十字架から復活へ

 正教会の復活大祭へ向かう毎主日の福音書誦読箇所は、つい日々の生活の煩いの中で、また正教が誇る様々な教会文化への行き過ぎた熱中のなかで忘れがちな「ハリストスの救いの福音」の根幹を教えます。
 とりわけ、十字架叩拝の主日から受難週を控えた聖枝主日へいたる福音は,大斎という「修道的期間」のもつ逆説を私たちに突きつけ、私たち一人一人を,主の十字架と復活に罪の赦しとよみがえりへの希望を見いだし、そこに自らを委ねるほかない「無力な罪人」として、受難週へと引き渡します。

十字架叩拝の主日 メッセージ マルコ8:34-9:1 

父と子と聖神の名によりて

 「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう。人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか」。

 本日の福音です。まことに厳しい言葉です。主は私たちにいささかの逃げ道も与えません。キリスト教を人生を豊かにする「ありがたい」「ためになる」教えぐらいにしか考えていなかった者を張り倒す、容赦ない言葉です。
 ローマ帝国や共産主義者たちの迫害にさらされていた時代、クリスチャンたちはこの言葉に、私たちが感じる「容赦なさ」をはるかに凌ぐ「容赦なさ」を感じていたはずです。彼らにとって「十字架を負って」とは、文字通り死刑執行のための十字架に磔になることでした。「自分を捨て」とは「我」を捨てるといった修道的な徳目ではなく、ハリストスのために、福音のために「死」を受け入れることでした。殺された者は生き、死を拒んで生きながらえた者は死ぬ、この逃げ場のない二者択一に彼らはいつも直面していたのです。クリスチャンとして生きるのか、すなわち死を辞さないのか、あるいはハリストスを離れて死ぬのか、すなわち生きながらえるのか、です。

 今日、「十字架を負って」は、それぞれの人生の課題から目を背けず、逃げることなくその重荷を背負って生き抜くことと、理解されることが多いようです。けっして間違ってはいません。しかし、迫害時代のクリスチャンたちがぎりぎりいっぱいのところで体験した、それが自分の「生き死に」、しかもほんとうの「生き死に」にかかわるということがわかっていないなら、「人生は重荷を背負って坂道を行くがごとし」といった「日めくり」の金言とかわりません。私たちは人生の妙味や奥深さにしみじみと頷くためにハリストスの言葉を聞こうとしているのではありません。死にたくないからです。生きたいからです。主も気の利いたことを言って感動させようなんて思ってもいません。「私についてきたいと思うなら」…そう「死にたくないなら俺についてこい!」と、戦場で部下を励ます大将のように呼ばわっているのです。それに対し、「わかりました。ついて行きます」と心から答えるなら、次に「では、どのようにして?」と間髪を入れず問うはずです。そうでないなら、「ついて行きます」という答えは口先だけのものにすぎません。
 ここで、はじめて「自分を捨てて、自分の十字架を背負って」という言葉が意味を持ってくるのです。

 「自分を捨てて」。
 自分の欲望や感情のままに生きてきて、何か実りがあったでしょうか。お金や権力や快楽のための道具にしてきた人たちの憎しみが襲いかかり、道具にしてきたこの肉体が復讐しています。自分の信念や「自分なりの考え」で生きてきて、何か道を見いだしたでしょうか。自分を評価しない、自分に同意しない社会や人々への自己主張のこわばりのなかで、誰にも心を開かない、誰からも心を開いてもらえない孤独な自分が残っただけです。死にたくないなら「自分が」「自分は」「自分にとって」…などという、そんな重たい鎧は早く脱いで私を信じてついてきなさい、ハリストスはそう叫んでいます。主が「心貧しくあれ」と言えばへりくだり、「野の花を見よ」と言えば煩わず、「姦淫するな」と言えば夫婦の絆に立ち帰り、「敵を愛し赦せ」と言えば敵のために祈り、「人を裁くな」と言えば自分の罪をまず心に刻むのです…。「とって食べよ、とって飲め」と言われたなら、こうして、古き生命を洗礼で捨てた私たちの、まさに新しい生命にほかならない主のお体と血に集うのです。

 「自分の十字架を負って」。
 十字架は求めて与えられるものではなく、そこにあるものです。私たちはえてして、目の前の十字架が見えないふりをして、お気に入りの十字架、軽そうな十字架、カッコイイ十字架をきょろきょろ探しているものです。そんな十字架では私たちはちゃんと死ねません。ほんとうの生命に生き返ることはできません。「自分の十字架」が見えないなら、あてにならない明日ではなく、取り返しのつかない昨日でもなく、勇気をもって今日を見つめるのです。そうすれば必ず見つかります。自分ではなく主に問いかけ主に従ってその十字架を負うなら、私たちは十字架を背負い十字架で死んだ主と共に、よみがえりの生命に向けて歩み出します。

