に、常例の讃詞及び誦讀。聖三祝文の後に小讃詞は祭前期の、并に各時課に三大拜。祭日の晩課を其定刻に行ふ。
若し金曜日に遇はば、祭前期の晩早の奉事を前述の如く變更なく行ふ。晩堂課に、早課の第一の三歌頌、第六調。
若し主の迎接祭の前期が乾酪週間の「スボタ」に遇はば、
晩課に、順序の「カフィズマ」。「主よ、爾に籲ぶ」に讃頌は六句に、祭前期の三、及び聖神父等の三歌經の三。光榮、聖神父等の。今も、本調の第一の生神女讃詞。聖入。提綱は本日の。三歌經の誦讀、并に提綱、願くはイズライリは主を侍みて」。挿句に、三歌經の自調二次、及び致命者讃詞。光榮、諸父の。今も、祭前期の。「主宰よ、今爾の言に循ひて」、及び聖三祝文の後に、讃詞は諸父の。光榮、今も、祭前期の聯禱、及び發放詞。
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【注意】 晩堂課に「常に福にして」、及び聖三祝文の後に、小讃詞は諸父の。光榮、今も、祭前期の。
早課に、「主は神なり」に讃詞は祭前期の二次。光榮、聖神父等の。今も、祭前期の。「カフィズマ」の後に、兩坐誦讃詞は諸父の。今も、祭前期の。規程は祭前期の、「イルモス」と共に六句に、「イルモス」二次、并に諸父の八句に。共頌は三歌經の「イルモス」。第二歌頌の三歌經の「イルモス」を歌ふこと一次、後に同「イルモス」を以て葢ふ。第三歌頌の後に小讃詞及び同讃詞は祭前期の。坐誦讃詞は諸父の。光榮、今も、祭前期の。第六歌頌の後に、小讃詞及び同讃詞は諸父の。光耀歌は諸父の。光榮、今も、祭前期の。「凡そ呼吸ある者」に、諸父の四句に。光榮、諸父の。今も、祭前期の。大詠頌。其他早課の。各時課に、讃詞は祭前期の。光榮、諸父の。今も、時課の生神女讃詞。小讃詞は祭前期、及び諸父の、更誦す。
【注意】 聖體禮儀に、眞福詞は、祭前期の第三歌頌四句に、及び諸父の第六歌頌四句に。聖入の後に、讃詞は祭前期の、及び諸父の。光榮、小讃詞、諸父の。今も、祭前期の。其他凡ての奉事は本日及び諸父の。致命者トリフォンの奉事は晩堂課に、或は聖務長の定むる時に之を歌ふ。
[*]知るべし、若し主の迎接祭が税吏及びファリセイ、或は蕩子、或は斷肉、或は斷酪の主日に遇はば、式左の如し。
「スボタ」に、小晩課に、讃頌は主日の本調の四句に。光榮、今も、祭日の。挿句に、讃頌は主日の一、及び祭日の大晩課の挿句の、其附唱と共に。光榮、今も、祭日の。讃詞は主日の。光榮、今も、祭日の。并に發放詞。大晩課に、第一の「カフィズマ」全文を歌ふ。「主よ、爾に籲ぶ」に、讃頌は主日の本調の三、三歌經の三、及び祭日の四。
【注意】 若し斷肉の主日ならば、主日の三、三歌經の四、及び祭日の三。光榮、三歌經の。今も、祭日の。聖入。祭日の誦讀三。「リティヤ」に、讃頌は祭日の、第一調、「日の老いたる者」、及び其他二。次に、三歌經の「凡そ呼吸ある者」の、第一、第三調、「我等信者はファリセイの高慢の聲を悪みて」。第二、第八調、「主よ、爾は、行を以て誇りて己を義と爲ししファリセイを罪し」。
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【注意】 若し蕩子の主日ならば、祭日の讃頌の後に、三歌經の「凡そ呼吸ある者」の三章を歌ふ、第一、第二調、「主よ、我蕩子の聲を爾に捧ぐ」。第二、第八調、「我放蕩に生活して、父の産業の富を浪費し」。第三、第六調、「仁慈なる父よ、我爾より遠かれり」。
【注意】 若し斷肉の主日ならば、祭日の讃頌の後に、「凡そ呼吸ある者」の二章を歌ふ、第一、第六調、「我彼の日及び時を思ふ」。第二、「審判者が威嚴なる寶座に坐せん時、鳴呼其時」。
【注意】 若し斷酪の主日ならば、「リティヤ」に、三歌經の「凡そ呼吸ある者」の二章を歌ふ、第一、第五調、「アダムは泣きて呼べり、哀しい哉我や」。第二、「諸徳の馳場は啓かれたり」。光榮、ファリセイ、蕩子、斷肉及び斷酪の各主日に、三歌經の、其「リティヤ」に載する所を歌ふ。今も、祭日の。
【注意】 (三歌經の讃頌が一も歌はれずして遺さるることなき爲に、斯く「凡そ呼吸ある者」の讃頌を晩課の「リティヤ」に歌ふことに規定せられたり。)挿句に、讃頌は主日の。光榮、三歌經の。今も、祭日の。餅の祝福に、讃詞は祭日の、三次。使徒經の講説の誦讀。
徹夜禱を行はざる處に、「主宰よ、今爾の言に循ひて」の後に、讃詞は主日の。光榮、今も、祭日の。晩堂課に、聖三祝文の後に、小讃詞は三歌經の。光榮、今も、祭日の。夜半課を常例の如く聖三者の規程と共に歌ふ。
早課に、「主は神なり」に、讃詞は主日の、二次。光榮、今も、祭日の。「カフィズマ」の後に坐誦讃詞は主日の、其生神女讃詞と共に。并に福音經の講説の誦讀。多燭詞は祭日の、及び諸讃詞、「救世主よ、天使の軍は」。若し蕩子、或は斷肉、或は斷酪の主日ならば、第三の聖詠をも加ふ、「我等曾てワワィロンの河邊に坐し」。次に祭日の讃揚詞、及び祭日の坐誦讃詞、各一次。祭日の誦讀。品第詞は本調の、提綱は祭日の。「凡そ呼吸ある者」。福音經は祭日の。「ハリストスの復活を見て」、及び第五十聖詠。祭日の讃頌。規程は主日の、「イルモス」と共に四句に、三歌經の四句に、及び祭日の六句に。共頌は祭日の、兩詠隊共に。
