受難週
聖大金曜日


我が主イイスス、ハリストスの救を施す聖なる受難の奉事式

聖大金曜日の早課 

聖大木曜日の晩に、定刻に及びて鐘を撞く。衆聖堂に集り、司祭祝讃して後、常例の如く始む、第五週間の木曜日に記ししが如し。次に六段の聖詠。其後大聯。高聲の後「アリルイヤ」を歌ふ、第八調。并に讃詞、「光明の門徒が晩餐の濯に照されし時」、三次、諧和の調を以て緩唱す、大木曜日の早課第一千五十四頁に載す。次に小聯。衆各其手に執る所の蝋燭に火を點ず、福音經を讀む毎に此くの如くす。輔祭高聲を以て誦す、我等に聖福音經を聽くを賜ふを主にらん。是に於て司祭聖受難の第一の福音經を讀む、イオアン四十六端、「主は其門徒に謂へり、今人の子は榮せられたり」、終は彼及び彼の門徒は其中に入れり。福音經畢りて後に歌ふ、主よ、光榮は爾の恒忍に歸す。次に諸倡和詞を歌ふ、毎讃詞二次。

 

   第一倡和詞

第八調、民の諸侯相集まりて主を攻め、其ハリストスを攻む。

同調、相謀りて我を害せんと欲す。主よ、主よ、我を遺つる毋れ。

---------------------[聖大金曜日 早課 1081]---------------------

我等潔き感覺をハリストスに獻げ、其友として我等の靈を彼の爲に祭に獻ぜん。イウダの如く世俗の慮に惑はさるるなくして、我等の内室にばん、天に在す我等の父よ、我等を兇惡より救ひ給へ。

光榮、生神女讃詞、婚配を知らざる者よ、爾は童貞女として生み、聘女ならぬ母よ、爾は童貞女として止まれり。生神女マリヤよ、ハリストス我が神に我等が救はれんことを祈り給へ。

   今も、同上。

 

   第二倡和詞

第六調、イウダは不法なる學士等に趨りて曰へり、爾等我に幾何を與へんと欲するか、我彼を爾等に付さん。時に相議する者の間に爾議せらるる者は親ら見えずして立てり。心を知る者よ、我等の靈を宥め給へ。

我等矜憐を以て神に役めん、マリヤの晩餐に於けるが如し、イウダの如くに貪を獲べからず、常にハリストス神と偕に在らん爲なり。

光榮、生神女讃詞、童貞女よ、爾が言ひ難く生みし者に、其人を慈む主なるに因りて息めずして祈り給へ、彼が爾に趨り附く衆人を危難より救はん爲なり。

   今も、同上。

---------------------[聖大金曜日 早課 1082]---------------------

   第三倡和詞

第二調、人を愛する主よ、ラザリの復活に因りて、エウレイの諸子は爾に「オサンナ」をべり。惟不法のイウダは悟ることを欲せざりき。

ハリストス神よ、爾は晩餐の時爾の門徒に預言せり、爾等の中の一人は我を賣らん。惟不法のイウダは悟ることを欲せざりき。

イオアンが、主よ、爾を賣る者は誰ぞと問ひしに、爾は餅を以て之を示し給へり。惟不法のイウダは悟ることを欲せざりき。

主よ、イウデヤ人は銀三十及び僞の接吻を以て爾を殺さんと謀れり。惟不法のイウダは悟ることを欲せざりき。

ハリストス神よ、爾は己の門徒の足を濯ふ時之に命じて曰へり、爾等が見る所の如く斯く行へ。惟不法のイウダは悟ることを欲せざりき。

ハリストス我等の神よ、爾は己の門徒に謂へり、醒せよ、祈せよ、誘惑に入らざらん爲なり。惟不法のイウダは悟ることを欲せざりき。

 

光榮、生神女讃詞、生神童貞女よ、爾の諸僕を災難より救ひ給へ、我等皆爾を破られぬ墻及び轉達として、神の次に爾に趨り附けばなり。

   今も、同上。

---------------------[聖大金曜日 早課 1083]---------------------

次に小聯「我等復又安和にして」。

 

   坐誦讃詞、第七調。

爾は晩餐の時に門徒を養ひ、且賣付の定まりたるを知りて、之を爲す者のイウダなるを示せり。爾其悛まらざるを知りたれども、衆の爾が世界を仇より救はん爲に甘じて己を付すを知らんことを望み給へり。恒忍なる主よ、光榮は爾に歸す。

光榮、終、恒忍なる主よ、光榮は爾に歸す。

今も、坐誦讃詞全章。

(此くの如き坐誦讃詞には我等坐せず、乃起ちて此を歌ふ、蓋其時司祭は至聖所に爐儀を行ふ。)

 

次に「我等に聖福音經を聽くを賜ふを」。并に司祭第二の福音經を讀む、イオアン五十八端、「彼の時イイスス其門徒と偕にケドロン河の外に出でたり」。逾越節筵を食するを得ん爲なり。

 

   福音經の後に第四倡和詞を歌ふ。

第五調、今日イウダは夫子を遺てて、惡魔を受く、貪婪の慾に盲にせられ、昧まされて光を失ふ、蓋光體を銀三十に賣りたる者は何如にして見るを得ん。然れども

---------------------[聖大金曜日 早課 1084]---------------------

世界の爲に、苦を受けし者は我等に輝けり。我等彼にばん、人を愛するに因りて苦を忍びし主よ、光榮は爾に歸す。

今日イウダは敬虔の爲をなして、恩賜を失ひ、門徒にして賣る者と爲り、尋常の接吻の中に詭詐を藏し、無知にして、主宰の愛よりも銀三十を貴びて、不法の會の引導と爲れり。然れども我等はハリストスを救と有ちて、之を讃榮せん。

第一調、我等はハリストスに於ける兄弟たるに因りて、我等の隣に無慈悲ならずして、兄弟を愛する愛を獲べし、無慈悲の僕の如く、銀の故に因りて定罪せられざらん爲、イウダの如く、悔みて一も益を獲ざることなからん爲なり。』

 

光榮、生神女讃詞、至りて讃美たる者、婚姻に與らざる生神女マリヤよ、爾に關して到る處に至榮なる事は唱へられたり、爾身にて萬有の造成主を生みたればなり。

   今も、同上。

 

   第五倡和詞

第六調、門徒は夫子の價を共議し、銀三十にて主を賣り、僞の接吻を以て彼を不法の者に死の爲に付せり。

---------------------[聖大金曜日 早課 1085]---------------------

今日天地の造成主は其門徒に謂へり、時届り、我を賣るイウダは近づけり。我が十字架に二の盗賊の間に在るを見て、孰も我を諱むべからず、蓋我は人として苦しみ、人を愛する者として我を信ずる者を救はん。

光榮、生神女讃詞、季の世に言ひ難く孕みて、爾の造成主を生みし者よ、彼に我等の靈の救はれんことを祈り給へ。

   今も、同上。

 

   第六倡和詞

第七調、今日イウダは眠らずして、世世の前より定まりたる世界の救主、五の餅を以て大衆を飽かしめし者を賣り付す。今日不法の者は夫子を諱み、門徒たりし者は主宰を付し、「マンナ」を以て人を飽かしめし者を銀の爲に賣る。』

今日イウデヤ人は杖を以て海を截り分ちて、彼等を野に導きし主を十字架に釘せり。今日彼等の爲にエギペト人を罰せし者の脅を戈にて刺せり、彼等に糧として「マンナ」を雨らしし者に膽を飮ませたり。

主よ、爾は自由の苦に來りて、己の門徒にべり、爾等若し一時も我と偕に醒する能はざりしならば、何如にして我の爲に死なんことを約したる、イウダを觀よ、彼は何如に眠らずして我を不法者に付さんことを務むる。起きよ、祈せよ、敦も我を

---------------------[聖大金曜日 早課 1086]---------------------

十字架の上に見て、我を諱まざらん爲なり。恒忍なる主よ、光榮は爾に歸す。

光榮、生神女讃詞、諸天に容れられざる者を爾の腹に容れし生神女よ、慶べ。諸預言者の傳へし所、エムマヌイルが因りて我等に輝きし所の童貞女よ、慶べ、ハリストス神の母よ、慶べ。

   今も、同上。

   坐誦讃詞、第七調。

イウダよ、何の所以か爾を救世主を賣る者と爲したる、豈彼は爾を使徒の會より離ししか、豈疾を醫す恩賜を奪ひしか、豈彼等と晩餐して、爾を筵より退けしか、豈他の者の足を濯ひて、爾の足を顧みざりしか、嗚乎爾は幾許かの幸福を忘れし者なり。故に爾が恩を知らざる質は表され、彼の量り難き恒忍及び大なる憐は傳へらる。

   光榮、今も、同上。

 

第三の福音經、マトフェイ百九端、「彼の時イイススを執へたる者彼を曳きて、司祭長カイアファの許に至れり」、終、外に出でて、痛く哭けり。

 

    第七倡和詞

---------------------[聖大金曜日 早課 1087]---------------------

第八調、主よ、不法の者が爾を執へしに、爾忍びて斯く呼べり、爾等牧者を撃ちて、十二の羊たる我の門徒を散らしたれども、我十二軍餘の天使を進むることを能せり。然れども我永く忍ぶ、嘗て我が諸預言者を以て爾等に示しし識り難き密事の成就せられん爲なり。主よ、光榮は爾に歸す。

ペトルは三たび諱みて、倏彼に言はれしことを悟り、乃痛悔の涙を爾に獻げたり、神よ、我を浄め、我を救ひ給へ。

光榮、生神女讃詞、我等皆聖なる童貞女を救の門美しき樂園、永久の光の雲として讃め歌ひて、彼に言はん、慶べよ。

   今も、同上。

 

   第八倡和詞

第二調、不法の者よ、言ふべし、我等の救主より何をか聞きたる、彼は律法と諸預言者の敎とを述べしに非ずや。然らば如何にして神よりする神言、及び我等の靈の贖罪主たる者をピラトに付さんことを謀りたる。

恒に爾の恩賜を以て慰むる者は呼べり、十字架に釘せらるべしと、諸義人を殺したる者は恩者に代へて犯罪者を釋さんことを求めたり。惟ハリストスよ、爾は黙して彼等の殘虐を忍び給へり、人を愛する主として苦を受けて、我等を救はんことを

---------------------[聖大金曜日 早課 1088]---------------------

望みたればなり。

光榮、生神女讃詞、生神童貞女よ、我等夥しき罪ありて、己に勇なきに因りて、爾より生れし者に祈り給へ、蓋母のは多く主宰の慈憐を得べし。至浄の者よ、罪人の祈を棄つる勿れ、我等の爲に甘じて苦を受け給ひし者は仁慈にして人を救ふことを能すればなり。

   今も、同上。

 

   第九倡和詞

第三調、彼等銀三十を約せり、乃値を附けられし者、イズライリの諸子が値を附けし者の價なり。醒せよ、祈せよ、誘惑に入らざらん爲なり、神は勇めども肉體は弱し、故に醒せよ。

彼等膽を以て我に食ませ、我が渇ける時醯を以て我に飮ましめたり。主よ、爾我を起し給へ、我彼等に報いん。

光榮、生神女讃詞、潔き生神女よ、我等異邦よりする者は爾を歌ふ、蓋爾はハリストス我等の神、爾に藉りて人人を詛より釋きたる者を生み給へり。

   今も、同上。

   坐誦讃詞、第八調。

---------------------[聖大金曜日 早課 1089]---------------------

鳴呼何如にイウダ、爾の門徒たりし者は爾を賣り付す謀を圖みたる。惡謀者及び不義者は僞を懐きて共に晩餐を食せし後、往きて司祭等に謂へり、爾等我に幾何を與へんか、我爾等に彼の律法を壞り、「スボタ」を汚したる者を付さん。恒忍なる主よ、光榮は爾に歸す。

    光榮、今も、同上。

第四の福音經、イオアン五十九端、「彼の時イイススを曳きて、カイアファより公廨に至れり」、終、彼を十字架に釘せん爲に付せり。

 

   第十倡和詞

第六調、光を衣の如く衣る者は裸體にして審判に立ち、造りし所の手より頬の批たるるを受けたり、不法の人人は光榮の主を十字架に釘せり。其時殿の幔は裂け、日は晦みたり、萬有の戰ひ慄く所の神の辱しめらるるを視るに忍びざればなり。我等彼に伏拜せん。

門徒は諱みたり、盗賊は呼べり、主よ、爾の國に於て我を記念せよ。

光榮、生神女讃詞、諸僕の爲に童貞女より身を受け給ひし主よ、世界を平安ならしめ給へ、我等心を合せて、爾人を愛する者を讃榮せん爲なり。

   今も、同上。

---------------------[聖大金曜日 早課 1090]---------------------

   第十一倡和詞

第六調、ハリストスよ、爾がエウレイの族に爲しし諸善の爲に、彼等爾を十字架に釘せんことを定め、醯と膽とを爾に飮ませたり。主よ、彼等の所爲に循ひて與へ給へ、彼等爾の寛容を悟らざりしに因る。