階梯者イオアン主日 メッセージ  マルコ9:17-31

父と子と聖神の名によりて

 一人の父親が、悪霊にとりつかれて心の病気にかかっている男の子をつれてやってきました。あいにくイイススはお出かけでした。そこで代わって弟子たちに悪霊を追い出してくださいと頼みましたが、彼らには何もできません。ちょうどその時イイススが帰ってきました。父親は「この子は幼いときから重い病気です。もし、おできになるなら、私たちを憐れんでお助け下さい」とお願いしました。イイススは「もし、できるのならばと言うのだね」と彼をチョットたしなめた上で、「信じる者にはどんなことでもできる」と答えました。すると父親はあわてて「信じます。不信仰な私をお助け下さい」と叫びました。イイススが悪霊を叱ると、霊は出てゆき、男の子の病気は治りました。

それにしても、この父親、ずいぶんな人だと思いませんか。
 もし、皆さんがお医者さんだったとします。患者に「先生、先生にもしこの病気が治せるんなら、治してください」と言われて、「失礼な事を言わないでくれっ」てわざと怒ってみせたら、患者があわてて「信じます、信じます。…でも、ほんとは、ちょっと心配だけど」なんて言ったら、どうですか。
 信仰の大切さを教えるこの福音で、「信じる者にはどんなことでもできる」証拠として紹介された信仰の姿が、こんな自分勝手で中途半端なものだなんて、…どういうことでしょう。父親の願いは何はともあれ聞き届けられて、子供の病気は治りました。とても信仰とは言えない信仰が、奇蹟をもたらしました。

 でも、みなさんお気づきでしょうか。もっと不思議なことがあります。
 イイススのそばにいつもいて、イイススの教えを親しく聞いていた弟子たち。イイススを救い主と信じ、先生のためならどんなことでもしようと、胸を張っていた弟子たち。イイススから悪霊を追い出したり、病気を癒したりする力さえ与えられていたはずの弟子たち。この弟子たちが何もできなかったことです。「からし種一粒ほどの信仰があれば山だって動く」はずなのに小石一つ動かせませんでした。弟子たちのいかにも立派な信仰は何もできず、この父親の信仰とも言えないあやふやな心がハリストスから奇蹟をひきだしました。これは、弟子たちの信仰はからし種一粒ほどのものでもなかったということではないでしょうか。反対に、この父親にはどんなにあいまいでも、いいかげんでも、中途半端でも、虫がよくても「からしだね一粒」ほどの信仰はあったということになります。

 どこが違ったのでしょう。弟子たちは今「売り出し中」のスーパーヒーロー・イイススの親衛隊として得意絶頂でした。文字通り肩で風切って町々村々をのし歩いていたに違いありません。彼らには持ち物や財産をすべてなげうってイイススに従っているというプライドや自己満足はあっても、切実な魂の苦しみは何もありませんでした。一方この父親はカッコよく財産を投げ出すことなど思いもしない、我が子の病気だけで頭がいっぱいの悲しいほど普通の父親で、むしろ社会的には金持ちで有力者だったかもしれません。しかし、彼の心はいつも痛切な悲しみ、熱い熱い煮えたぎるような苦しみ、ひりひりするような渇きで張り裂けんばかりでした。どうして我が子が、なぜこんなにまで。私に何か罪があるのかもしれない、でもなぜ私でなくこの罪のない子に! どうして! そんな心の叫びが胸になかった日は一日もなかったでしょう。しかし、彼は絶望しませんでした。どんな苦しみだって受け入れてしまえば、それなりに気持ちは静まるものです。でも「これは絶対おかしい、我が子が、いや人間がこんな仕打ちをうけてよいはずがない」と叫び、あきらめずに救いを探し、信仰と不信に引き裂かれながらも、もがき続けました。運命だなどと屈しませんでした。逃げませんでした。日本正教会の新約聖書や幾つかの訳では、この父親は「涙を垂れて、呼びて言えり、主よ、我信ず、我が不信を助けよ」とあります。こんな心の激しさにハリストスは「からし種ほどの信仰」を見たのです。