【注意】 若し斷肉の主日ならば、規程は主日の四句に、三歌經の六句に、及び祭日の四句に。
---------------------[マルコの章程 1297]---------------------
後に小讃詞及び同讃詞、并に坐誦讃詞は三歌經の。光榮、今も、祭日の。第六歌頌の後に、小三歌頌の讃詞及び同讃詞は祭日の。祭日集略を讀む。第九歌頌に「ヘルワィムよりより尊く」を歌ふ。光耀歌は主日の。光榮、三歌經の。今も、祭日の。「凡そ呼吸ある者」に、讃頌は主日の四、及び祭日の四、祭日の附唱と共に。光榮、祭日の。今も、「生神童貞女よ、爾は至りて讃美たる者なり」。
【注意】 若し斷肉の主日ならば、「凡そ呼吸ある者」に、讃頌は主日の四、及び祭日の四、光榮のと共に、祭日の附唱と共に。祭日の讃頌畢りて後に句を誦す、「主我が神よ、起きて、爾の手を擧げよ」、并に三歌經の自調の讃頌を歌ふ、第八調、「愛せらるる者と爲りし預言者ダニイルは」。光榮、第一調、「兄弟よ、我等は諸徳の女王を以て預己を潔めん」。今も、「生神童貞女よ、爾は至りて讃美たる者なり」。
【注意】 若し斷酪の主日ならば、「凡そ呼吸ある者」に、斷肉の主日の如くに歌ふ、并に同句を誦す、「主我が神よ、起きて、爾の手を擧げよ」。次に三歌經の自調の讃頌を歌ふ、第六調、「アダムは食に縁りて戒を犯しし者として樂園より逐ひ出され」。光榮、同調、「諸徳の馳場は啓かれたり」。今も、「生神童貞女よ、爾は至りて讃美たる者なり」。大詠頌。復活の讃詞。及び常例の發放詞。前院に出づ。光榮、今も、福音の讃頌、及び第一時課。第一時課并に其他の各時課に、讃詞は主日の。光榮、祭日の。今も、時課の生神女讃詞。「天に在す」の後に、小讃詞は祭日の、及び三歌經の、更誦す。聖體禮儀に、眞福詞は本調の四句に、三歌經の第三歌頌四句に、及び祭日の第六歌頌四句に。聖入の句は祭日の。共後讃詞は主日の及び祭日の。光榮、小讃詞は三歌經の。今も、祭日の。提綱は本調の、或は三歌經の、并に祭日の。使徒、アリルイヤ、福音經及び領聖詞は先に本日の、後に祭日の。
[*]若し主の迎接祭が斷肉の「スボタ」に遇はば、
死者の晩及び朝の奉事は前の「スボタ」、或は斷肉の木曜日に之を歌ふ。本「スボタ」には唯祭日の全奉事を變更なく歌ふ。
[*]若し主の迎接祭が乾酪週間の月曜日、或は火曜日、或は木曜日に遇はば、
---------------------[マルコの章程 1298]---------------------
小晩課に、「主よ、爾に籲ぶ」に讃頌は祭日の四句に。光榮、今も、祭日の。挿句に、三歌經の本日の自調二次、及び致命者讃詞。光榮、今も、祭日の。讃詞は祭日の。聯禱及び發放詞。大晩課及び早課に、祭日の全奉事は變更なく行はる、前の次第に記ししが如し。蓋乾酪週間には、「スボタ」及び主日の外、祭日が何の日に遇ふとも、三歌經は祭日と共に歌はず。但本日の自調の讃頌を小晩課に誦す、前に記ししが如し。
【注意】 徹夜禱のなき處には、大晩課を歌ふこと前述の如し。挿句には、光榮、三歌經の本日の自調。今も、祭日の。「凡そ呼吸ある者」に、祭日の讃頌の後に、光榮、三歌經の本日の自調。今も、祭日の。大詠頌。時課に、及び聖體禮儀に、全奉事は祭日の。本日の使徒及び福音經は預之を讀む。
【注意】 若し主の迎接祭が乾酪の水曜日、或は金曜日に遇はば、
小晩課、大晩課、及び早課に、全奉事は乾酪の月曜日に記しし如く變更なく行ふ。晩課、早課、及び各時課の末に三大拜あり。時課にのみ祭日の讃詞及び小讃詞を誦す。第六時課に喩言の讃詞、及び喩言の誦讀あり。定刻に金口の聖體禮儀を行ふ。晩課を常例の如く其定刻に歌ふ。首誦聖詠の後に、順序の「カフィズマ」。
【注意】 徹夜禱を行ふ處には、「カフィズマ」を誦せず、卽常例の聖詠の後に「主よ爾に籲ぶ」を歌ふ。次に讃頌、祭日の三、及び聖シメオンの三。光榮、聖人の。今も、祭日の。本日の提綱、并に喩言。次に提綱、「願はくはイズライリは主を恃みて」。挿句に、三歌經の本日の自調二次、及び致命者讃詞。光榮、今も、祭日の。讃詞は祭日の、并に發放詞。
【注意】 若し主の迎接祭が乾酪の月曜日に遇はば、早課の三歌頌を主日の晩堂課に歌ふ。三歌經の早課の本日の自調を祭日に、「凡そ呼吸ある者」の光榮に歌ふ。
若し主の迎接祭が乾酪の火曜日に遇はば、第二の三歌頌を乾酪の水曜日の晩堂課に歌ふ。早課の本日の自調を祭日に、「凡そ呼吸ある者」の光榮に歌ふ。
若し主の迎接祭が乾酪の水曜日に遇はば、水曜日の規程及び三歌頌を乾酪の木曜日の晩堂課に歌ふ。早課の本日の自調を祭日に、「凡そ呼吸ある者」の光榮に歌ふ。
---------------------[マルコの章程 1299]---------------------
若し主の迎接祭が乾酪の木曜日に遇はば、木曜日の三歌頌を乾酪の火曜日の晩堂課に歌ふ。若し主の迎接祭が乾酪の金曜日に遇はば、金曜日の規程及び三歌頌を乾酪の水曜日の晩堂課に歌ふ。
[*]若し主の迎接祭が乾酪の「スボタ」に遇はば、