ハリストスよ、エウレイの族は賣付を以て足れりとせず、乃其首を揺かして、嘲ととを吐きたり。主よ、彼等の、所爲に循ひて與へ給へ、彼等爾の攝理を悟らざりしに因る。

地も其震ひしを以て、磐も其裂けたるを以て、エウレイ人を悟らしめざりき、殿の幔も、死者の復活も亦然り。主よ、彼等の所爲に循ひて與へ給へ、彼等爾に對して徒に謀りたればなり。

光榮、生神女讃詞、生神童貞女、獨潔き、獨讃美せらるる者よ、我等は爾より身を取りし者の神なるを識れり。故に恒に爾を歌ひて崇め讃む。

    今も、同上。

 

    第十二倡和詞

第八調、主はイウデヤ人に向ひて斯く言ふ、我が民よ、我何をか爾等に爲しし、或は何を以て爾等を煩はしし、我爾等の瞽を明かし、癩者を潔くし、榻に在る人を

---------------------[聖大金曜日 早課 1091]---------------------

起せり。我が民よ、我何をか爾等に爲しし、爾等何をか我に報いたる、「マンナ」に代へて膽、水に代へて醯、歌を愛するに代へて十字架に我を釘せり。我是より復忍びず、我が異邦民を召さん、彼等我を父及び聖神と偕に榮せん、我彼等に永遠の生命を賜はん。

今日殿の幔は不法の者を責めん爲に裂かれ、日は主宰の釘せらるるを見て、其光線を匿す。

イズライリの律法師、イウデヤ人及びファリセイ等よ、使徒の會は爾等にぶ、視よ、爾等が毀ちたる殿、視よ、爾等が釘したる羔、爾等又彼を墓に付せり、然れども彼は己の權を以て復活し給へり。イウデヤ人よ、自ら欺く毋れ、彼は海に救ひ、野に養ひし者なり。彼は生命なり、光なり、世界の平安なり。

光榮、生神女讃詞、慶べよ、光榮の王の門、至上者が獨我等の靈の救の爲に過りて、猶閉されたるままに留めし所の者や。

    今も、同上。

 

    坐誦讃詞、第八調。

神よ、爾カイアファの前に立てる時、審判者よ、爾ピラトに解されし時、天軍は畏懼に由りて撼けり。罪なき者よ、爾は其時又二人の盗賊の間に木に擧げられて、罪犯者

---------------------[聖大金曜日 早課 1092]---------------------

と偕に算へられたり、人を救はん爲なり。恒忍の主よ、光榮は爾に歸す。

   光榮、今も、同上。

 

第五の福音經、マトフェイ百十一端、「彼の時イイススを賣りしイウダは其定罪せられたるを見て」。終、其十字架を負はしめたり。

 

   第十三倡和詞

第六調、主よ、イウデヤの會はピラトに爾を十字架に釘せんことを求めたり、彼等は爾の中に咎を得ずして、罪あるワラウワを釋し、忌はしき殺害の罪を繼ぎて、爾義なる者を定罪せり。主よ、彼等の報を彼等に與へ給へ、彼等爾に對して徒に謀りたればなり。

司祭等は萬有の畏れ慄き、凡の舌の歌ふ所のハリストス、神の能及び神の智慧なる者の頬を批ち、膽を彼に飮ましめたり。彼は人を愛する主なるに因りて、己の血を以て我等を不法より救はんと欲して、甘じて一切を忍び給へり。』

光榮、生神女讃詞、言に藉りて言に踰えて己の造成主を生みし生神女よ、彼に我等の靈を救はんことを祈り給へ。

   今も、同上。

---------------------[聖大金曜日 早課 1093]---------------------

   第十四倡和詞

第八調、血にて手を汚しし盗賊を同行者として受けし主よ、我等をも彼と偕に算へ給へ、爾は至善にして人を愛する主なればなり。

盗賊は十字架の上に僅なる聲を出して、大なる信を顯し、瞬の間に救を得、首先の者として樂園の門を開きて、之に入りたり。其痛悔を受け給ひし主よ、光榮は爾に歸す。

光榮、生神女讃詞、天使より世界の喜を受けし者よ、慶べ、爾の造成主及び主を生みし者よ、慶べ、神の母と爲るに任へし者よ、慶べ。

   今も、同上。

 

   第十五倡和詞。

第六調、地を水の上に懸けし者は今日木に懸り、諸天使の王は棘の冠を冠らせられ、雲を以て天に衣する者は僞の紫を衣せられ、イオルダンに於てアダムを釋きし者は頬の批たるるを受け、敎會の新郎は釘にて釘せられ、童貞女の子は戈にて刺されたり。ハリストスよ、我等爾の苦に伏拜す、ハリストスよ、我等爾の苦に伏拜す、ハリストスよ、我等爾の苦に伏拜す、爾の光榮なる復活をも我等に顯し給へ。

---------------------[聖大金曜日 早課 1094]---------------------

我等はイウデヤ人の如くに祭らざらん、蓋我等の「パスハ」なるハリストスは我等の爲に宰られたり、我等は己を凡の汚より浄めて、潔く彼に祈らん、主よ、起きて我等を救ひ給へ、爾は人を愛する主なればなり

主よ、爾の十字架は爾の人人の爲に生命なり、守護なり、我等彼を恃みて、爾釘せられし我等の神を歌ふ、我等を憐み給へ。

光榮、生神女讃詞、ハリストスよ、爾を生みし者は爾が十字架に懸れるを覩て呼べり、吾の子よ、我が見る所の異しむべき奥義は何ぞや、生命を賜ふ者よ、如何にして身を以て懸りて木の上に死する。

   今も、同上。

   坐誦讃詞、第四調。

爾は十字架に釘せられて、爾の尊き血を以て我等を律法の詛より贖ひ、戈にて刺されて、人人に不死を流し給へり。我等の救世主よ、光榮は爾に歸す。

   光榮、今も、同上。

第六の福音經、マルコ六十七端、「彼の時兵卒イイススを曳きて、中庭の内公廨に至り」、終、我等が見て彼を信ぜん爲なり。

 

   次に八句を立てて眞福詞を歌ふ、第四調。

---------------------[聖大金曜日 早課 1095]---------------------

主よ、爾の國に來らん時、我等を憶ひ給へ。

 

  神の貧しき者は福なり、天國は彼等の有なればなり。

  泣く者は福なり、彼等慰を得んとすればなり。

  温柔なる者は福なり、彼等地を嗣がんとすればなり。

  義に飢え渇く者は福なり、彼等飽くを得んとすればなり。

アダムは木に縁りて樂園より逐はれ、盗賊は十字架の木に縁りて樂園に入りたり。彼は食ひて造成主の誡命を棄てしに因り、此は共に十字架に釘せられて、爾隠れたる神を承け認めしに因りてなり。救世主よ、我等をも爾の國に於て憶ひ給へ。

 

  矜恤ある者は福なり、彼等矜恤を得んとすればなり。

不法の者は門徒より立法者を買ひ、法を破る者の如く彼をピラトの審判座の前に立てて呼べり、十字架に釘せよ、野に於て彼等に「マンナ」を予へし者を。然れども我等は義なる盗賊に效ひて、信を以て呼ぶ、救世主よ、我等をも爾の國に於て憶ひ給へ。

 

  心の清き者は福なり、彼等神を見んとすればなり。

殺神者の群、イウデヤの不法なる民は狂ひて、ピラトに呼びて曰へり、無罪なるハリ

---------------------[聖大金曜日 早課 1096]---------------------

ストスを釘し、ワラウワを我等の爲に赦せ。然れども我等は善智なる盗賊の聲を以て彼に言ふ、救世主よ、我等をも爾の國に於て憶ひ給へ。

  和平を行ふ者は福なり、彼等神の子と名づけられんとすればなり。

ハリストスよ、爾が生命を施す脅はエデムより出づる河の如く、靈智の樂園たる爾の敎會を潤し、是より分れて、源たる四の福音經に流れて、世界に飮ませ、造物を樂しませ、諸民に正しく爾の國に伏拜するを敎ふ。

  義の爲に窘逐せらるる者は福なり、天國は彼等の者なればなり。

爾は我の爲に十字架に釘せられたり、我に赦免を賜はん爲なり、脅を刺されたり、我に生命の滴を流さん爲なり、釘にて付けられたり、我が爾の苦の深きに因りて爾の權能の高きを信ずるを得て爾にばん爲なり、生命を賜ふハリストス救世主よ、光榮は爾の十字架及び爾の苦に歸す。

 

  人我の爲に爾等を詬り、窘逐し、爾等の事を譌りて諸の惡しき言を言はん時  は、爾等福なり。

ハリストスよ、爾が十字架に釘せらるる時、萬物は覩て慄き、地の基は爾の權能の畏に因りて動き、日は隠れ、殿の幔は破れ、山は震ひ、磐は裂け、信なる盗賊は我等と偕にぶ、救世主よ、爾の國に於て我を憶ひ給へ。

---------------------[聖大金曜日 早課 1097]---------------------

  喜び樂しめよ、天には爾等の賞多ければなり。

主よ爾は十字架に於て我等の書券を破り、死者の中に入りて彼處の暴虐者を縛り、爾の復活を以て衆を死の械繋より釋き給へり。人を愛する主よ、我等此に照されて爾にぶ、救世主よ、我等をも爾の國に於て憶ひ給へ。

光榮、我等信者皆意を同じくして、父、子、聖神、三位に於て惟一なる神性、混合せずして單一なる、分れざる、近づき難き神を宜しきに合ひて讃榮するを得んことを祈らん。我等彼に因りて火の苦を免る。

今も、生神女讃詞、至仁なる主宰ハリストスよ、我等は爾の母、身にて種なく爾を生み、生みて後にも貞操を壞らざる實に童貞女なる者を祈の爲に爾に進めて、我が諸罪の赦を賜はんことを求む、蓋我等常にぶ、救世主よ、爾の國に於て我等を憶ひ給へ。

提綱第四調、共に我が外衣を分ち、我が裏衣を鬮せり。句、我が神よ、我が神よ、我に聽き給へ、何ぞ我を遺てたる。

第七の福音經、マトフェイ百十三端、「彼の時兵卒は、ゴルゴファと云ふ處」終、此れ誠に神の子なり。

次に第五十聖詠。其後第八の福音經、ルカ百十一端、「彼の時イイススと偕に亦二

---------------------[聖大金曜日 早課 1098]---------------------

人の犯罪者を死に處せん爲に曳けり」、終、皆遠く立ちて、此等の事を見たり。

 

畢りて後三歌頌を歌ふ、コスマ師の作。イルモス二次、讃詞十二句に。後にイルモス、兩詠隊共に。第六調。

 

   第五歌頌

イルモス、神の言よ、我爾に朝のを奉る、蓋爾は仁慈に因りて、變らざる者にして己をし、苦しまざる者にして苦を受くるに至れり。人を愛する主よ、我陷りし者に平安を與へ給へ。

ハリストスよ、爾の役者は今足を濯ひ、神聖なる機密を領くるを以て浄められて、爾人を愛する主を歌ひて、爾と偕にシオンよりエレオンの大山に登れり。

爾言へり、友よ、見よ、懼るる毋れ、蓋今我が不法者の手に執はれて殺さるる時邇づけり。爾等皆我を遺てて散らん、然れども我復爾等を聚めて、我人を愛する者を傅へしめん。

 

   小讃詞、第八調。

皆來りて、我等の爲に十字架に釘せられし者を歌はん、蓋マリヤは彼を木の上に覩て云へり、爾十字架を忍べども、我の子及び我の神なり。

---------------------[聖大金曜日 早課 1099]---------------------

   同讃詞

牝羊は其羔が屠戮に牽かるるを見て、マリヤは痛く愁しみて、他の婦と偕に後に隨ひて、斯くべり、子よ、何に往くか、何爲れぞ疾く進む、豈ガリレヤのカナに復婚筵ありて、爾今彼處に急ぎて、彼等の爲に水より酒を成さんとするか。子よ、我爾と偕に往かんか、或は爾を俟たんか。言よ、我に言を與へよ、我を浄く守りし者よ、黙して我を過ぐる毋れ、蓋爾は我の子及び我の神なり。

 

   第八歌頌

イルモス、神聖なる少者は神に逆ふ不虔の柱を折けり、ハリストスに拂る不法者の會は徒に謀りて、其手に生命を保ち、萬物の崇め讃めて世世に讃榮する者を殺さんと欲す。

ハリストスよ、爾は門徒に謂へり、今爾等の瞼より睡を拂ひて、祈醒せよ、誘惑に陷らざらん爲なり、シモン、爾特に然すべし、蓋力の大なる者には誘惑も亦大なり。ペトルよ、我萬物の崇め讃めて世世に讃榮する者を知るべし。』

ペトルべり、主宰よ、我が口を以て永く卑しき言を言はざらん、衆爾を諱むとも、我忠信の者として爾と偕に死なん、血肉に非ず、乃爾の父は我に爾萬物の崇め讃めて世世に讃榮する者を示し給へり。

---------------------[聖大金曜日 早課 1100]---------------------

主言へり、人よ、爾は神聖なる智慧と明悟との深きを究め盡ししに非ず、我が定制の淵を測りしに非ず。故に肉身なるに因りて高ぶる毋れ、蓋爾は三次我萬物の崇め讃めて世世に讃榮する者を諱まん。