 これは、私たちのことではないですか。
 苦しいことをいっぱい抱えています。子供のこと、夫や妻のこと、親のこと、家族のこと、病気のこと、迫り来る老いのこと、お金のこと、恋のこと、そして第一に自分自身のやりきれない心の暗さ…この父親同様、見苦しいほどにもがいています。私たちの信仰は信と不信のあいだを揺れ動いています。しかし、次のことだけはゆるぎなく信じ、日々確かめ続けていたいものです。
 この父親の「信じます。不信仰な私をお助け下さい」という叫びを躊躇なくお受けとりになったハリストスが、まず第一に、そして最後から最後までまなざしを注ぎ続け、憐れみをおかけになって下さっているのは、主の弟子を気取って胸を張る人たちではなく、まさにこのような私たちであるということを。

エジプトのマリア主日 メッセージ マルコ10:32-45  

父と子と聖神の名によりて

 大斎期間の主日、とりわけ第三の主日から受難週に向かう聖枝祭主日にかけ、そこで記憶されるテーマや人物、そしてそこで読まれる福音には復活祭の喜びへと私たちを導いてゆく一貫した結びつきがあるようです。

 まず、第三主日「十字架叩拝の主日」では、「誰でも私についてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、私に従ってきなさい」と呼びかけられます。まず自分を捨てて、その時、その場で神さまが示す十字架を担えと命じられます。自分を救いたいなら、まず神さまへの愛のために徹底して自分を捨てろという、逆説が突きつけられます。
 神さまへの愛は、ハリストスがあっさり言い切っているように「隣人への愛」です。人生のその時その場に出会う助けや慰めの必要な人々、かけがえのない日々を共に生きる家族や友人のために自分を徹底的に捨てることが、すなわち神さまを愛することであり、自分の十字架を背負うことであり、ハリストスに従うことであり、自分を救うことです。その次の主日で記憶される階梯者聖イオアンも、その「天国への階梯」という修道のための手引き書の最終章を「主を愛する人は、まず自分の兄弟を愛する」と愛を教えるためにあてています。修道とは結局、まことの純潔さで、隣人兄弟を愛することができるようになるために、自分の「我」やプライドを、はてしなく捨て続けてゆき、あくことなくハリストス・神の無償の愛、「友のために命を捨てる」愛を追求することに他なりません。罪にけがれた私たちは、愛のためと力めば力むほど、その愛を、分別を失った情念の衝動や、押しつけがましい「おせっかい」で人をねじ伏せようとする力への意志へと歪めてしまいます。「人のため」「家族のため」と、私たちはどれほどたくさんの自己満足を手に入れようとしてきたことでしょう。それを思い知ることは、痛切な悲しみ、身を焼くような苦しみです。私たちのこの実に根深い罪深さを文字通り焼き切って根こそぎにするためには、階梯者イオアンに続いて本日記憶される、四十七年間も砂漠でたった一人草の根を食べながら神さまに赦しを祈り続けたエジプトの聖マリアの、途方もない痛悔の激しさが求められます。十字架叩拝の主日に、主と共に十字架を担おうと立ち上がった私たちの歩むべき道が、正教の修道精神を代表するこの二人を記憶することによって示されるのです。

 一方、階梯者イオアンとエジプトのマリアが記憶される二つの主日、そこで読まれる福音は何を伝えているでしょうか。まず、病気の子供から悪霊を追い出してもらおうと主に取りすがった父親の「信じます、不信仰な私をお助け下さい」という支離滅裂な、しかし悲しいほど痛切な叫びを私たちは聞きます。階梯者イオアンがその「天国への階梯」で教える高邁な修道的努力といかにかけ離れたものでしょう。しかし主は、この叫びを「からし種ほどの信仰」としてお受け取り下いました。反対に、主に一切を捨てて従ったはずの弟子たちが、この父親の求めにまったく応えられず、彼らには「からし種ほどの信仰」もなかったことが暴露されます。神に向かう私たちの努力、ハリストスの愛の働く器へと自らをきよめる努力、これらの努力も、悪霊に引き回され地面にのたうつ苦しみを知る者の叫びにも似た祈りなしに、何ごとも成し遂げられないことを教えます。そしてこの日の福音は最後に、主がご自身の受難と復活を預言したことを伝えます。私たちを救うものが、結局は何であるのかが暗示されます。
   
 そして今日の福音。過ぎこしの祭りへと旅だったイイススとその弟子たちは遂にエルサレムを目前にします。主はご自身の受難を心に期しています。しかし「自分を捨てよ、十字架を背負え」と教えられ、捨てたつもり、背負ったつもりの弟子たちは、主が光栄をお受けになったら、誰が一番高い地位につくのかを罵しり合いながら議論しています。この浅ましい姿は、神の愛の器となるべく、断食を守り祈りに専念した私たちが最後に直面した私たち自身の姿でもあります。愛する努力は悉くしくじり、露わになったのはイイ気になって「祈りと斎」を、「神への愛すなわち隣人への愛」を、そして「正教の修道的な伝統」を語ってきた、この私の悪さだけでした。私たちは結局何も成し遂げられませんでした。