金曜日の晩に、小晩課に、讃頌は祭日の四句に。光榮、今も、祭日の。提綱及び喩言は本日の、及び其後提綱、「願はくはイズライリは主を恃みて」。挿句に三歌經の本日の自調二次、及び致命者讃詞。光榮、今も、祭日の。讃詞は祭日の、及び發放詞。大晩課に、第一の「カフィズマ」の第一段を歌ふ。「主よ、爾に籲ぶ」に十句を立てて讃頌を歌ふ、祭日の六句に、及び聖神父等の四句に。光榮、聖神父等の。今も、祭日の。聖入。本日の提綱、及び祭日の誦讀。「リティヤ」に、讃頌、光榮、今も、祭日の。挿句に、讃頌は祭日の。光榮、諸父の。今も、祭日の。の祝福に、讃詞は祭日の、二次、及び諸父の、一次、并に祭日の誦讀。
【注意】 徹夜禱のなき處には、大晩課に皆前述の如く歌ふ。提綱、及び誦讀は本日の、并に提綱、「願くはイズライリは主を恃みて」。次に祭日の誦讀。挿句には祭日の。次に諸父の附唱、聖人の死は主の目の前に貴し。并に彼等の自調を歌ふ、「克肖なる諸神父よ、我等修士の大數は今爾等を嚮導師として尊む」。光榮、三歌經の自調。今も、祭日の。
早課に、「主は神なり」に讃詞は祭日の、二次。光榮、諸父の。今も、祭日の。「カフィズマ」の後に坐誦讃詞は祭日の。并に祭日の誦讀。多燭詞の後に坐誦讃詞は祭日の。品第詞、第四調の第一倡和詞。提綱。「凡そ呼吸ある者」。福音經。第五十聖詠の後に、讃頌は祭日の。規程は祭日の、「イルモス」と共に八句に、及び諸父の六句に。共頌は祭日の。第三歌碩の後に、小讃詞及び同讃詞は諸父の。坐誦讃詞は諸父の、次。光榮、今も、祭日の。第六歌頌の後に小讃詞及び同讃詞は祭日の。并に祭日集略を讀む。第九歌頌に「ヘルワィムより尊く」を歌ふ。光耀歌は祭日の。光榮、諸父の。今も、祭日の。「凡そ呼吸ある者」に讃頌は祭日の三、及び---------------------[マルコの章程 1300]---------------------
諸父の三。光榮、諸父の。今も、祭日の。大詠頌。讃詞は諸父の。光榮、今も、祭日の。聯禱及び發放詞。常例の如く前院に出でて第一時課を歌ふ。各時課に、讃詞は祭日の。光榮、諸父の。今も、時課の生神女讃詞。「天に在す」の後に、小讃詞は祭日の。
聖體禮儀に、眞福詞は祭日の第三歌頌四句に、及び諸父の第六歌頌四句に。聖入の句は祭日の。讃詞は祭日及び諸父の。光榮、小讃詞は諸父の。今も、祭日の。提綱、使徒、アリルイヤ、福音經、及び領聖詞は先に祭日の、後に諸父の。
[*]若し主の迎接祭が齋の第一週間の月曜日に遇はば、
祭日の奉事を斷酪の主日に前述の如く歌ふ。
[*]知るべし、若し主の迎接祭の後期がファリセイ、或は蕩子、或は斷肉の主日に遇はば、
小晩課に、「主よ、爾に籲ぶ」に、及び挿句に、讃頌は八調經の、常例の如し。大晩課に、「主よ、爾に籲ぶ」に讃頌は主日の四、三歌經の三、及び祭日の三。
【注意】 若し斷肉の主日ならば、讃頌は主日の三、三歌經の四、及び祭日の三。光榮、三歌經の。今も、本調の第一の生神女讃詞。「リティヤ」に讃頌は祭日の順序の、當日の挿句の、及び三歌經の「凡そ呼吸ある者」の。光榮、三歌經の。今も、祭日の。挿句に、讃頌は主日の。光榮、三歌經の。今も、祭日の餅の祝福に讃詞、「生神童貞女よ、慶べよ」、二次、祭日の、一次、及び誦讀。「主は神なり」に、讃詞は主日の、二次。光榮、今も、祭日の。「カフィズマ」の後に坐誦讃詞は主日の、其生神女讃詞と共に。
并に福音經の講説の誦讀。「ネポロチニ」の後に諸讃詞、「救世主よ、天使の軍は」。
【注意】 若し蕩子、或は斷肉の主日ならば、多燭詞を歌ふ、第三の聖詠、「我等曾てワワィロンの河邊に坐し」をも加ふ。品第詞、及び提綱は本調の。「凡そ呼吸ある者」。主日の福音經。「ハリストスの復活を見て」、及び其他。規程は主日の、「イルモス」と共に四句に、生神女の二句に、三歌經の四句に、及び祭日の四句に。共頌は祭日の。
---------------------[マルコの章程 1301]---------------------
若し斷肉の主日ならば、規程は主日の四句に、三歌經の六句に、及び祭日の四句に。共頌は三歌經の。第三歌頌の後に小讃詞及び同讃詞は祭日の。光榮、坐誦讃詞は三歌經の。今も、祭日の。第六歌頌の後に、小讃詞及び同讃詞は三歌經の。第九歌頌に「ヘルワィムより尊く」を歌ふ。光耀歌は主日の。光榮、三歌經の。今も、祭日の。「凡そ呼吸ある者」に讃頌は主日の四及び祭日の自調四、其附唱と共に。
【注意】 若し斷肉の主日ならば、句を誦す、「主我が神よ、起きて爾の手を擧げよ」。并に三歌經の自調の讃頌を歌ふ、「愛せらるる者と爲りし預言者ダニイルは」。光榮、三歌經の「兄弟よ、我等は諸徳の女王を以て預己を潔めん」。今も、「生神童貞女よ、爾は至りて讃美たる者なり」。
若しファリセイ或は蕩子の主日ならば、三歌經の句を誦せず、卽祭日の讃頌の後に誦す、光榮、三歌經の。今も、「生神童貞女よ、爾は至りて讃美たる者なり」。大詠頌。聖三祝文の後に復活の讃詞。聯禱及び發放詞。常例の如く前院に出づ。光榮、今も、福音の讃頌、及び第一時課。各時課に讃詞は主日の。光榮、祭日の。今も、時課の生神女讃詞。「天に在す」の後に小讃詞、三歌經及び祭日の、更誦す。
聖體禮儀に、眞福詞は本調の四句に、三歌經の第六歌頌四句に、及び祭日の順序の歌頌四句に。聖入の後に讃詞は主日の、及び祭日の。光榮、小讃詞は三歌經の。今も、祭日の。提綱、使徒、アリルイヤ、福音經及び領聖詞は本日の。