主言へり、シモンペトルよ、爾諾はずと雖、速に其言はれしことの實なるを知らん、一人の婢も近づきて爾を懼れしめん。然れども爾痛く泣きて、我萬物の崇め讃めて世世に讃榮する者の仁慈なるを見ん。

 

    第九歌頌

イルモス、ヘルワィムより尊く、セラフィムに並なく榮え、貞操を壞らずして神言を生みし實の生神女たる爾を崇め讃む。

ハリストスよ、神を疾む毒惡の群、神を殺す狡猾の會は爾を環りて、爾萬有の造成主、我等の崇め讃むる者を罪人として曳けり。

律法を悟らずして、徒に預言者の言を學びたる不虔者は義に背きて、爾萬有の主宰、我等の崇め讃むる者を羊の如く屠らん爲に曳けり。

司祭等は學士等と偕に嫉妬の惡に刺されて、萬民に賜はりたる生命、性に因りて生命を施す主、我等の崇め讃むる者を殺さん爲に解せり。

王よ、彼等は犬の群の如く爾を環り、爾の頬を批ち、爾に問ひ、爾を妄證せり、

---------------------[聖大金曜日 早課 1101]---------------------

然るを爾萬事を忍びて、萬民を救ひ給へり。

    次に差遣詞、三次。

主よ、爾は善智なる盗賊を一時に樂園に入るに堪ふる者と爲せり、我をも十字架の木にて照して救ひ給へ。

 

第九の福音經、イオアン六十一端、「彼の時イイススの母と、母の姉妹クレヲバの妻マリヤと」、終、彼等は其刺しし者を觀んと。

次に「凡そ呼吸ある者」、第三調に、四句を立てて、左の自調の讃頌三章を歌ふ、其第一は二次。

我が首生の子イズライリは二の惡事を行へり、我生命の水の泉を遺てて、己の爲に壞滅の井を掘れり、我を木に釘し、求めてワラウワを釋せり。天は此に縁りて畏れ、日は其光線を匿せり、惟爾イズライリよ、愧ぢざりき、乃我を死に付せり。聖なる父よ、彼等を赦せ、蓋彼等は爲しし所を知らず。

爾の聖なる肉身の百體は各我等の爲に辱を忍べり、首は棘を、面は唾せらるることを、顋は批たるることを、口は醯に和へたる膽を味ふことを、耳は不虔なる褻瀆を、背は鞭うたるることを、手は葦を、全體は十字架に舒べらるることを、四肢は釘を、脅は戈を忍べり。我等の爲に苦を受けて、我等を苦より脱れしめ、

---------------------[聖大金曜日 早課 1102]---------------------

仁慈を以て我等に降りて、我等を擧げし全能なる救世主よ、我等を憐み給へ。

ハリストスよ、爾が釘せられし時、萬物は覩て戰き、地の基は爾の權能を畏るるに因りて震へり。蓋爾今日擧げられしに、エウレイの族は亡び、殿の幔は二に裂け、死者は墓より復活せり。百夫長は奇蹟を見て懼れたり。爾の母は前に立ち、母の心を以て哭きてべり、我爾が定罪せられし者の如く、裸にして木に懸れるを見て、如何ぞ哭かざらん、如何ぞ我が胸を擗たざらん。十字架に釘せられ、られ、死より復活せし主よ、光榮は爾に歸す。

 

光榮、第六調、我が衣を我より褫ぎて、き袍を我に衣せ、棘の冕を我が首に冠らせ、杖を我が右の手に持たせたり、我が彼等を撃ちて陶器の如く砕かん爲なり。

今も、同調、我が背を傷の爲に予へ、我が面を唾せらるることより避けざりき、ピラトの審判座の前に立ち、十字架を忍べり、世界を救はん爲なり。

 

次に第十の福音經、マルコ六十九端、「彼の時アリマフェヤの人イオシフ、貴き議士」、終、彼を置きたる處を見たり。

 

次に「至高きには光榮神に歸し」。「我等主の前に吾が朝の」。司祭高聲の後

---------------------[聖大金曜日 早課 1103]---------------------

に、第十一の福音經、イオアン六十二端、「彼の時アリマフェヤの人イオシフ、イイススの門徒にして」、終、墓の近かりし故なり。

 

   自調の讃頌を歌ふ、兩詠隊共に。

第一調、ハリストスよ、悉くの造物は爾が十字架に懸れるを覩て、畏懼に因りて變ぜり、日は晦み、地の基は震へり、萬物を造りし者と偕に萬物は苦めり。甘じて我等の爲に忍びし主よ、光榮は爾に歸す。

 

第二調、句、共に我が外衣を分ち、我が裏衣を鬮せり。

不虔不法の民よ、何爲れぞ、徒に謀る、何爲れぞ萬有の生命を死に定めたる。大なる哉奇蹟、世界の造成主は不法者の手に付され、人を愛する者は木の上に擧げらる、地獄にある囚人、恒忍なる主よ、光榮は爾に歸すとぶ者を釋かん爲なり。

句、膽を以て我に食ませ、我が渇ける時醯を以て我に飮ましめたり。

言よ、無なる童貞女は今日爾が十字架に擧げらるるを覩て、母の情を以て泣き、大に心を傷め、靈の深處より痛く歎き、膺を拊ちて憂ひて呼べり、哀しい哉神聖なる子や、哀しい哉世界の光や、神の羔よ、何ぞ我が目より隠れたる。故に無形

---------------------[聖大金曜日 早課 1104]---------------------

の軍は慄きて曰へり、測り難き主よ、光榮は爾に歸す。

句、神我が古世よりの王は救を地の中に作せり。

ハリストスよ、種なく爾を生みし者は爾萬物の造成主及び神が木に懸れるを覩て、悲しく呼べり、吾が子よ、爾が姿容の美しきは何に隠れたる。我爾が非義に十字架に釘せらるるを見るに忍びず、速に起きよ、我も爾が死よりの三日目の復活を覩ん爲なり。

 

光榮、第八調、主よ、爾十字架に上れるに、畏懼と戰慄とは造物に及べり。爾地には爾を釘する者を呑まんことを禁じ、地獄には囚者を釋して、人人の復新することを命じ給へり。生死者の審判者よ、爾は死に非ずして生を賜はん爲に來れり。人を愛する主よ、光榮は爾に歸す。

今も、第六調、不義なる審判者は己に裁決の筆を潤し、イイススは定罪せられて十字架に定めらる。造物は主が十字架に在るを見て苦しむ。肉體の性にて我が爲に苦を受くる仁慈の主よ、光榮は爾に歸す。

 

次に第十二の福音經、マトフェイ百十四端、「明日備節日の翌日」、終、番兵をして墓を固めたり。

次に「至上者よ、主を讃榮し」。聖三祝文。「天に在す」の後に、

---------------------[聖大金曜日 早課 1105]---------------------

讃詞、第四調、爾は十字架に釘せられて、爾の尊き血を以て我等を律法の詛より贖ひ、戈にて刺されて、人人に不死を流し給へり。我等の救世主よ、光榮は爾に歸す。

其後常例の聯及び發放詞。第一時課を今誦せずして、他の時課に併せ誦す。

               ~~~~~~

 

 

 聖大金曜日の時課式

 

アレキサンドリヤの大主敎キリルの作。

   第一時課

定刻に及びて鐘を撞く。衆聖堂に集まりて後、司祭は祭袍を衣、輔祭は聖衣を衣る、堂役は装飾したる經案を王門に向ひて立て、燭臺の蝋燭に火を點ず。司祭福音經を捧持して、王門を過りて堂中に出で、輔祭香爐を執りて前行す。司祭福音經を經案の上に置き、其前に立つ。輔祭高誦して曰く、君よ、祝讃せよ。司祭始めて誦す、「我等の神は恒に崇め讃めらる」。誦經、「天の王」、聖三祝文。「至聖三者」、「天に在す

---------------------[聖大金曜日 第一時課 1106]---------------------

我等の父よ」。高聲、「蓋國と權能」。主憐めよ、十二次。光榮、今も、「來れ、我等の王」、三次。并に左に記したる諸聖詠を誦す。

 

   第五聖詠

主よ、我が言を聽き、我が思を悟れ。我が王我が神よ、我が呼ぶ聲を聽き納れ給へ、我爾に祈ればなり。主よ、晨に我が聲を聽き給へ、我晨に爾の前に立ちて待たん。蓋爾は不法を喜ばざる神なり、惡人は爾に居るを得ず、不虔の者は爾が目の前に止まらざらん、爾は凡そ不法を行ふ者を憎む、爾はを言ふ者を滅さん、殘忍詭譎の者は主之を惡む。惟我爾が憐の多きに倚りて爾の家に入り、爾を畏れて爾が聖殿に伏拜せん、主よ、我が敵の爲に我を爾の義に導き、我が前に爾の道を平にせよ。蓋彼等の口には眞實なく、彼等の心は惡逆、彼等の喉は開けたる柩、其舌にて媚び諂ふ。神よ、彼等の罪を定め、彼等をして其謀を以て自ら敗れしめ、彼等が不虔の甚しきに依りて之を逐ひ給へ、彼等爾に逆らへばなり。凡そ爾を頼む者は喜びて永く樂しみ、爾は彼等を庇ひ護らん、爾の名を愛する者は爾を以て自ららんとす。蓋主よ、爾は義人に福を降し、惠を以て盾の如く彼を環らし衛ればなり。

 

   第二聖詠

---------------------[聖大金曜日 第一時課 1107]---------------------

諸民何爲れぞ騒ぎ、諸族何爲れぞ徒に謀る。地の諸王興り、諸侯相謀りて主を攻め、其膏つけられし者を攻む、曰く、我等其縄を斷ち、其鎖を棄てんと。天に居る者は之を晒ひ、主は彼等を辱しめん。其時憤りて彼等に言ひ、其怒を以て彼等を擾さん、曰く、我は彼より立てられて、シオン其聖山の王と爲れり。我命を宣べん、主我に謂へり、爾は我の子、我今日爾を生めり、我に求めよ、我諸民を與へて爾の業と爲し、地の極を與へて爾の領と爲さん、爾鐵の杖を以て彼等を撃ち、陶器の如く彼等を砕かんと。故に諸王よ、悟れ、地の審判者よ、學べ、畏れて主に勤めよ、戰きて其前に喜べよ。子を恭へ、恐らくは彼怒りて、爾等途に亡びん、蓋其怒は速に起らん。凡そ彼を恃む者は福なり。

 

 

   第二十一聖詠

我が神よ、我が神よ、我に聽き給へ、何ぞ我を遺てたる。我が呼ぶ言は我が救より遠し。我が神よ、我晝に呼べども、兩耳を傾けず、夜に呼べども、我安を得ず。然れども爾聖者は、イズライリの讃頌の中に居るなり。我が列祖は爾を恃みたり、恃みたれば爾彼等を援けたり、彼等は爾に呼びて救はれたり、爾を恃みて羞を得ざりき。唯我は蟲にして、人に非ず、人の辱しむる所、民の藐んずる所なり。我を見

---------------------[聖大金曜日 第一時課 1108]---------------------

る者皆我を嘲り、首を搖かして口に云ふ、彼は主を恃めり、若し主彼を悦ばば、彼を援くべし、救ふべし。然れども爾我を腹より出せり、我母の懐に在りしとき、爾我が中に恃を置けり、我胎内より爾に託せられたり、我が母の腹に在りしときより、爾は吾が神なり。我を離るる毋れ、蓋憂邇けれども、佑くる者なし。多くの牡牛は我を環り、ワサンの肥えたる者は我を圍めり、彼等は口を啓きて我に向ふ、獲に飢えて吼ゆる獅の如し。我注がれしこと水の如く、我が骨皆散じ、我が心は蝋の如くなりて、我が腹の中に鎔けたり。我が力は枯れしこと瓦の片の如く、我が舌は齶に貼きたり、爾我を死の塵に降せり。蓋犬の群は我を環り、惡者の黨は我を圍み、我が手我が足を刺し穿けり。我が骨皆數ふべし、彼等目を注ぎて我を戯れ視る。共に我が外衣を分ち、我が裏衣を鬮す。主よ、我を離るる毋れ、我が力よ、速に我を佑けよ、我が靈を劍より援け、我が獨なる者を犬より援け給へ、我を獅の口より救ひ、我に聆きて、我をの角より救ひ給へ。我爾の名を我が兄弟に傳へ、爾を會中に詠はん。主を畏るる者よ、彼を讚め揚げよ。イアコフの裔よ、咸彼を讃榮せよ。イズライリの裔よ、咸彼の前に敬むべし。蓋彼は苦しむ者の憂を棄てず、厭はず、其顔を彼に隱さず、則彼が呼ぶ時之を聆けり。大會の中に於て、我が讃歌は爾に歸す、我が誓を主を畏るる者の前に償はん。願はくは貧しき者は食ひて飫き、主を尋ぬる者は彼を讃め揚げん、願はくは爾等の心は永く活きん。地の極は皆

---------------------[聖大金曜日 第一時課 1108]---------------------

記憶して主に歸し、異邦の諸族は皆爾の前に伏拜せん、蓋國は主に屬す、彼は萬民の主宰なり。地上の豊なる者は皆食ひて伏拜せん、塵に歸する者、己の生命を護る能はざる者は、皆彼の前に叩拜せん。我が子孫は彼に事へて、永く主の者と稱へられん。彼等來りて主の義、主の行ひし事を後世の人に傳へん。