【注意】 若し迎接祭の後期が斷肉の「スボタ」に遇はば、後期の奉事を措きて、「スボタ」の死者の順序の奉事を歌ふ。
[*]若し主の迎接祭の後期が乾酪の月曜日、或は火曜日、或は木曜日に遇はば、
「主よ、爾に籲ぶ」に、讃頌は祭日の三、及び聖人の三。光榮、若し之あらば聖人の。今も、祭日の。
若なくば、光榮、今も、祭日の。挿句に、三歌經の本日の自調、二次、及び致命者讃詞。光榮、若し之あらば聖人の。今も、祭日の。若しなくば、光榮、今も、祭日の。讃詞は、若し之あらば聖人の。光榮、今も、祭日の。聯禱及び發放詞。
早課に、「主は神なり」に讃詞は祭日の、二次。光榮、若し之あらば聖人の。今も、祭日の。「カフィズマ」の後に、坐誦讃詞は祭日の。規程は祭日の、「イルモス」と共に八句に、及び---------------------[マルコの章程 1302]---------------------
月課經の四句に。三歌頌の處には、規程を歌ふ、祭日の、「イルモス」と共に四句に、月課經の三讃詞を二句に、及び三歌經の八句に。若し聖人の小讃詞及び同讃詞あらば、之を三歌頌の後に誦す。次に三歌經の坐誦讃詞、第二の「カフィズマ」の後に載す。光榮、聖人の。今も、祭日の。第六歌頌の後に、小讃詞及び同讃詞は祭日の。第九歌頌の後に、光耀歌は祭日の。光榮、聖人の。今も、祭日の。若しなくば、光榮、今も、祭日の。「凡そ呼吸ある者」に、讃頌は祭日の四句に、當日の挿句の。光榮、今も、祭日の。挿句に三歌經の本日の自調、二次、及び致命者讃詞。光榮、若し之あらば聖人の。今も、祭日の。若しなくば、光榮、今も、祭日の。「天に在す」の後に、讃詞は聖人の。光榮、今も、祭日の。若しなくば、祭日ののみ。聯禱の後に第一時課。各時課に、讃詞は祭日の。光榮、若し之あらば聖人の。今も、時課の生神女讃詞。聖三祝文の後に、小讃詞は祭日の、變更なく誦す。
[*]若し主の迎接祭の後期が乾酪週間の水曜日、或は金曜日に遇はば、
叩拝なし、唯各時課の終に三大拜を爲す。晩課に、「主よ、爾に籲ぶ」に讃頌は祭日の三、及び月課經の聖人の三。光榮、若し之あらば聖人の。今も、祭日の。若しなくば、光榮、今も、祭日の。挿句に三歌經の本日の自調、二次、及び致命者讃詞。光榮、若し之あらば聖人の。今も、祭日の。若しなくば、光榮、今も、祭日の。讃詞は、若し之あらば聖人の。光榮、今も、祭日の。若しなくば、祭日の。聯禱。三大拜。及び發放詞。晩堂課に大課を歌ふ。其中に三歌經の早課の第一の三歌頌を歌ふ。「常に福にして」、及び聖三祝文の後に、小讃詞は祭日の。「ヘルワィムより尊く」の後に、三大拜。發放にも三拜。同じく夜半課にも、「ヘルワィムより尊く」の後に三大拝。早課に、「主は神なり」に、讃詞は祭日の、二次。光榮、若し之あらば聖人の。今も、祭日の。若しなくば、光榮、今も、祭日の。「カフィズマ」の後に、坐誦讃詞は祭日の。規程は祭日の、「イルモス」と共に六句に、月課經の四句に、及び三歌經の四句に。三歌頌の至る時には、規程を歌ふこと、祭日の、「イルモス」と共に四句に、月課經の二句に、始の二、讃詞を一に合す、三歌經の八句に。本規程の順序の歌頌四句に、及び第二の三歌頌の四句に。第一の三歌頌は前に晩堂課に之を歌へり。第三歌頌の後に小讃詞は聖人の。次
---------------------[マルコの章程 1303]---------------------
に坐誦讃詞は三歌經の。光榮、聖人の。今も、祭日の。第六歌頌の後に、小讃詞及び同讃詞は祭日の、并に祭日略解。第九歌頌の後に、光耀歌、若し之あらば聖人の。光榮、今も、祭日の。若しなくば、祭日の、二次。「凡そ呼吸ある者」に、讃頌は祭日の四句に、當日の挿句の。光榮、今も、祭日の。挿句に、三歌經の本日の自調、二次、及び致命者讃詞。光榮、若し之あらば聖人の。今も、祭日の。若しなくば、光榮、今も、祭日の。聖三祝文の後に讃詞、若し之あらば聖人の。光榮、今も、祭日の。若しなくば、唯祭日の。聯禱。三大拜、及び第一時課。第一時課に、讃詞は祭日の。光榮、聖人の。今も、時課の生神女讃詞。聖三祝文の後に、小讃詞は祭日の。「ヘルワィムより尊く」の後に三大拜。及び其他。并に最後の發放詞、及び三拜。同じく他の時課にも祭日の讃詞を誦す。聖三祝文の後に、祭日の小讃詞。「ヘルワィムより尊く」の後に三大拜。第六時課に、讃詞、喩言及び提綱。第九時課の後に眞福詞を歌はずして誦す、及び其他。水曜日の晩に、讃頌は祭日の三、及び月課經の聖人の三。光榮、今も、祭日の。次に提綱、及び本日の喩言。挿句に三歌經の本日の自調、二次、及び致命者讃詞。光榮、今も、祭日の。其後聯禱、「神よ、爾の大なる憐に因りて」、并に三大拜。祝文、「至聖なる三者、一性の權柄」。「願はくは主の名は崇め讃められて」、三次、及び第三十三聖詠。發放詞、并に三拜。
[*]若し主の迎接祭の後期が乾略の「スボタ」に遇はば、
金曜日の晩に、時課の發放の後に直に晩課を始む。常例の「カフィズマ」の後に、讃頌は祭日の三、及び諸父の三。光榮、諸父の。今も、祭日の。提綱及び喩言は本日の。次に「主よ、我等を守り、罪なくしく此の晩」。挿句に三歌經の自調。光榮、諸父の。今も、祭日の。讃詞は諸父の。光榮、今も、祭日の。聯禱及び發放詞。晩堂課に、小讃詞は祭日の。