光榮、今も、「アリルイヤ」、三次。主憐めよ、三次。

 

   光榮、讃詞、第一調。

ハリストスよ、爾十字架に釘せられしに、苛虐は滅び、敵の權力は踐まれたり、蓋天使に非ず、人に非ずして、主親ら我等を救ひ給へり。光榮は爾に歸す。

今も、生神女讃詞、「鳴呼恩寵に滿たさるる者よ、我等何を以て爾を稱せんか」。

次に十二の讃詞の中より三章を歌ふ、各二次。第一の讃詞には句なし。斯く其他の時課にも第一の讃詞の前に句を用いず。第二の讃詞は右列詠隊先づ句を歌ひて、後に此の讃詞を歌ふ。左列詠隊は他の句を歌ひて、同じく此の讃詞を歌ふ。第三の讃詞の前に、右列は光榮を、左列は今もを歌ふ。

 

   右列詠隊、讃詞、第八調。

今日殿の幔は不法の者を責めん爲に裂かれ、日は主宰の釘せらるるを見て、其光線を

---------------------[聖大金曜日 第一時課 1110]---------------------

を匿す。

   左列詠隊、同上

右列、句、諸民何爲れぞ騒ぎ、諸族何爲れぞ徒に謀る。

   讃詞

ハリストス王よ、爾は羊の如く屠に牽かれたり。人を愛する主よ、爾は我等の罪惡の爲に、無なる羔の如く不法の人人より十字架に釘せられたり。

左列、句、地の諸王興り、諸侯相議りて主を攻め、其膏つけられし者を攻む。

   讃詞同上。

光榮、主よ、不法の者が爾を執へしに、爾忍びて斯く呼べり、爾等牧者を撃ちて、十二の羊たる我の門徒を散らしたれども、我十二軍餘の、天使を進むることを能せり。然れども我永く忍ぶ、嘗て我が諸預言者を以て爾等に示しし識り難き密事の成就せられん爲なり。主よ、光榮は爾に歸す。

   今も、讃詞同上。

預言の提綱、第四十聖詠、第四調、其中心に不義を蓄へたり。句、貧しき者乏しき者を顧みる人は福なり、

 

   ザハリヤの預言書の讀。第十一章。

---------------------[聖大金曜日 第一時課 1111]---------------------

主是くの如く言ふ、我は我が恩の杖を取りて之を折らん、我が衆民と立てし約を癈せん爲なり。此は其日に癈せられん、其時我を待つ憫むべき羊は、此れ主の言なりと知らん。我彼等に謂はん、若し爾等之を視て善とせば、我が價を我に予へよ、否ずば已めよと。彼等は銀三十を權りて、我が價と爲せり。主我に謂へり、之を殿の庫に投ぜよ、此の高き價、彼等が我を估價せし者を。我乃銀三十を取りて、之を主の家に、陶人の爲に投じたり。

 

   次に使徒の誦讀、ガラレヤ書二百十五端の半より、

兄弟よ、我に在りては、我等の主イイススハリストスの十字架の外に誇る所なし、此に由りて世は我の爲に釘せられたり、我世に於ても亦然り。蓋ハリストスイイススに在りては、割禮を受くるも、割禮を受けざるも益なく、惟新なる受造物は益あり。凡そ此の規に遵ひて行ふ者は、願はくは平安と慈憐とを蒙らん、神のイズライリも亦然り。今より後人我を擾す勿れ、蓋我は主イイススの瘡痍を我が身に負へり。兄弟よ、願はくは我等の主イイススハリストスの恩寵は爾等の神と偕に在らんことを、「アミン」。

次に福音經の誦讀、マトフェイ百十端、「彼の時平旦に及びて、司祭諸長と民の長老等と皆相會して」、續きて百十一、百十二、百十三端を讀む。終は又ゼワェデイの子

---------------------[聖大金曜日 第一時課 1112]---------------------

の母ありき。畢りて後誦經、「我が足を爾の言に固め給へ」。「主よ、願はくは我が口は讃美に滿てられて」。聖三祝文。「天に在す」の後に、

   小讃詞、第八調。

皆來りて、我等の爲に十字架に釘せられし者を歌はん、蓋マリヤは彼を木の上に覩て言へり、爾十字架を忍べども、我の子及び我の神なり。

次に主憐めよ、四十次。「何の日何の時にも」、主憐めよ、三次。光榮、今も、「ヘルワィムより尊く」。神父よ、主の名を以て福を降せ。司祭、「神よ、我等に恩を被らせ」。「眞の光なるハリストス、凡そ世に來る人を照し」、其後第三時課を誦す。

          ~~~~~~

 

    第三時課

「來れ、我等の王」、三次。并に聖詠を誦す。

    第三十四聖詠

主よ、我と争ふ者と争ひ、我と戰ふ者と戰ひ給へ。盾と甲とを執り、起ちて我を助け、劔を抜きて、我を逐ふ者の途を遮り、我が靈に向ひて、我は爾の救なりと曰へ。我が靈を求むる者は、願はくは恥を得て辱を受けん、我を害せんと謀る者は、願はくは退けられて辱しめられん、願はくは彼等は風前の塵の如くなり、

---------------------[聖大金曜日 第三時課 1113]---------------------

主の使彼等を拂はん、願はくは彼等の途は暗くして滑になり、主の使彼等を追はん、蓋彼等は故なくして隠に我が爲に其網なるを設け、故なくして之を我が靈の爲に穿てり。願はくは滅は猝に彼に至り、其隠に我が爲に設けし網は彼を掩ひ彼自ら之に陷りて亡びん。唯我が靈は主の爲に喜び、其施せる救の爲に樂まん。我が悉くの骨曰はん、主よ、誰か爾、弱き者を強き者より救ひ、貧しき者乏しき者を掠むる者より救ふ者に似たる。不義なる證者は起ちて我を責め、我が知らざる事を我に詰り問ふ。彼等は惡を以て我が善に報い、我が靈を孤獨の者と爲す。彼等の病める時我麻を衣、齋を以て我が靈を卑くし、我の祈は我が懐に歸れり。我彼を待ちしこと、我が友我が兄弟の如し、我憂ひて行き、首を垂れしこと、母を喪するが如し。唯我躓きたれば、彼等は喜びて集まり、詬る者は集まりて我を攻めたり、我何の所以を知らず我を謗りて息めざりき、僞なる嘲笑者と偕に我に向ひて切歯せり。主よ、爾之を觀ること何の時に至るか、我が靈を彼等の惡事より脱れしめ、我の獨なる者を獅より脱れしめ給へ。我爾を大會の中に讃榮し、爾を衆民の間に讃揚せん、不義にして我に仇する者の我に勝ちて喜ばず、我が咎なくして我を惡む者の互いにせざらん爲なり。蓋彼等の言ふ所は和平に非ず、乃地上の和平を好む者に向ひて詐の謀を設く。其口を開きて我に向ひて曰く、嘻嘻

---------------------[聖大金曜日 第三時課 1114]---------------------

我が目已に見たり。主よ、爾已に見て黙す毋れ、主よ、我に離るる毋れ。我が神我が主よ、起ちて、寤めて我が爲に判を行ひ、我が訴へを理めよ。主我が神よ、爾の義に依りて我を判き給へ、彼等をして我に勝ちて喜ばしむる毋れ、其心の中に、嘻嘻、我等の望の如しと謂はしむる毋れ、其をして我等已に之を呑めりと謂はしむる毋れ。凡そ我が災を喜ぶ者は、願はくは恥を得て辱を受けん、我に向ひて高ぶる者は、願はくは恥と侮とを被らん。我が義とせらるるを望む者は、願はくは喜び樂しみて恒に云はん、其僕の平安を望む主は尊み讃めらるべし。我が舌も爾の義を傳へ、日日に爾を讃め揚げん。

 

    第百八聖詠

我が讃美の神よ、黙す毋れ、蓋兇惡の口、詭譎の口は我に向ひて啓け、詐の舌を以て我と言ひ、怨の言を以て我を環り、故なくして我に向ひて武器を備ふ。彼等は我が愛に易へて我が敵となれり、我祈る、彼等は惡を以て我が善に報い、怨を以て我が愛に報ゆ。惡者を其上に立てよ、惡魔は其の右に立つべし。願はくは彼裁判せらるる時、其罪は定められ、又彼の祈は罪とならん、願はくは其の日は短く、其職位は他人之を受けん。願はくは、其子は孤となり、其妻はとならん、

願はくは其子は流離して乞ひ、其荒舎より出でて食を覓めん。願はくは債主は其有つ所を悉く奪ひ、他人は其劬勞を掠めん。願はくは彼を憐む者なく、其孤に恩

---------------------[聖大金曜日 第三時課 1115]---------------------

を施す者なからん、願はくは其裔は絶え、彼等の名は次の代に銷されん。願はくは其列祖の不法は主の前に記憶せられ、其母の罪は銷されざらん。願はくは其罪惡は恒に主の前にあり、主は其記憶を地に滅さん、蓋彼は憐を施すを憶はず、乃貧しき者と乏しき者と心の傷める者とを窘迫せり、之を殺さん爲なり。彼は詛を好めり、故に詛は彼に臨まん、祝福を欲せざりき、故に祝福は彼に遠ざからん。彼は詛を衣の如く衣たり、詛は水の如く其腹に入り、油の如く其骨に入れり、願はくは詛は彼の爲に其衣る所の衣の如くなり、其恒に束る所の帯の如くならん。我が敵及び惡言を以て我が靈を攻むる者には、主の報此くの如し。主よ、主よ、我には爾の名に因りて行ひ給へ、爾の憐は善なればなり、我を救ひ給へ、蓋我貧しくして乏し、我が心は我の中に傷つけり。我消ゆること傾けるの如く、逐はるること蝗の如し。我が膝は齋に依りて弱り、我がは肥えたるを失へり。我彼等の嘲となり、彼等我を見て其首を揺かす。主我が神よ、我を助け、爾の憐に依りて我を救ひ給へ、彼等が此れ爾の手、爾主の行ひし所なるを識らん爲なり。彼等は詛ふ、惟爾祝福せよ、彼等は興る、願はくは彼等辱しめられ、惟爾の僕は喜

---------------------[聖大金曜日 第三時課 1116]---------------------

ばん。願はくは我が敵は侮を衣、愧を以て衣の如く蔽はれん。我我が口を以て高く主を讃榮し、衆の中にて彼を讃美せん、蓋彼は貧しき者の右に立てり、之を其靈を判く者より救はん爲なり。

 

 

  第五十聖詠

神よ、爾の大なる憐に因りて我を憐み、爾が惠の多きに因りて我の不法を抹し給へ。屡我を我が不法より洗ひ、我を我が罪より清め給へ、蓋我は我が不法を知る、我の罪は常に、我が前に在り。我は爾獨爾に罪を犯し、惡を爾の目の前に行へり、爾は爾の審斷に義にして、爾の裁判に公なり。視よ、我は不法に於て妊まれ、我が母は罪に於て我を生めり。視よ爾は心に眞實のあるを愛し、我が衷に於て智慧を我に顯せり。「イッソプ」を以て我に沃げ、然せぱ我潔くならん、我を滌へ、然せば我雪より白くならん。我に喜と樂とを聞かせ給へ、然せば爾に折られし骨は悦ばん。爾の顔を我が罪より避け、我が盡くの不法を抹し給へ。神よ、潔き心を我に造れ、正しき靈を我の衷に改め給へ。我を爾の顔より逐ふこと毋れ、爾の聖神を我より取り上ぐること毋れ。爾が救の喜を我に還せ、主宰たる神を以て我を固め給へ。我不法の者に爾の道を敎へん、不虔の者は爾に歸らんとす。神よ、我が救の神よ、我を血より救ひ給へ、然せば我が舌は爾の義を讃め揚げん。主よ、我が唇を啓け、然せば我が口は爾の讃美を揚げん、蓋爾は祭を欲せず、欲せば我之を獻らん、爾は燔祭を喜ばず。神に喜ばるる祭は痛悔の靈

---------------------[聖大金曜日 第三時課 1117]---------------------

なり、痛悔して謙遜なる心は、神よ、爾輕んじ給はず。主よ、爾の惠に因りて恩をシオンに垂れ、イェルサリムの城垣を建て給へ、其時に爾義の祭、獻物と燔祭とを喜び饗けん、其時に人人爾の祭壇に犢を奠へんとす。

光榮、今も、「アリルイヤ」、三次。主憐めよ、三次。

 

   光榮、讃詞、第六調。

主よ、イウデヤ人は爾萬有の生命を死に定めたり、杖に藉りて紅海を過りし者は爾を十字架に釘せり、石より蜜を吮ひし者は爾に膽を進めたり。然れども爾は甘じて忍び給へり、我等を敵の奴隷より脱れしめん爲なり。ハリストス神よ、光榮は爾に歸す

今も、生神女讃詞、「生神女よ、爾は實の葡萄の枝」。

 

十二の中より三讃詞を歌ふ、各二次。第八調。

主よ、爾の友及び親しき者ペトルはイウデヤ人を懼るるに因りて爾を諱みたり。故に哭きて斯く呼べり、洪恩なる主よ、我の涙を斥くる毋れ、我信を守らんと言ひし

---------------------[聖大金曜日 第三時課 1118]---------------------

に、之を守らざりき。斯く我等の痛悔をも納れて、我等を憐み給へ。

   復同上。

 