早課に、「主は神なり」に讃詞は祭日の、二次。光榮、諸父の。今も、祭日の。兩「カフィズマ」の後に、坐誦讃詞は諸父の、各二次。光榮、今も、祭日の。祭日或は諸父の誦讀。規程は祭日の、「イルモス」と共に六句に、及び諸父の八句に。共頌は祭日の。第三歌頌の後に、小讃詞及び同讃詞は祭日の、并に坐誦讃詞は諸父の、二次。光榮、今も、祭日の。第六歌頌の後に小讃詞及び同讃詞は諸父の。光耀歌は諸父の。光榮、今も、祭日の。「凡そ呼吸ある者」に、讃頌は祭日の三、本日の挿句の、及び諸父の三。光榮、諸父の。今も、祭日の。大詠頌。讃詞---------------------[マルコの章程 1304]---------------------
は諸父の。光榮、今も、祭日の。聯禱及び發放詞。常例の如く前院に出づ、并に第一時課。各時課に、讃詞は祭日の、及び諸父の。小讃詞は祭日の、及び諸父の、更誦す。
聖體禮儀に、眞福詞は祭日の、順序の歌頌四句に、及び諸父の第六歌頌。聖入の後に讃詞は祭日の、諸父の、及び本堂の聖人の。次に小讃詞は本堂の聖人の。光榮、諸父の。今も、祭日の。提綱、アリルイヤ、及び領聖詞は祭日の、并に諸父の。使徒及び福音經は本日の、井に諸父の。
[*] 主の迎接祭の復日の規定。
若し主の迎接祭が蕩子の主日に、或は斷肉週間の月曜日に、或は火曜日に遇はば、祭日の復日は同週間の金曜日に在り、蓋斷肉の主日には復日なし。
若し斷肉週間の水曜日、或は木曜日、或は金曜日、或は「スボタ」に遇はば、復日は乾酪週間の火曜日に在り。
若し斷肉の主日に、或は乾酪の月曜日に遇はば、復日は同週間の木曜日に在り。
若し乾酪週間の火曜日、或は水曜日に遇はば、復日は同週間の「スボタ」に在り。
若し乾酪の木曜日、或は金曜日、或は「スボタ」に遇はば、復日は斷酪の主日に在り。
若し迎接祭が断酪の主日に遇はば、其時は一日のみを祭と爲す。
【注意】 若し主の迎接祭の復日がファリセイ、或は蕩子、或は斷酪の主日に遇はば、
「スボタ」に、小晩課に、本調の主日の讃頌例の如し。挿句に、讃頌は主日の、及び祭日の大晩課の挿句の。
大晩課に、「主よ、爾に籲ぶ」に、讃頌は主日の三、及び三歌經の三、并に祭日の四、光榮のと共に。光榮、三歌經の。今も、本調の第一の生神女讃詞。若し迎接の堂ならば、今も、祭日の。「リティヤ」に、讃頌は祭日の、及び三歌經の、「凡そ呼吸ある者」の、光榮の外。光榮、三歌經の。今も、祭日の。餅の祝福に、讃詞、「生神童貞女よ、慶べよ」、二次、及び祭---------------------[マルコの章程 1305]---------------------
日の、一次、「主は神なり」に、讃詞は主日の、二次。光榮、今も、祭日の。「カフィズマ」の後に、坐誦讃詞は主日の、及び其生神女讃詞。并に誦讀。誦讀の後に、多燭詞を歌ふ、聖詠、「主の名を讃め揚げよ」、又聖詠、「主を讃榮せよ」。
【注意】 若し蕩子、或は斷酪の主日ならば、第三の聖詠、「我等曾てワワィロンの河邊に坐し」をも歌ふ、「アリルイヤ」と共に。其他主日の、規程に至る。規程は主日の四句に、三歌經の四句に、及び祭日の六句に。共頌は祭日の。第三歌頌の後に、小讃詞及び坐誦讃詞は三歌經の。光榮、今も、祭日の。第六歌頌の後に、小讃詞及び同讃詞は祭日の。第九歌頌に「ヘルワィムより尊く」を歌ふ。光耀歌は主日の。光榮、三歌經の。今も祭日の。「凡そ呼吸ある者」に、讃頌は主日の四、及び祭日の、光榮のと共に四。光榮、三歌經の。今も、「生神童貞女よ、爾は至りて讃美たる者なり」。
若し斷酪の主日ならば、祭日の讃頌の後に、附唱を誦す、「主我が神よ、起きて」、并に三歌經の本日の自調の讃頌を歌ふ。光榮、他の讃頌。今も、「生神童貞女よ、爾は至りて讃美たる者なり」。發放の後に、光榮、今も、福音の讃頌、及び第一時課。各時課に、讃詞は主日の。光榮、祭日の。今も、時課の生神女讃詞。「天に在す」の後に、小讃詞は祭日の、及び三歌經の、更誦す。
聖體禮儀に、眞福詞は本調の四句に、三歌經の第三歌頌四句に、及び祭日の第九歌頌四句に。聖入の後に、讃詞は主日の、及び祭日の。光榮、小讃詞は三歌經の。今も、祭日の。提綱は本日の、及び祭日の。
斷肉の「スボタ」には、迎接祭の復日なし、同じく斷肉の主日にも。
【注意】[*]若し主の迎接祭の復日が乾酪週間の火曜日或は木曜日に遇はば、歌ふこと左の如し。
晩課に、「主よ、爾に籲ぶ」に、讃頌は祭日の六句に。光榮、今も、祭日の。挿句に、三歌經の本日の自調、二次、及び致命者讃詞、常例の附唱と共に。光榮、今も、祭日の。讃詞は祭日の。并に發放詞。順序の聖人の奉事を晩堂課に、或は聖務長の定むる時に歌ふ。
早課に、「主は神なり」に、讃詞は祭日の、三次。「カフィズマ」の後に、坐誦讃詞は祭日の。規程は祭日の、「イルモス」と共に四句に。三歌頌のある處に、祭日の、「イルモス」と共に六句に歌ふ、并に三歌經の八句に。第三歌頌の後に、坐誦讃詞は三歌經の、第二の「カフィズ---------------------[マルコの章程 1306]---------------------