次に句、主よ、我が言を聽き、我が思を悟れ。

主よ、爾が尊き十字架の前に、兵卒が爾を嘲るを見て、無形の軍は驚けり、蓋花を以て地を飾りたる者は汚辱の冠を冠らせられ、雲を以て天に衣する者は嘲弄のき衣を衣せられたり。ハリストスよ、斯くの如き攝理に因りて爾の仁慈は知られたり、爾の憐は大なり、光榮は爾に歸す。

句、我が王我が神よ、我が呼ぶ聲を聽き納れ給へ。

    復同上。

 

光榮、第五調、主よ、爾は十字架に曳かれて斯く呼べり、イウデヤ人よ、何の行爲の爲に我を釘せんと欲する、爾等の瘋の者を健にせし爲か、死者を眠よりするが如く起しし爲か、血漏の婦を醫し、ハナネヤの婦を憐みし爲か。イウデヤ人よ、何の行爲の爲に我を殺さんと欲する。然れども不法の者よ、爾等は今刺さるる者のハリストスたるを觀ん。

   今も、復同上。

 

提綱、第三十七聖詠、第四調、我殆ど仆れんとす、我の憂は常に我が前に在り。

---------------------[聖大金曜日 第三時課 1119]---------------------

句、主よ、爾の憤を以て我を責むる毋れ、爾の怒を以て我を罰する毋れ。

 

   イサイヤの預言書の讀。第五十章。

主神は我に智者の舌を予へたり、我が言を以て弱れる者を扶くるを得ん爲なり、彼は朝毎に我を醒まし、我が耳を醒ます、我が學ぶ者の如く聽かん爲なり。主神は我が耳を啓けり、我は逆ふことをせず、退ぞくことをせざりき。我は我が背を以て撻つ者に任せ、我が頬を以て批つ者に任せたり、我が面を辱及び唾より掩はざりき。主神は我を助く、故に我羞ぢず、故に我が面を火石の如く堅くし、我が耻に居らざらんことを知る。我を義とする者邇し、誰か我と争はん、我等共に立つべし、誰か我と訟を爲さん、我に近づくべし。視よ、主神は我を助く、誰か我を罪せん。視よ、彼等皆衣の如く古び、蠧は彼等を食はん。爾等の中誰か主を畏れて、其僕の聲を聽ける、暗の中を行きて光なき者は主の名を恃みて己の神に倚るべし。視よ、爾等皆火を起し、火箭を佩ぶる者は、爾等の火及び爾等の燃やしたる箭のに往け。此れ我が手よりして爾等に在らん、爾等苦の中に死なん。

 

使徒の誦讀はロマ書八十八端の半より、

兄弟よ、ハリストスは、我等が尚弱かりし時に於て、期に届りて、不虔者の爲に死せ

---------------------[聖大金曜日 第三時課 1120]---------------------

り。夫れ義人の爲には死する者幾ど無し、恩人の爲には敢て死する者或は之れ有り。然れども神が其愛を我等に顯すは、我等尚罪人たりし時、ハリストスが我等の爲に死せしを以てせり。故に我等已に其血を以て義とせられたれば、况や今彼に由りて怒より救はれんをや。蓋若し我等敵たる時、其子の死を以て神と和睦せしならば、况や和睦して後、其生命に由りて救はれんをや。第此のみならず、乃今我等に和睦を得しめたる我が主イイススハリストスに頼りて、神を以て誇る。

 

福音經は、マルコ六十七及び六十八端、「彼の時兵卒イイススを曳きて、中庭の内公廨に至り」、終、イェルサリムに上りし多くの婦ありき。次に「主は日日に崇め讃めらる」。聖三祝文。「天に在す」の後に小讃詞、「皆來りて、我等の爲に十字架に釘せられし」。主憐めよ、四十次。祝文、「何の日何の時にも」、主憐めよ、三次。光榮、今も、「ヘルワィムより尊く」。神父よ、主の名を以て福を降せ。司祭、「神よ、我等に恩を被らせ」。

 

   祝文

主宰神父全能者、主獨生の子イイススハリストス、及び聖神惟一の神性、惟一の能力よ、我罪人を憐み、爾が知る所の法を以て我不當の僕を救ひ給へ、蓋爾は世世

---------------------[聖大金曜日 第三時課 1121]---------------------

に崇め讃めらる、「アミン」。

        ~~~~~

 

   第六時課

誦經、「來れ、我等の王」、三次。

 

   第五十三聖詠

神よ、爾の名を以て我を救ひ、爾の力を以て我を判き給へ。神よ、我がを聽き、我が口の言を聆き納れ給へ、蓋外人は起ちて我を攻め、強き者は我が靈を覓む、彼等は神を己の前に置かず。視よ、神は我の援助なり、主は我が靈を固め給ふ。彼は我が敵に其惡を報いん、爾の眞實を以て彼等を滅し給へ。主よ、我心を盡して爾に祭を獻げ、爾の名を讃め揚げん、其善なるを以てなり、蓋爾は我を諸の艱難より救ひ給へり、我が目は我の敵を見たり。

 

   第百三十九聖詠

主よ、我を惡人より救ひ、我を強暴者より護り給へ。彼等心に惡を謀り、毎日戰を備ふ、彼等は蛇の如く其舌を鋭くす、蝮の毒は其口にあり。主よ、我を惡者の手より守り、我が足を蹶かしめんことを謀る強暴者より我を護り給へ。誇る者は我が爲に機檻と羇絆とを伏せ、網を途に張り、我が爲に罟を設けたり。我主に謂へり、爾

---------------------[聖大金曜日 第六時課 1122]---------------------

は我の神なり、主よ、我がの聲を聽き給へ。主よ、主よ、我が救の力よ、爾戰の日に我が首を蔽へり。主よ、惡者の望む所を允す毋れ、其惡しき謀を遂げしむる毋れ、彼等は誇らん。願はくは我を環る者の首は、其己が口の惡之を覆はん。願はくは炭は彼等に落ちん、願はくは彼等は火の中に、深き坑に落されて、復起つを得ざらん。惡舌の人は地に堅く立たざらん、惡は強暴者を滅に引き入れん。我知る、主は迫害せられし者の爲に審判を行ひ、貧しき者の爲に公義を行はん。然り、義者は爾の名を讃榮し、無の者は爾が顔の前に居らん。

 

   第九十聖詠

至上者の覆の下に居る者は、全能者の蔭の下に安んず、主に謂ふ、爾は我の避所、我の防禦、我が頼む所の我の神なりと。彼は爾を猟者の網より、滅亡の疫より脱れしめん、彼は其羽にて爾を覆はん、其翼の下にて爾危からざるを得ん、彼の眞實は楯なり、鎧なり。爾は夜の震驚と晝の流矢、闇冥に行く行疫と正午に暴す瘴疫を懼れざらん。千人爾の側に、萬人爾の右に仆るとも、爾に近づかざらん、爾只目を注ぎて不虔の者の報を見ん、蓋爾謂へり、主は我の恃なりと、爾至上者

---------------------[聖大金曜日 第六時課 1123]---------------------

を擇びて、爾の避所と爲せり。惡は爾に臨まず、疫癘は爾の住所に近づかざら

ん、蓋爾の爲に其天使に命じて、爾の凡の路に爾を護らしめん、彼等其手にて爾を抱へて、爾の足を石に蹶かざらしめん。爾蝮と毒蛇とを踐み、獅と大蛇とを踏まん。彼我を愛するに因りて、我之を援けん、彼我の名を識るに因りて、我之を衛らん。我を呼ばば、我彼に聽かん、憂の時我彼と偕にし、彼を援け、彼を榮せん、壽考を以て彼に飽かしめ、我の救を彼に顯さん。

光榮、今も、「アリルイヤ、」三次。主憐めよ、三次。

   光榮、讃詞、第二調。

ハリストス神よ、爾は地の中に救を作し、爾が至浄の手を十字架に伸べて、主よ、光榮は爾に歸すと呼ぶ萬民を集め給へり。

今も、生神女讃詞、「生神童貞女よ、我等夥しき罪ありて」。

十二讃詞の中より三章を歌ふ、各二次、第八調。

主はイウデヤ人に向ひて斯く言う、我が民よ、我何をか爾等に爲しし、或は何を以て爾等を煩はしし、我爾等の瞽を明かし、癩者を潔くし、榻に在る人を起せり。我が民よ、我何をか爾等に爲しし、爾等何をか我に報いたる、「マンナ」に代へて膽、水に代へて醯、我を愛するに代へて十字架に我を釘せり。我是より復忍びず、我が異邦民を召さん、彼等我を父及び聖神と偕に榮せん、我彼等に永遠の生命を賜はん。

---------------------[聖大金曜日 第六時課 1124]---------------------

句、彼等膽を以て我に食ませ、我が渇ける時醯を以て我に飮ましめたり。

イズライリの律法師、イウデヤ人及びファリセイ等よ、使徒の會は爾等にぶ、視よ、爾等が毀ちたる殿、視よ、爾等が釘したる羔、爾等又彼を墓に付せり、然れども彼は己の權を以て復活し給へり。イウデヤ人よ、自ら欺く毋れ、彼は海に救ひ、野に養ひし者なり。彼は生命なり、光なり、世界の平安なり。

句、神よ、我を救ひ給へ、蓋水は我が靈にまで至れり。

     復同讃頌。

光榮、第五調、ハリストスを奉ずる人人よ、來りて、賣主者イウダが不法なる司祭等と偕に我が救主に對して何を謀りたるを見ん。今日不死の言を死に定め、ピラトに付して、髑髏の處に十字架に釘せり。我が救主は此くの若きを忍びて呼べり、父よ、此の罪を彼等に免せ、諸民が我が死よりの復活を知らん爲なり。

    今も、同上。

 

提綱、第八聖詠、第四調、主我が神よ、爾の名は何ぞ全地に大なる。句、爾の光榮は諸天に超ゆ。

 

   イサイヤの預言書の讀。第五十二、至五十四章。

---------------------[聖大金曜日 第六時課 1125]---------------------

主是くの如く言ふ、視よ、我の僕は善く進み、升り、擧りて、甚高くならん。多くの者が爾を見て驚きたる如く、(蓋其面は損はれしこと、凡の人に逾え、其容は損はれしこと、人の諸子に逾えたり、)是くの如く彼は多くの民を驚かさん、諸王は彼の前に其口を緘まん、蓋彼等は未曾て彼等に言はれざりし事を見、聞かざりし事を知らん。主よ、誰か我等より聞きし事を信じたる、主の臂は誰にか顯れたる。蓋彼は其前に出でしこと、萌芽の如く、燥きたる地より發する根の如し、彼の中には姿容もなく、威嚴もなし、我等彼を見しに、其中に我等を慕はしむる美しき貌なかりき。彼は人人に藐られ、棄てられ、憂愁の人にして、苦に習へり、我等面を彼より避けたり、彼輕ぜられて、我等彼を尊ばざりき。然れども彼は我等の恙を任ひ、我等の病を負ひたり、我等意へらく、彼は神より撻たれ、罰せられ、卑くせられたりと。然れども彼は我等の罪の爲に傷つけられ、我等の不法の爲に苦しめられたり、其身に受けし罰に因りて我等平安を獲、其傷に因りて我等醫されたり。我等皆羊の如く迷ひ、各轉じて其途に往けり、主は我等衆人の罪を彼に任はしめたり。彼は苦しめられたれども、甘じて苦を受けて、其口を啓かざりき、彼は羊の如く屠られん爲に牽かれたり、羔が其毛を翦る者の前に在りて聲なきが如く、彼は此くの若く其口を啓かず。其卑賎に居る時、彼に於ける裁判は行はれたり、然れども其來歴は孰か

---------------------[聖大金曜日 第六時課 1126]---------------------

能く之を解かん、蓋彼の生命は地より取らる、我が民の罪惡の爲に彼刑を受けたり。其墓は犯罪者と偕に設けられたれども、彼は富める者の處に葬られたり、蓋彼は罪を行はず、其口には虚僞なかりき。彼を撃つこと主の旨に適へり、主は彼を苦に付せり、然れども彼の靈贖罪の祭を獻ずるにびて、彼其の苗裔の永續するを見ん、主の旨は彼の手に由りて利達せん、彼は己の靈の功勞を見て滿足せん、彼我が義なる僕は、彼を知る知識に由りて、多くの者を義と爲し、彼等の罪を任はん。故に彼は多くの者を繼ぎ、強き者の獲物を分たん、蓋其靈を死に付し、犯罪者と偕に算へられたり、彼は多くの者の罪を任ひ、罪人等の爲に轉達者と爲れり。妊まず、生まざる者、樂しめ、産に苦しまざる者、聲を揚げて呼べ、蓋、棄てられたる婦は、夫ある者に較ぶれば、更に多くの子あり。

 

 

使徒の誦讀はエウレイ書三百六端。

兄弟よ、聖にする者と聖にせらるる者とは、皆一の者より出づ、是の故に彼等を兄弟と稱ふるを愧ぢずして曰く、我爾の名を我が兄弟に傳へ、爾を會中に詠はん。又曰く、我彼を頼まん。又曰く、視よ、我及び神が我に與へし諸子は此に在りと。夫れ諸子は肉と血とに屬するが故に、彼も亦親しく之を受けたり、死を以て、死の權を秉る者、惡魔を空くし、死を畏るるに因りて生涯奴役に服せし者を釋たん爲なり。蓋彼

---------------------[聖大金曜日 第六時課 1127]---------------------

は天使等より受くるに非ず、アウラアムの裔より受く。故に凡の事に於て兄弟に肖るべかりき、神の前に矜恤、忠信なる司祭長と爲りて、民の罪を贖はん爲なり。蓋彼親ら試みられて、難を受けしが故に試みらるる者にも能く助くるを爲すなり。

 

福音經はルカ百十一端、「彼の時イイススと偕に亦二人の犯罪者を死に處せん爲に曳けり」、終、皆遠く立ちて、比等の事を見たり。

次に「主よ、願はくは爾の慈憐は速に我等を迎へん」。聖三祝文。「天に在す」の後に、小讃詞、「皆來りて、我等の爲に十字架に釘せられし」。主憐めよ、四十次。祝文、「何の日何の時にも」。主憐めよ、三次。光榮、今も、「ヘルワィムより尊く」。神父よ、主の名を以て福を降せ。司祭、「神よ、我等に恩を被らせ」。

 

   次に聖大ワシリイの祝文

神、天軍の主、萬物の造成者、爾が量り難き仁愛慈憐を以て我が族を救はん爲に、爾の獨生子吾が主イイススハリストスを遣し、其貴き十字架にて我等の罪の書券を破り、又是を以て闇冥の首領と權柄とに勝ちし至仁なる主宰よ、我等罪なる者の此の感謝と祈願とのを納れて、諸の害を爲す暗き罪及び凡そ我等を殘はんと欲

---------------------[聖大金曜日 第六時課 1128]---------------------

する見ゆる又見えざる諸敵より我等を救ひ給へ。我が體を爾を畏るる畏に釘うち給へ、我が心を邪なる言或は思に傾かしむる勿れ、乃爾を愛する愛を以て我等の靈を刺して、我等に常に爾を仰ぎ、爾よりする光に導かれて、爾近づき難き永存の光を望み、爾無原の父、爾の獨生の子、及び至聖至仁生を施す神に斷えず讃榮と感謝とを奉らしめ給へ、今も何時も世世に、「アミン」。

              ~~~~~

 

   第九時課

 

誦經、「來れ、我等の王」、三次。

 

     第六十八聖詠

神よ、我を救ひ給へ、蓋水は我が靈にまで至れり。我深き泥に溺れて、立つ處なし、我深き水に入りて、其急瀬は我を流す。我はびて倦み、我が喉は枯れ、我が目は我が神を望みて疲れたり。故なくして我を疾む者は我が首の髪よりも多く、我が敵、不義を以て我を迫むる者は益強し、我が奪はざる所の者は、我に之を償はしむ。神よ、爾は我が無知なるを知る、我の罪は爾に隠るるなし。主、萬軍の神よ、願はく

---------------------[聖大金曜日 第九時課 1129]---------------------

は凡そ爾を恃む者は我に因りて羞を得ざらん。イズライリの神よ、願はくは爾を尋ぬる者は我に因りて辱を得ざらん、蓋我爾の爲に侮を負ひ、辱は我が面を蔽ふ。我我が兄弟には疎き者となり、我が母の子には外人となれり、蓋爾が家に於ける熱心は我を蝕み、爾を謗る謗は我に墜つ、我靈に齋して泣く、彼等此を以て我の辱となす、我麻を衣て衣服に易ふ、乃彼等の諺となる、門の傍に坐する者は我を評し、酒を飮む者は歌を以て我を歌ふ。主よ惟我祈を以て爾に赴く、神よ、爾が喜ぶ時に於て、爾の大仁慈に依り、爾が救の誠を以て我に聞き給へ、我を泥の中より引き出して、我の溺るるを容す毋れ、我を疾む者及び深き水より免るるを得しめ給へ、急瀬に我を流さしむる毋れ、淵に我を呑ましむる毋れ、大壑に其口を我が上に閉さしむる毋れ。主よ、我に聆き給へ、爾の憐は善なればなり、爾が惠の多きに因りて我を顧みよ。

爾の顔を爾の僕に匿す毋れ、我哀しめばなり、速に我に聽き給へ、我が靈に近づきて之を援けよ、我が敵に縁りて我を救ひ給へ。爾は我が受くる所の侮と耻と辱とを知れり、我の敵は悉く爾の前に在り。侮は我の心を裂き、我が疲は極れり、我憐憫を望めども無し、慰安者を望めども得ざりき。彼等膽を以て我に食ませ、我が渇ける時醯を以て我に飮ましめたり。願はくは彼等の筵は其網となり、彼等が平安の席は其機檻とならん、願はくは彼等の目は昏みて見るを得ざらん、彼等

---------------------[聖大金曜日 第九時課 1130]---------------------

の腰を永くせ。爾の忿恚を彼等に注ぎ、爾が怒のに彼等を囲み圍ましめよ。願はくは彼等の住所は虚しくなり、彼等の幕に居る者なからん、蓋爾が撃ちし者は彼等之を迫め、爾が傷つけし者の苦は彼等之を益す。彼等の不法に不法を加へ、彼等を爾の義に入らしむる毋れ。願はくは彼等は生命の記録より抹され、義人と共に記されざらん。我貧しく且苦しめり、神よ、願はくは爾の助は我を起さん。我歌を以て我が神の名を讃榮し、頌を以て彼を讃揚せん、此れ主に悦ばるるは、牛及び角と蹄とある犢に逾らん。苦しむ者は之を見て悦ばん。神を尋ぬる者よ、爾等の心は活きん、蓋主は貧しき者に聽き、其囚人を輕んじ給はず。願はくは天及び地、海及び凡そ其中に動く者は彼を讃美せん、蓋神はシオンを救ひ、イウダの諸邑を建てん、其民は彼處に住ひて之を嗣がん、彼が諸僕の裔は彼處に居を定め、彼の名を愛する者は其中に住はん。

 

  第六十九聖詠

神よ、速に我を救へ、主よ、速に我を助け給へ。我が靈を求むる者は、願はくは恥を得て辱を受けん、禍を我に望む者は、願はくは退けられて嘲けられん。我に向ひて嘻嘻と云ふ者は、其我を辱しむるに因りて、願はくは退けられん。凡そ爾を求むる者は、願はくは爾の爲に喜び樂しまん、爾の救を愛する者は、願はくは常

---------------------[聖大金曜日 第九時課 1131]---------------------

に神は大なりと云はん。我は貧しくして乏し、神よ、速に我に格り給へ、

爾は我の助なり、我を救ふ者なり、主よ、遅はる毋れ。

 

   第八十五聖詠

主よ、爾の耳を傾けて我に聽き給へ、我乏しくして貧しければなり。我が靈を護れ、我爾の前に愼めばなり、我が神よ、爾を恃める爾の僕を救ひ給へ。主よ、我を憐め、我日日に爾に呼べばなり。爾の僕の靈を樂しましめ給へ、主よ、我が靈を爾に擧ぐればなり、蓋主よ、爾は仁慈慈憐にして、凡そ爾を呼ぶ者に洪恩なり。主よ、我がを聽き、我が願の聲を聆き納れ給へ。我が憂の日に爾に呼ぶ、爾我に聽かんとすればなり。主よ、諸神の中爾に如く者なく、爾の作爲に如くはなし。主よ、爾に造られし萬民は來りて爾の前に伏拜し、爾の名を讃榮せん、蓋爾は大にして、奇蹟を行ふ、爾神よ、獨爾なり。主よ、我を爾の路に導き給へ、然せば我爾の眞理に行かん、我が心を爾の名を畏るる畏に固め給へ。主我が神よ、我心を盡して爾を讃美し、永く爾の名を讃榮せん、蓋我に於ける爾の憐は大なり、爾は我が靈を甚と深き地獄より援け給へり。神よ、驕る者は起ちて我を攻め暴虐者の黨は我が靈を尋ぬ、彼等は爾を己の前に置かず。然れども爾主、

---------------------[聖大金曜日 第九時課 1132]---------------------

宏慈にして矜恤、寛忍にして洪恩、眞實なる神よ、我を顧み、我を憐み、爾の力を爾の僕に賜ひ、爾の婢の子を救ひ給へ、恩の徴を我に顯し給へ、我を疾む者は之を見て爲に愧を得ん、爾主よ、我を助け、我を、慰め給ひしに因る

光榮、今も、「アリルイヤ、」三次。主憐めよ、三次。

 

   光榮、讃詞、第八調。

盗賊は生命の首が十字架に懸れるを見て曰へり、我等と共に釘うたれし者は、若し身を取りし神に非ずば、日は其光線を隠さず、地も戰ひ慄かざりしならん。萬の事を忍ぶ主よ、爾の國に於て我を憶ひ給へ。

今も、生神女讃詞、「我等の爲に童貞女より生れ」。

 

十二の中より三讃詞を歌ふ、第七調。

天地の造成主が十字架に懸り、日の晦み、晝の易りて夜と爲り、地が墓より死者の體を返すを見るは懼しかりき。我等は起きし死者と共に爾に伏拜す、我等を救ひ給へ。二次。

句、共に我が外衣を分ち、我が裏衣を鬮せり。

第二調、不法者が光榮の主を十字架に釘せし時、彼は之に向ひて呼べり、我何を以てか爾等を侵し、或は何を以てか怒らせし、我の外に誰か爾等を憂より脱したる。然

---------------------[聖大金曜日 第九時課 1133]---------------------

るに今爾等何を以てか我に報ゆる、諸惡を以て諸善に報ゆ。火の柱に代へて我を十字架に釘せり、雲に代へて我が爲に墓を穿てり、「マンナ」に代へて膽を我に進め、水に代へて醋を我に飮ませたり。是より我異邦民を召さん、彼等我を父及び聖神と偕に榮せん。

句、膽を以て我に食ませ、我が渇ける時醯を以て我に飮ましめたり。

   復同上。

光榮、第六調、地を水の上に懸けし者は今日木に懸り、諸天使の王は棘の冠を冠らせられ、雲を以て天に衣する者は僞の紫を衣せられ、イオルダンに於てアダムを釋きし者は頬の批たるるを受け、敎會の新郎は釘にて釘せられ、童貞女の子は戈にて刺されたり。ハリストスよ、我等爾の苦に伏拜す、ハリストスよ、我等爾の苦に伏拜す、ハリストスよ、我等爾の苦に伏拜す、爾の光榮なる復活をも我等に顯し給へ。

   今も、同上。

提綱、第十三聖詠、第六調、無知なる者は其心に神なしと謂へり。句、善を行ふ者なし、一も亦なし。

 

イエレミヤの預言書の讀。「主我に告げしに、我之を知る、爾は我に彼等の作爲を

---------------------[聖大金曜日 第九時課 1134]---------------------

示せり。」大木曜日の第一時課に看よ、第一千六十六頁。其終は各其業に、各其地に歸らしめん。

 

   使徒の誦讀、エウレイ書三百二十四端。

兄弟よ、我等イイススハリストスの血に由りて、彼が我等の爲に開きたる新なる活ける途を以て、帷なる其肉體に由りて、聖所に入る勇敢を得、且神の家を宰る大なる司祭を得て、誠の心と全き信とを以て、心を惡しき意念より灑がれ、身を清き水に洗はれて、近づくべし。我等の望の承認を固く執りて移らざるべし、蓋許約せし者は信なるなり。我等互に顧みて、愛と善き行とを勵ますべし。會集を輟むること、或人の習の如くするなく、乃相勸むべし、彼の日の愈近づくを見て、益是くの如くすべし。蓋若し我等眞實を識るを得たる後、縦に罪を犯さば、復贖罪の祭あるなし、乃惕れて審判を待つこと、及び敵を食まんとする烈火あるのみ。若しモイセイの律法に背きし者が、二三人の證者ありて、恤なく死に處せられば、況や神の子を踐み、自ら聖にせられし約の血を聖なりとせず、恩寵の神を侮る者は、其人の受くべき罰、更に重きこと幾何なりと意ふか。蓋我等は言ひし者を識る、主曰く、讐を復すは我に在り、我報いん。又曰く、主は其民を審判せんと。活ける神の手に陷るは畏るべき哉。

---------------------[聖大金曜日 第九時課 1135]---------------------

福音經の誦讀、イオアン五十九、六十、六十一端、「彼の時イイススを曳きて、カイアファより公廨に至れり」、終、彼等は其刺しし者を觀んと。次に「爾の名に因りて我等を終まで棄つる勿れ」、聖三祝文。「天に在す」の後に小讃詞、「皆來りて、我等の爲に十字架に釘せられし」。主憐めよ、四十次。祝文、「何の日何の時にも」。主憐めよ、三次。光榮、今も、「ヘルワィムより尊く」。神父よ、主の名を以て福を降せ。司祭、「神よ、我等に恩を被らせ」。