マ」の後に載す。光榮、今も、祭日の。第六歌頌の後に、小讃詞及び同讃詞は祭日の。第九歌頌に、「ヘルワィムより尊く」を歌ふ。光耀歌は祭日の、二次。「凡そ呼吸ある者」に讃頌は祭日の四句に。光榮、今も、祭日の。挿句に、三歌經の本日の自調、二次、及び致命者讃詞。光榮、今も、祭日の。讃詞は祭日の。聯禱及び發放詞。
聖體禮儀に、眞福詞は祭日の、第九歌頌八句に。聖入の後に、讃詞は祭日の。光榮、今も、小讃詞は祭日の。提綱、「アリルイヤ」、領聖詞は祭日の。使徒及び福昔經は本日の。
水曜日及び金曜日には迎接祭の復日なし。
[*]若し主の迎接祭の復日が乾酪の「スボタ」に遇はば、
乾酪の金曜日の晩に、「主よ、爾に籲ぶ」に、讃頌は祭日の三、及び諸父の三。光榮、諸父の。今も、祭日の。提綱、本日の喩言、提綱、「願はくはイズライリは主を恃みて」。挿句に、三歌經の本日の自調、二次、及び致命者讃詞。光榮、諸父の。今も、祭日の。讃詞は諸父の。光榮、今も、祭日の。
早課に、「主は神なり」に、讃詞は祭日の、二次。光榮、諸父の。今も、祭日の。「カフィズマ」の後に、坐誦讃詞は祭日の。規程は祭日の、「イルモス」と共に八句に、及び諸父の六句に。共頌は祭日の。第三歌頌の後に、小讃詞及び同讃詞は諸父の、并に坐誦讃詞は彼等の、二次。光榮、今も、祭日の。第六歌頌の後に、小讃詞及び同讃詞は祭日の。第九歌頌に「ヘルワィムより尊く」を歌ふ。光耀歌は祭日の。光榮、諸父の。今も、祭日の。「凡そ呼吸ある者」に、讃頌は祭日の三、及び諸父の三。光榮、諸父の。今も、祭日の。大詠頌。讃詞は諸父の。光榮、今も、祭日の。常例の如く前院に出でて第一時課を歌ふ、并に最後の發放詞。
聖體禮儀に、眞福詞は祭日の、第九歌頌、四句に、及び諸父の第六歌頌、四句に。聖入の後に讃詞は祭日の、及び諸父の。光榮、小讃詞は諸父の。今も、小讃詞は祭日の。提綱は祭日の、及び諸父の。使徒及び福音經は本日の、及び諸父の。「アリルイヤ」は祭日の、及び諸父の。領聖詞は祭日の、及び諸父の。
[*]知るべし、若し前驅イオアン尊首の發見が斷肉或は斷酪の主日に遇はば、式左の如し。
---------------------[マルコの章程 1307]---------------------
断肉週間の水曜日より始めて大齋の第四週間の火曜日まで上る。
「スボタ」に、小晩課に、讃頌は主日の四、及び本調の生神女讃詞。挿句に、讃頌は主日の一、及び前驅の挿句の。「主宰よ、今爾の言に循ひて」の後に、讃詞は主日の。光榮、前駆の。今も、生神女讃詞、主日の。小聯禱及び發放詞。大晩課に、「主よ、爾に籲ぶ」に、讃頌は主日の三、三歌經の四、及び前驅の三。若し斷酪の主日ならば、讃頌は主日の三、アナトリイの一、三歌經の三、及び前驅の三。光榮、三歌經の。今も、本調の第一の生神女讃詞。「リティヤ」に、讃頌は本堂の、及び三歌經の、「凡そ呼吸ある者」の第一の、第六調、「我彼の日及び時を思ふ」、第二の、「審判者が威嚴なる寶座に坐せん時」。
【注意】 若し斷酪の主日ならば、同じく三歌經の第一の讃頌を誦す、第五調、「アダムは泣きて呼べり、哀しい哉我や」、第二の、同調、「諸徳の馳場は啓かれたり」。光榮、前驅の、第六調、「神聖なる恩賜の寶藏」。今も、三歌經の、「リティヤ」の光榮に載す。挿句に讃頌は主日の。光榮、前驅の、第二調、「神聖なる慮」。今も、三歌經の。餅の祝福に、讃詞、「生神童貞女よ、慶べよ」、三次。并に使徒經の講説の誦讀。
早課に、「主は神なり」に、讃詞は主日の、二次。光榮、前驅の。今も、第一の生神女讃詞、同調。「カフィズマ」の後に、坐誦讃詞は主日の、其生神女讃詞と共に。并に福音經の講説の誦讀。次に「主の名を讃め揚げよ」。「主を讃榮せよ」。第三の聖詠をも誦す、「我等曾てワワィロンの河邊に坐し」、「アリルイヤ」と共に。次に前驅の抜萃聖詠を歌ふ、及び諸讃詞、「救世主よ、天使の軍は」。兩坐誦讃詞各一次。光榮、多燭詞の後の坐誦讃詞。今も、生神女讃詞。并に前驅の誦讀。品第詞及び提綱は本調の。「凡そ呼吸ある者」。福音經は主日の。「ハリストスの復活を見て」。規程は主日の、「イルモス」と共に四句に、三歌經の六句に、及び前驅の四句に。共頌は三歌經の。
【注意】 若し斷酪の主日ならば、規程は主日の、「イルモス」と共に四句に、生神女の二句に、三歌經の四句に、及び前驅の四句に。共頌は三歌經の。第三歌頌の後に、小讃詞及び同讃詞は前驅の、并に坐誦讃詞は彼の、二次。光榮、今も、三歌經の。前驅の誦讃。第六歌頌の後に、---------------------[マルコの章程 1308]---------------------
小讃詞及び同讃詞は三歌經の、并に祭日集略。第九歌頌に「ヘルワィムより尊く」を歌ふ。光耀歌は主日の。光榮、前驅の。今も、三歌經の。「凡そ呼吸ある者に」讃頌は主日の四、及び聖人の、光榮のと共に四、其附唱と共に。聖人の讃頌の後に句を誦す、「主我が神よ、起きて、爾の手を擧げよ」、及び三歌經の自調の讃頌を歌ふ、第八調、「愛せらるる者と爲りし預言者ダニイルは」。光榮、第一調、「兄弟よ、我等は諸徳の女王を以て預已を潔めん」。今も、「生神童貞女よ、爾は至りにの讃美たる者なり」。
【注意】 若し斷酪の主日ならば、同じく附唱を誦す、「主我が神よ、起きて、爾の手を擧げよ」、三歌經の自調の讃頌を歌ふ、第六調、「アダムは食に縁りて戒を犯しし者として」。光榮、同調、「時は至れり、是れ属神の勤勞の始」。今も、「生神童貞女よ、爾は至りて讃美たる者なり」。大詠頌。聖三祝文の後に復活の讃詞、聯禱及び發放詞。常例の如く前院に出づ。光榮、今も、福音の讃頌、及び第一時課。各時課に、讃詞は主日の。光榮、前驅の。今も、時課の生神女讃詞。「天に在す」の後に、小讃詞は三歌經の、及び前驅の、更誦す。
聖體禮儀に、眞福詞は本調の四句に、三歌經の第三歌頌四句に、及び前驅の第六歌頌四句に。聖入の後に、讃詞は主日の、及び前驅の。光榮、彼の小讃詞。今も、三歌經の。提綱、使徒、福音經、及び領聖詞は先に本日の、後に前驅の。
[*]若しイオアン前驅の尊首の發見が斷肉の「スボタ」に遇はば、
前驅祭の全奉事は前に斷肉の金曜日に變更なく歌はる。
[*]若しイオアン前驅の尊首の發見が乾酪週間の月曜日、或は火曜日に遇はば、
主日の晩課に、第一聖詠の第一段を歌ふ。(乾酪週間の他の日には順序の「カフィズマ」を誦す。)「主よ、爾に籲ぶ」に讃頌は前驅の六句に。光榮、前驅の。今も、生神女讃詞、主日の、同調に。提綱は本日の、及び前驅の喩言。挿句に、三歌經の本日の自調、二次、及び致命者讃詞。光榮、前驅の。今も、生神女讃詞。讃詞は前驅の。光榮、今も、生神女讃詞、主日の、及び聯禱。早課に、「主は神なり」に、讃詞は前驅の、二次。光榮、今も、生神女讃詞。及び常例の「カフィズマ」。第一の「カフィズマ」の後に、坐誦讃詞は三歌經の。并に本日の誦讀。第二の「カフィズマ」の後に、前驅の二坐誦讃詞。并に前驅の誦讀。多燭詞。坐誦讃詞---------------------[マルコの章程 1309]---------------------
は前驅の、二次、及び生神女讃詞。品第詞、第四調の第一倡和詞。提綱は前驅の。「凡そ呼吸ある者」。福音經は前驅の。次に第五十聖詠。讃頌は前驅の。規程は生神女の、「イルモス」と共に六句に、及び前驅の八句に。共頌は「我が口を開きて」。三歌頌のある處には前驅の規程を「イルモス」と共に六句に歌ふ、及び三歌經の八句に。第三歌頌の後に、坐誦讃詞は前驅の、二次。光榮、今も、生神女讃詞及び前驅の誦讀。第六歌頌の後に小讃詞及び同讃詞は前駆の。并に祭日略解。第九歌頌の後に、光耀歌は前驅の、二次。光榮、今も、其生神女讃詞。「凡そ呼吸ある者」に、讃頌は前驅の四句に。光榮、前驅の。今も、生神女讃詞。挿句に、三歌經の本日の自調、二次。及び致命者讃詞。光榮、前驅の、「初に盤に在りて」。今も、生神女讃詞。其他常例の如し。并に發放詞。第一時課に、讃詞は前驅の。聖三祝文の後に、小讃詞は彼の。其他の時課にも同じ。
聖體禮儀に、眞福詞は前驅の、第三及び第六歌頌。提綱、使徒、「アリルイヤ」、福音經、及び領聖詞は本日の、及び前驅の。
[*]若しイオアン前驅の尊首の發見が乾酪週間の水曜日に遇はば、
前駆の晩早の全奉事を乾酪週間の火曜日に歌ふ。
若し金曜日に遇はば、
彼の奉事を木曜日に歌ふ。
[*]若しイオアン前驅の尊首の發見が乾酪の木曜日に遇はば、
水曜日に、時課に、「神よ、我が自由と自由ならざると、言と行と」、及び大拜の後に、常の如く打鐘あり、而して直に誦す、「來れ、我等の王」、三次。常例の聖詠、聯禱、及び讃頌は前述の如し。聖入の後に、提綱、本日の喩言。其後提綱、「願はくはイズライリは主を恃みて」。次に聖人の喩言三篇。其後「主よ、我等を守り、罪なくして此の晩」。挿句に、三歌經の本日の自調、二次、及び致命者讃詞。光榮、前驅の、今も、生神女讃詞。「主宰よ、今爾の言に循ひて」の後に聖三祝文。「天に在す」の後に、讃詞は前驅の。光榮、今も、生神女讃詞、主日---------------------[マルコの章程 1310]---------------------
の。及び聯禱、「神よ、爾の大なる憐に因りて」、并に三大拜。其後祝文、「至聖なる三者、一性の權柄」。「願はくは主の名は崇め讃められて」、三次、小拜と共に、及び第三十三聖詠。次に「常に福にして」、并に發放詞。食堂に入りて乾酪及び鶏卵を食す。
[*]若しイオアン前驅の尊首の發見が乾酪の「スボタ」に遇はば、
金曜日の晩課に、第一「カフィズマ」の第一段を歌ふ。「主よ、爾に籲ぶ」に、讃頌は前驅の三、及び諸父の三。光榮、前驅の。今も、本調の第一の生神女讃詞。聖入。提綱は本日の、及び喩言、其後提綱、第六調、「願はくはイズライリは主を恃みて」。次に前驅の喩言。「主よ、我等を守り、罪なくして此の晩」。及び聯禱、「我等主の前に吾が晩の禱を増し加へん」。挿句に、三歌經の本日の自調、二次、及び致命者讃詞。次に附唱、「義人は主の爲に樂しみて」、并に前驅の自調の讃頌を歌ふ、第六調、「初に盤に在りて」。光榮、諸父の、第八調、「克肖なる諸神父よ、我等修士の大數は」。今も、生神女讃詞、同調に。讃詞は前驅の。光榮、諸父の。今も、生神女讃詞、「是れ古世より隠されて」。其後聯禱、「神よ、爾の大なる憐に因りて」、及び三大拜。次に祝文、「至聖なる三者、一性の權柄」。「願はくは主の名は崇め讃められて」、三次。第三十三聖詠、「我何の時にも主を讃め揚げん」、并に發放詞。食堂に於て乾酪及び鶏卵を食するを許す。