  祝文

主宰イイススハリストス吾が神よ、我等の罪を寛忍して、我等を今の時に至らしめ給ひし主よ、昔此の時に生命を施す木に懸りて、善智なる盗賊の爲に樂園の道を啓き、死を以て死を滅し給ひし主よ、我等罪なる爾の當らざる僕を浄め給へ、我等罪を犯し、不法を行ひ、目を擧げて天の高きを見るに堪へざればなり、蓋爾の義の道を離れ、私慾を恣にして日を送れり。主よ、爾の量り難き仁慈に祈る、爾が多くの憐に因りて我等を宥め、爾の聖なる名に因りて我等を救ひ給へ、我が日空しく消ゆればなり。我等を敵の手より援け給へ、我等が諸の罪を許し給へ、我等が肉體の思を殺し給へ、我等舊き人を脱ぎ、新しき人を衣、爾我等の主宰及び恩者の爲に生き、此くの如く爾の誡に遵ひて、悉くの樂しむ者の住所なる永遠の安息に至らん爲

---------------------[聖大金曜日 第九時課 1136]---------------------

なり。蓋ハリストス吾が神よ、爾は實に爾を愛する者の眞の樂と喜なり、我等爾と、爾の無原の父と、至聖至仁生命を施す爾の神とに光榮を歸す、今も何時も世世に、「アミン」。

次に眞福詞を誦す、「主よ、爾の國に來らん時」。「神の貧しき者は福なり」。光榮、「聖天使及び天使首の群は」。今も、「我信ず一の神父全能者」。「神よ、我が自由と自由ならざると、言と行と」。「天に在す我等の父よ」。小讃詞、「皆來りて、我等の爲に十字架に釘せられし」。主憐めよ、四十次。祝文、「至聖なる三者、一性の權柄」。次に「願はくは主の名は崇め讃められて」。三次。「我何の時にも主を讃め揚げん」。并に發放詞。

 

【注意】

知るべし我等はパレスティナより斯の大金曜日の聖なる日に先備の聖體禮儀をも完備の聖體禮儀をも行はざる例を受けたり。又此の日には食膳をも設けず。若し誰か甚しく衰弱し、或は年老いて斷食すること能はずば、日没の後に彼に餅と水とを予ふ。我等が斯く大金曜日に齋を嚴守するは聖使徒の遺例に循ふなり、蓋主がファリセイ等に言ひし新娶者の彼等より取らるる日至らん、其時に齋せんとの言は此に於て實行せらる。

          ~~~~~~

---------------------[聖大金曜日 第九時課 1137]---------------------

 

 

 聖大金曜日の晩課

 

定刻に及びて鐘を撞く。衆堂に集まり、司祭祝讃して後晩課を始む、常例の如し。

「主よ、爾にぶ」に六句を立てて、自調の讃頌を歌ふ。

 

第一調、ハリストスよ、悉くの造物は爾が十字架に懸れるを覩て、畏懼に因りて變ぜり、日は晦み、地の基は震へり、萬物を造りし者と偕に萬物は苦めり。甘じて我等の爲に忍びし主よ、光榮は爾に歸す。二次。

第二調、不虔不法の民よ、何爲れぞ徒に謀る、何爲れぞ萬有の生命を死に定めたる。大なる哉奇蹟、世界の造成主は不法者の手に付され、人を愛する者は木の上に擧げらる、地獄にある囚人、恒忍なる主よ、光榮は爾に歸すとぶ者を釋かん爲なり。

言よ、無なる童貞女は今日爾が十字架に擧げらるるを覩て、母の情を以て泣き、大に心を傷め、靈の深處より痛く歎き、膺を批ちて憂ひて呼べり、哀しい哉神聖なる子や、哀しい哉世界の光や、神の羔よ、何ぞ我が目より隠れたる。故に無形の軍は慄きて曰へり、測り難き主よ、光榮は爾に歸す。

---------------------[聖大金曜日 晩課 1138]---------------------

ハリストスよ、種なく爾を生みし者は爾萬物の造成主及び神が木に懸れるを覩て、悲しく呼べり、吾が子よ、爾が姿容の美しきは何に隠れたる。我爾が非義に十字架に釘せらるるを見るに忍びず、速に起きよ、我も爾が死よりの三日目の復活を覩ん爲なり。

第六調、今日造物の主宰はピラトの前に立ち、萬有の造成主は甘じて羔の如く牽かれて、十字架に付され釘を以て釘せられ、脅を刺さる。「マンナ」を雨らしし者は海絨を以て飮ませられ、世界を拯ふ者は頬を批たれ、萬物の造成主は己の諸僕より嘲らる。鳴乎主宰の仁愛や、釘する者の爲に己の父に祈りて曰ふ、父よ、彼等に此の罪を免せ、蓋不法の者は如何なる不義を行へるを知らず。』

 

光榮、同調、鳴乎不法の會は何如に諸恩に恥ぢずして造物の王を死に定めたる。主は之を記念せしめて、彼等に謂へり、我が民よ、我何をか爾等に爲したる、我奇蹟を以てイウデヤを滿てしにあらずや、一言を以て死者を復活せしめしにあらずや、諸病諸疾を醫ししにあらずや。爾等何を以て我に報いたる、何ぞ我を記念せざる、醫治に代へて我に傷を加へ、生命に代へて我を死し、我恩者たる者を惡者の如く、立法者たる者を不法者の如く、萬有の王たる者を定罪せられし者の如く木に懸けたり。恒忍の主よ、光榮は爾に歸す。

---------------------[聖大金曜日 晩課 1139]---------------------

今も、同調、今日畏るべき至榮なる秘密の行はるるを見る。觸れ難き者は扼められ、アダムを詛より釋きし者は縛られ、心腹を試みる者は非義に試みられ、淵を閉ぢたる者は獄に閉ぢられ、天軍の戰きて前に立つ所の者はピラトの前に立ち、造物主は造物の手にて批たれ、生死者を審判する者は審判せられて、木に定められ、地獄を壞る者は墓に封ぜらる。慈憐を以て一切を忍びて、衆を詛より救ひし寛容の主よ、光榮は爾に歸す。

福音經捧持の聖入。「穏なる光」。

  提綱、第二十一聖詠、第四調、共に我が外衣を分ち、我が裏衣を鬮せり。句、我が神よ、我が神よ、我に聽き給へ、何ぞ我を遺てたる。

 

   エギペトを出づる記の讀。第三十三章。

主はモイセイと面を合せて語りしこと、人が其友と語れる如し、後彼釋されて營に返り、其侍者ナワィンの子イイスス、少き者は幕を離れざりき。モイセイ主に謂へり、視よ、爾我に謂ふ、斯の民を導き上れ、然るに誰をか我と偕に遣さんを未我に示さざりき。爾嘗て我に謂へり、我衆よりも爾を識る、爾我の前に恩を獲たりと、若し我爾の前に恩を獲たらば、求む、己を我に示せ、我が明に爾を見ん爲、爾の前に恩を獲たる者として在らん爲、亦此の大なる族の爾の民なるを知らん爲な

---------------------[聖大金曜日 晩課 1140]---------------------

り。主彼に謂へり、我親ら爾の前に往き、爾を平安ならしめん。モイセイ彼に謂へり、爾若し親ら我等と偕に往かずば、我等を此より出す毋れ。我及び爾の民が爾の恩を獲たることは、如何にして誠に知るを得べきか、爾が我等と偕に往くを以てするに非ずや、然らば我及び爾の民は凡そ地に在る諸民に超えて光榮を獲ん。主はモイセイに謂へり、爾が言ひし此の事をも、我行はん、蓋爾は我の前に恩を獲たり、我衆よりも爾を識る。モイセイ曰へり、求む、爾の光榮を我に示せ。主曰へり、我我が光榮を爾の前に過ぎしめ、主の名を爾の前に宣べん、我惠まんとする者を惠み、憐まんとする者を憐む。又曰へり、爾は我が面を覿ること能はず、蓋人我が面を覿て、猶生くるを得ず。主曰へり、視よ、我に此の所あり、爾此の磐の上に立て、我が光榮の過ぐる時、我爾を磐の穴に置き、我が過ぎ去るまで、手を以て爾を蔽はん、我が手を除く時は、爾我が背を視ん、我が面は爾に現れざらん。

 

提綱、第三十四聖詠、第四調、主よ、我と争ふ者と争ひ、我と戰ふ者と戰ひ給へ。句、盾と甲とを執り、起ちて我を助け給へ。

 

   イオフ書の讀。第四十二章。

主はイオフの終を祝福せしこと、其始に過ぎたり、彼の家畜は、綿羊一萬四千、

---------------------[聖大金曜日 晩課 1141]---------------------

駱駝六千、牛一千、牡驢馬一千ありき。彼に男子七人、女子三人生れたり。彼は第一女を晝と名づけ、第二をカッシヤと名づけ、第三をアマルフェヤの角と名づけたり。天下の中イオフの女の若く美しきはあらざりき、父は彼等に其兄弟の間に産業を與へたり。イオフ病の後一百四十年生存せり、其年總て二百四十八年なりき、彼は其子、其子の子を見て、四代に及べり。斯くイオフは年老い、日滿ちて死したり。

 

 

   イサイヤの預言書の讀。第五十二、至五十四章。

主是くの如く言ふ、視よ、我の僕は善く進み、升り、擧りて、甚高くならん。多くの者が爾を見て驚きたる如く、(蓋其面は損はれしこと、凡の人に逾え、其容は損はれしこと、人の諸子に逾えたり、)是くの如く彼は多くの民を驚かさん、諸王は彼の前に其口を緘まん、蓋彼等は未曾て彼等に言はれざりし事を見、聞かざりし事を知らん。主よ、誰か我等より聞きし事を信じたる、主の臂は誰にか顯れたる。蓋彼は其前に出でしこと、萌芽の如く、燥きたる地より發する根の如し、彼の中には姿容もなく、威嚴もなし、我等彼を見しに、其中に我等を慕はしむる美しき貌なかりき。彼は人人に藐られ、棄てられ、憂愁の人にして、苦に習へり、我等面を彼より避けたり、彼輕ぜられて、我等彼を尊ばざりき。然れども彼は我等の恙を任ひ、

---------------------[聖大金曜日 晩課 1142]---------------------

我等の病を負ひたり、我等意へらく、彼は神より撻たれ、罰せられ、卑くせられたりと。然れども彼は我等の罪の爲に傷つけられ、我等の不法の爲に苦しめられたり、其身に受けし罰に因りて我等平安を獲、其傷に因りて我等醫されたり。我等皆羊の如く迷ひ、各轉じて其途に往けり、主は我等衆人の罪を彼に任はしめたり。彼は苦しめられたれども、甘じて苦を受けて、其口を啓かざりき、彼は羊の如く屠られん爲に牽かれたり、羔が其毛を翦る者の前に在りて聲なきが如く、彼は此くの若く其口を啓かず。其卑賤に居る時、彼に於ける裁判は行はれたり、然れども其來歴は孰か能く之を解かん、蓋彼の生命は地より取らる、我が民の罪惡の爲に彼刑を受けたり。其墓は犯罪者と偕に設けられたれども、彼は富める者の處に葬られたり、蓋彼は罪を行はず、其口には虚僞なかりき。彼を撃つこと主の旨に適へり、主は彼を苦に付せり、然れども彼の靈贖罪の祭を獻ずるにびて、彼其苗裔の永續するを見ん、主の旨は彼の手に由りて利達せん。彼は己の靈の功勞を見て滿足せん、彼我が義なる僕は、彼を知る知識に由りて、多くの者を義と爲し、彼等の罪を任はん。故に彼は多くの者を繼ぎ、強き者の獲物を分たん、蓋其靈を死に付し、犯罪者と偕に算へられたり、彼は多くの者の罪を任ひ、罪人等の爲に轉達者と爲れり。妊まず、生まざ

る者、樂しめ、産に苦しまざる者、聲を揚げて呼べ、蓋棄てられたる婦は、夫ある者に較ぶれば、更に多くの子あり。

---------------------[聖大金曜日 晩課 1143]---------------------

 

使徒の提綱、第八十七聖詠、第六調、我を深き坎に、闇冥に、淵に置けり。句、主我が救の神よ、我晝夜爾の前に呼ぶ。使徒の誦讀はコリンフ書百二十五端、「兄弟よ、十字架の言は、滅ぶる者の爲には愚なり」、終、何をも知らざらんことを定めたり。

「アリルイヤ」、第一調、神よ、我を救ひ給へ、蓋水は我が靈にまで至れり。句、爾は我の心を裂き、我が疲は極れり。句、願はくは彼等の目は昏みて見るを得ざらん。

 

福音經はマトフェイ百十端、「彼の時司祭諸長と民の長老等と皆相會して」、終、墓に對ひて坐せり。次に常例の聯「我等皆靈を全うして曰はん」。其後「主よ、我等を守り、罪なくして此の晩を度らせ給へ」。又聯「我等主の前に吾が晩のを増し加へん」。

 

  高聲の後に、挿句の讃頌四章を歌ふ。第二調。

ハリストスよ、アリマフェイは爾萬有の生命を死者として木より下し、没藥と布とを以て爾を裹み、愛に慫められて、心と口とを以て爾の朽ちざる體に接吻せり。然れども畏懼に支へられて、喜びて爾にべり、人を愛する主よ、光榮は爾の寛容に歸す。