【注意】 晩堂課に、死者の為に、八調經の當調の、或は生神女の規程を前院に歌ふ。「常に福にして」、及び聖三祝文の後に、小讃詞は前驅の。光榮、今も、三歌經の諸父の。
早課に、「主は神なり」に、讃詞は前驅の、二次。光榮、諸父の。今も、第一の生神女讃詞。「カフィズマ」の後に、坐誦讃詞は諸父の、及び其生神女讃詞。并に諸父の誦讀。多燭詞、及び前驅の坐誦讃詞、各一次。光榮、多燭詞の後に坐誦讃詞。今も、生神女讃詞、及び前驅の誦讀。品第詞、第四調の第一倡和詞。提綱。「凡そ呼吸ある者」。及び福音経は前驅の。第五十聖詠。讃頌は前驅の。規程は前驅の、「イルモス」と共に六句に、及び諸父の八句に。共頌は三歌經の「イルモス」。三歌經の第二歌頌をも誦文す、然れども其預言者の諸句を誦せず。第---------------------[マルコの章程 1311]---------------------
三歌頌の後に、小讃詞及び同讃詞は前驅の、并に坐誦讃詞は彼の。光榮諸父の。今も、生神女讃詞。及び前驅の誦讀。第六歌頌の後に、小讃詞及び同讃詞は諸父の。并に祭日集略。第九歌頌の後に、光耀歌は前驅の。光榮、諸父の。今も、生神女讃詞、「凡そ呼吸ある」者に讃頌は前驅の三、及び諸父の三。光榮、諸父の。今も、生神女讃詞。大詠頌。讃詞は前駆の。光榮、諸父の。今も、生神女讃詞。前院に出づること、及び第一時課。各時課に、讃詞は前驅の。光榮、諸父の。今も、時課の生神女讃詞。「天に在す」の後に、小讃詞は前驅の、及び諸父の、更誦す。
聖體禮儀に、眞福詞は前驅の、第三歌頌四句に、及び諸父の、第六歌頌四句に。聖入の後に、讃詞は本堂の、前驅の、及び諸父の。次に小讃詞は本堂の、及び前驅の。光榮、諸父の。今も、本堂の生神女讃詞、或は「ハリスティアニン等の辱を得ざる轉達」。提綱、使徒アリルイヤ、福音經、及び領聖詞は先に前驅の、後に諸父の。順序の使徒及び福音經を此と合せ誦す。
[*]若し前驅の尊首の發見が齋の第一週間の月曜日に遇はば、
前驅の全奉事は斷酪の主日に歌はる。
[*]若し前驅の尊首の發見が齋の第一週間の他の日に遇はば、
前驅の奉事は斷酪の主日に、或は齋の第一週間の「スボタ」に歌はる。
[*]若し前驅の尊首の發見が齋の第一週間の、「スボタ」に遇はば、
金曜日の晩課に、順序の「カフィズマ」。「主よ、爾に籲ぶ」に、十句を立てて、讃頌を歌ふ、三歌經の本日の自詞、二次、及び致命者讃詞、前驅の三、及びフェオドルの四。光榮、フェオドルの。今も、本調の第一の生神女讃詞。聖入。提綱及び本日の誦讀、并に前驅の三篇。「願はくは我が禱は香爐の香の如く」の後に、三大拜。及び其他先備聖體禮儀の式。升壇外の祝文の後に、聖フェオドルの規程を糖飯の上に歌ふ、三歌經の次第に載する所の如し。并に發放詞。
---------------------[マルコの章程 1312]---------------------
【注意】 先備聖體禮儀のなき處には、「主よ、爾に籲ぶ」に讃頌は前驅の三、及びフェオドルの三、光榮、フェオドルの、今も、前調の第一の生神女讃詞。聖入なし。提綱及び誦讀は本日の、并に前驅の。挿句に、本日の自調、二次、及び生神女讃詞。次に附唱、「義人は主の爲に樂しみて」。致命者の讃頌を歌ふ、第二調、「三重に福たるフェオドルよ、我等爾神の賜」。光榮、前驅の第六調、「神聖なる恩賜の寶藏」。今も、「生神女よ、爾は實の葡萄の枝」。「主宰よ、今爾の言に循ひて」の後に、讃詞は前驅の。光榮、致命者の。今も、生神女讃詞、「生神女よ、爾の奥義は皆智慧に超ゆ」。聯禱及び三大拜。其後聖フェオドルの規程を糖飯の上に歌ふ。及び常例の發放詞。晩堂大課を歌ふ、其中に死者の規程、及び月課經の順序の規程を歌ふ。讃詞は第一の聖三祝文の後に兩聖人のを誦す。終の聖三祝文の後に、前驅の小讃詞。
早課に、「主は神なり」に、讃詞は前驅の、二次。光榮、フェオドルの。今も、生神女讃詞、「生神女よ、爾の奥義は皆智慧に超ゆ」。第一の「カフィズマ」の後に、前驅の二坐誦讃詞。光榮、今も、生神女讃詞。及び前驅の誦讀。第二の「カフィズマ」の後に、坐誦讃詞はフェオドルの。光榮、今も、生神女讃詞。并に前驅の、或はフェオドルの誦讀。多燭詞及び坐誦讃詞は前驅の、二次。光榮、今も、生神女讃詞。品第詞、第四調の第一倡和詞。提綱。「凡そ呼吸ある者」。福音經は前驅の。第五十聖詠。讃頌は前驅の。規程は前驅の、「イルモス」と共に六句に、及びフェオドルの二規程八句に。共頌は「我が口を開きて」。第七及び第八の歌頌を預金曜日に誦す。第三歌頌の後に、小讃詞、同讃詞及び坐誦讃詞は前驅の。光榮、フェオドルの。今も、生神女讃詞。聖フェオドルの事の誦讀。第六歌頌の後に、小讃詞及び同讃詞に、フェオドルの。祭日略解及び祭日集略を讀む。第九歌頌の後に、光耀歌は前驅の。光榮、フェオドルの。今も、生神女讃詞、「凡そ呼吸ある者」に、讃頌は前驅の三、及びフェオドルの三。次に附唱、「義人は主の爲に樂しみて」、并に前驅の自調の讃頌を歌ふ、第六調、「主よ、爾の授洗者の最尊き首を」。光榮、フェオドルの。今も、「生神女よ、爾は實の葡萄の枝」。大詠頌。讃詞は前驅の。光榮、フェオドルの。今も、生神女讃詞。聯禱及び發放詞。常例の如