---------------------[聖大金曜日 晩課 1144]---------------------

句、主は王たり、彼は威嚴を衣たり。

衆の贖罪主よ、爾が衆の爲に新なる墓に置かれし時、辱しめられたる地獄は爾を見て懼れ、柱は折かれ、門は破られ、柩は啓かれ、死者は起きたり。其時アダムは感謝の心を懐き、喜びて爾にべり、人を愛する主よ、光榮は爾の寛容に歸す。』

句、故に世界は堅固にして動かざらん。

ハリストスよ、爾は神の性にては形られず限られざる者に留まりて、肉體を以て甘じて墓に閉ぢられし時、死の庫を閉ぢ、地獄の國を悉く空しくせり。其時爾は此の「スボタ」にも神聖なる祝福と光榮と光明とを被らせ給へり。

句、主よ、聖徳は爾の家に屬して永遠に至らん。

ハリストスよ、天軍は爾が不法者より惑はす者と誣ひられ、爾の朽ちざる脅を刺したる手にて墓の石の封ぜられしを見て、爾の言ひ難き恒忍に驚き畏れたり。然れども我等の救の爲に喜びて爾にべり、人を愛する主よ、光榮は爾の寛容に歸す。

 

   光榮、今も、第五調。

イオシフはニコディムと偕に爾光を衣の若く衣る者を木より下して、爾が死し裸にし葬られざるを見て、善心に痛く歎きて、泣きて曰へり、鳴呼哀しい哉至愛なる

---------------------[聖大金曜日 晩課 1145]---------------------

イイススよ、日は爾が十字架に懸れるを見て、忽黒暗に覆はれ、地は畏懼に因りて震ひ、殿の幔は裂けたり。然れども視よ、我今爾が我が爲に甘じて死を受けしを見る。吾が神よ、我何如に爾を葬り、或は何如なる布を以て爾を裹まん。洪恩なる者よ、我何如なる手を以て爾の朽ちざる身に觸れん、或は何如なる歌を以て爾の逝世を歌はん。我爾の苦を崇め讃め、爾の歛と復活とを讃め歌ひてぶ、主よ、光榮は爾に歸す。

 

  (此の讃頌を歌ふ時、輔祭は蠟燭を持ち、司祭は香爐を執りて、寶座に置

   かれたる主の就寢聖像の前に爐儀を行ひて、三次之を匝る。)

 

次に「主宰よ、今爾の言に循ひて、爾の僕を釋し」。聖三祝文。「天に在す」の後、   讃詞を歌ふ。第二調。

尊きイオシフは爾の潔き身を木より下し、浄き布に裹み、香料にて覆ひ、新なる墓に藏めたり。

  (之を歌ふ時、司祭は輔祭と共に主の就寢聖像を捧戴して、至聖所より王門を過   りて堂中に出し、之を柩案に置き、其上に福音經を載せ、復爐儀を行ひて、   三次之を匝る。後伏拜して、之に接吻す。)

 

   他の讃詞

---------------------[聖大金曜日 晩課 1146]---------------------

天使は香料を攜ふる女に墓の側に現れてべり、香料は死者に適ふ、ハリストスは朽壞に與らず。

   睿智、并に發放詞。

         ~~~~~

 

  聖大金曜日の晩堂小課

 

其中に主が十字架に釘せられし事及び至聖生神女の哭泣の詞の規程を歌ふ。シメオンロゴフェトの作。イルモス二次、讃詞四句に。後にイルモス、兩詠隊共に。第六調。

 

   第一歌頌

イルモス、イズライリは陸の如く淵を蹈み渡り、追ひ詰めしファラオンの溺るるを見て呼べり、凱歌を神に奉らん。

附唱、我等の神よ、光榮は爾に歸す、光榮は爾に歸す。

潔き童貞女は其子及び主が十字架に懸りたるを見て、痛く哀しみてび、他の婦

---------------------[聖大金曜日 晩堂小課 1147]---------------------

と偕に泣きて語れり。

潔き者言へり、吾が至愛の子、吾が慈む者よ、我今爾が十字架に懸れるを見て、心痛く刺さる。求む、至善の主よ、爾の婢に言を予へ給へ。

光榮、童貞女は愛する所の門徒と偕に十宇架の傍に立ちて言へり、吾が子及び造成主よ、爾は自由にして木の上に苦しき死を忍び給ふ。

今も、潔き者は泣きて言へり、我今吾が恃頼と喜悦と歡樂たる、我が子及び主を奪はれたり、嗚呼哀しい哉、我が心傷めり。

 

   第三歌頌

イルモス、爾が信者の角を高うし、我等を爾が承認の石に堅めし仁慈の主、吾が神よ、爾と均しく聖なるはなし。

童貞女は號泣して言へり、イウデヤ人を懼るるに因りて、ペトルは隠れ、信者は皆ハリストスを遺てて奔れり。

吾が子よ、爾が畏るべく驚くべき降生に因りて、我悉くの母より大なる者とせられたり。然れども哀しい哉、今爾を木の上に見て心を燬けり。

光榮、潔き者言へり、我は吾が嬰として抱きし此の手を以て、吾が至愛の者を木より受けんことを欲すれども、鳴呼哀しい哉、之を與ふる者なし。

---------------------[聖大金曜日 晩堂小課 1148]---------------------

今も、童貞女は嘆きて言へり、視よ、我の冀望及び至善なる生命、我の神、我の愛すべき光は十字架に滅えたり、我心を燬けり。

 

   第四歌頌

イルモス、尊き敎會は浄き心より主の爲に祝ひ、神に適ひて呼び歌ふ、ハリストスは吾が力と神と主なり。

潔き者は泣きて言へり、入らざる日、永久の神、萬物の造成者、主よ、爾何如ぞ十字架に苦を忍び給ふ。

婚姻を識らざる者は尊き者に向ひて泣きて曰へり、イオシフよ、急ぎてピラトに就き、爾の師を木より下さんことを求めよ。

光榮、イオシフは至浄の者の痛く涙を流すを見て、心を擾し、泣きてピラトに就き、涕泣して呼べり、我が神の體を我に與へよ。

今も、童貞女は母として號泣して言へり、吾が子よ、我爾が傷つけられ、辱められ、裸にして木の上に在るを見て、心を燬けり。

   第五歌頌

イルモス、至仁なる神の言よ、切に祈る、爾に朝の祈を奉る者の靈を爾が神の光にて照して、爾罪の暗より呼び出す眞の神を識らしめ給へ。

---------------------[聖大金曜日 晩堂小課 1149]---------------------

イオシフはニコディムと偕に痛く哀しみ、泣き、且驚きて、至りて潔き體を下して、之に接吻し、號泣悲歎して、彼を神として歌へり。

夫を識らざる母は哭きて彼を受け、其膝に置き、涙と共に彼に祈り、且接吻し、痛く號泣してべり。

光榮、主宰吾が子及び神よ、爾の婢は爾を惟一の冀望と生命と其目の光として有ちしが、今は吾が最甘き至愛の子よ、我爾を奪はれたり。

今も、潔き者は痛く泣きて曰へり、鳴呼哀しい哉、傷感と憂愁と慨歎とは我に及べり、吾が至愛の子よ、我爾を裸にして遺てられ、香料を傳けられたる死者として見るに因る。

 

   第六歌頌

イルモス、誘惑の猛風にて浪の立ち揚る世の海を観て、爾の穏なる港に着きて呼ぶ、憐深き主よ、我が生命を淪滅より救ひ給へ。

至浄の者は曰へり、人を愛する主よ、我爾死者を活かし、萬有を保てる者の死者たるを見て、心痛く刺さる。願はくは我爾と偕に死なん、蓋爾が氣息なくして死者たるを見るに忍びず。

---------------------[聖大金曜日 晩堂小課 1150]---------------------

至善なる神、至仁なる主よ、我爾が榮なく、氣なく、姿容なきを見て驚き、爾を抱きて泣く、鳴呼哀しい哉、吾が子吾が神よ、我此くの如く爾を見んと意はざりき。

光榮、潔き者は哀しみ泣きて、其主の體に接吻して曰へり、神の言よ、爾の婢に言を言はざらんか、主宰よ、爾を生みし者を憐まざらんか。

今も、主宰よ、我爾の婢は曩の如く復爾の甘き聲を聞かず、爾の顔の美しきを見ざらんと意ふ、蓋吾が子よ、爾は我が目より隠れたり。

 

   小讃詞、第八調。

皆來りて、我等の爲に十字架に釘せられし者を歌はん、蓋マリヤは彼を木の上に覩て云へり、爾十字架を忍べども、我の子及び我の神なり。

   同讃詞

牝羊は其羔が屠戮に牽かるるを見て、マリヤは痛く愁しみて、他の婦と偕に後に隨ひて、斯くべり、子よ、何に往くか、何爲れぞ疾く進む、豈ガリレヤのカナに復婚筵ありて、爾今彼處に急ぎて、彼等の爲に水より酒を成さんとするか。子よ、我爾と偕に往かんか、或は爾を俟たんか。言よ、我に言を與へよ、我を浄く守りし者よ、黙して我を過ぐる毋れ、蓋爾は我の子及び我の神なり。

 

   第七歌頌

---------------------[聖大金曜日 晩堂小課 1151]---------------------

イルモス、天使は敬虔なる少者の爲に爐に露を出さしめ、ハルデヤ人を焚く神の命は苦しむる者にばしめたり、吾が先祖の神よ、爾は崇め讃めらる。

吾が子吾が神よ、昔の福音、ガウリイルが我に告げし者は安にか在る、彼は爾を王と名づけ、至上の神の子と名づけたり。今は我が最甘き光よ、我爾を裸なる傷つけられたる死者として見る。

諸病を醫す吾が子吾が神よ、今我を爾と偕に接けよ、主宰よ、我も爾と偕に地獄に下らん爲なり。我一人を遺す毋れ、蓋我爾我が最甘き光を見ずしては、復生くるに忍びず。

光榮、なる者は他の攜香女と偕に痛く泣きて、ハリストスの舁かるるを見て曰へり、鳴呼哀しい哉、我が見る所は何ぞや、吾が子よ、爾今何に往きて、我一人を遺す。

今も、なる者は弱りて、泣きて攜香女に謂へり、我と偕に嘆きて、痛く哭け、蓋視よ、我の最甘き光、爾等の師は墓に付さる。

 

   第八歌頌                                                              イルモス、ハリストスよ、爾は敬虔なる者の爲に焰より露を注ぎ、義人の祭の爲に水より火を出せり、爾は一の望にて萬事を行ひ給へばなり、我等爾を萬世に讃

---------------------[聖大金曜日 晩堂小課 1152]---------------------

め揚ぐ。

イオシフは童貞女の哭くを見て、心裂かれて、哀しくべり、鳴呼我が神よ、我爾の僕は何如にして今爾を痙らん、何如なる布を以て爾の體を裹まん。

爾萬物を持つ主の奇異なる光景は智慧に超ゆ、イオシフは爾を死者として其手に取り、ニコディムと偕に舁きてる。

光榮、童貞女は其子及び主にべり、我奇異にして至榮なる奥義を見る、何如にして爾命を以て死者を其墓に起す者は卑しき墓に置かるる。

今も、我が子よ、我爾の婢は爾の墓より起くることをもせず、涙を流すことをも息めずして、我も地獄に下るに至らん、我が子よ、爾に別るるを忍ぶ能はざればなり。

 

   第九歌頌

イルモス、天使の品位すら見るを得ざる神は、人見る能はず、惟爾至浄の者に依りて人體を取りし言は人人に顯れ給へり。我等彼を崇めて、天軍と偕に爾を讃め揚ぐ。

なる者は泣きて曰へり、喜は今より永く我に觸れざらん、我の光、我の喜は墓に入りたり、然れども我は彼一人を遺さず、此處に死して、彼と偕にられん。

---------------------[聖大金曜日 晩堂小課 1153]---------------------

至浄の者は涙を流して呼べり、我が子よ、今我が靈の傷を醫せ、復活して、我の痛を除き、哀を慰め給へ。蓋主宰よ、爾は自由にられたれども、欲する所を行ふを能し、且之を行ふ。

光榮、主は奥密に母に告げたり、嗚呼何如にして慈憐の淵は爾に隠れたる、蓋我は我が造物を救はんと欲して、甘じて死せり。然れども我復活し、且つ爾を大なる者とせん、我は天地の神なればなり

今も、至浄の者曰へり、人を愛する主よ、我爾の慈憐を歌頌す、主宰よ、我爾が仁慈の富に伏拜す、蓋爾の造物を救はんと欲して、爾死を受け給へり。救世主よ、爾の復活に因りて我等衆を憐み給へ。

次に「常に福にして」に代へてイルモス、「天使の品位すら見るを得ざる神は」。聖三祝文。「天に在す」の後に小讃詞、「皆來りて、我等の爲に十字架に釘せられし」。主憐めよ、四十次。「何の日何の時にも」。主憐めよ、三次。光榮、今も、「ヘルワィムより尊く」。神父よ、主の名を以て福を降せ。司祭、「吾が諸聖神父の祈に依りて」。并に祝文、「穢なく誘はるるなく」。發放詞。

  夜半課を私室に歌ふ。

          ~~~~~~

 

---------------------[聖大金曜日 晩堂小課 1154]---------------------