 しかし、実はついに、私たちはここで斎を全うしたのです。先週の福音の最後に、主がご自身の受難と復活を予告したほんとうの意味が明らかになったのです。
 私たちは無力でした。復活祭の喜びに備えて魂を浄めるなんてことは、私たちには不可能でした。もはやハリストスの十字架の救いに、その無償のゆるしに、自分を委ねるほかないことが、いよいよ受難週を目前にしたこの時にハッキリと知らされたのです。自分の十字架を背負ったと気負い込んだ私たちは、結局、ハリストスご自身が背負う十字架に、その重荷を加えただけの結果に終わりました。
 でも、主は、もはや何もお咎めになりません。何もお求めになりません。せまりくるご受難への「人の子」として当然の身震いを抱きしめながら、「それでいい、私が背負うから」とまなざしを向けてくださっているのです。私たちがすべきことは、もはやこの主の愛を受け取ることしかありません。主のご受難を見つめる私たちに、階梯者イオアンが「喜びに溢れた悲しみ」のしるしと呼び、エジプトのマリアが自分の罪深さに心砕かれたときに流した、あたたかい涙の恵みをいただけるよう祈るほかありません。

聖枝主日 メッセージ イオアン12:1-18 

父と子と聖神の名によりて

 私たちは、背かれる悲しみを知っています。離れ去られる苦しみを何度も味わってきました。愛を注ぎ、信頼してゆだね、期待して待った人々が、息子や娘が、仲間や友人が、部下や同僚が、妻が、夫が、…背き、離れ去り、ある時は裏切ります。分かち合いの喜びに息を弾ませ合った人々の顔から、突然笑顔が消え、光は失われ、敵意に満ちた罵声が投げつけられます。その悲しみを知っています。

 過ぎこしの祭りをひかえエルサレムは各地から集まった人々でごった返していました。そこに、葬られて四日もたったラザリを甦らせたイイススの噂がたちまちのうちに広がりました。そのイイススが弟子たちを引き連れエルサレムに入城して来ると聞いて、人々は街に飛び出し手に手に枝をうち振ってイイススを迎えました。「イスラエルの新しい王よ、私たちをお救い下さい。オサンナ」、その歓呼の声は怒濤のように街中にあふれました。
 この人々が何日か後、捕えられ引き出された主を見て、拳を振り上げ唇を歪めて「十字架につけよ、イイススを十字架に」と叫ぶことになるのです。イイススへの熱い期待は、主が、祖国イスラエルをローマの権力から救うために何もしなかった、また何も呼び掛けなかったことへの失望をへて、激しい憎しみに転じました。エルサレム入城の時、うち振られた枝に私たちは単純にメシア到来への喜びの表現だけを見てはなりません。あの枝は、人々の、イイススへの身勝手な無理解と、すぐに露わになった敵意の持つ凄まじいエネルギイの象徴でもあります。

 身勝手であったのは、また、主に背いたのは、民衆だけではありませんでした。弟子たちも同様でした。主を裏切ったのはユダだけではありませんでした。今日、聖使徒として尊敬される他の弟子たちも同様でした。「主よ、わたしは獄にでも、また死に至るまでも、あなたとご一緒に行く覚悟です」と見得を切ったペトルも、「わたしたちも行って、先生と一緒に死のうではないか」と勇ましく仲間に呼び掛けたフォマも、それを聞いて気負い立った他の弟子たちもみな、主を十字架に、まったくの孤独の中に置き去りにして去りました。この孤独の深さは、ついに主をして、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と十字架上から叫ばせるほどのものでした。
 このひとりぼっちの主が十字架の上から見たのは、この「とんだ食わせ者」、イイススという「偽メシア」に裏切られた憎しみを目を真っ赤にしてぶつけてくる民衆でした。また、「自分はメシア」という妄想からついに身を滅ぼした愚かな青年への蔑み笑いを浮かべるローマ兵たちでした。また、ただただ愛おしいイイススを突然に失い絶望と悲しみに凍り付く女弟子たちでした。そして、恐怖にふるえて逃げ去り、もうどこにも姿が見えない一番弟子たちでした。

 イイススは、他の誰でもない、まさにこの人たちのために、十字架で苦しんだのです。何も知らずに枝を振り回し、ついにはご自身をまったくの孤独の中に置き去りにしたこの人たちのために死んだのです。彼らを赦し、彼らによみがえりを与えるために。
 彼らは、その憎しみに駆られた行動によって、またその弱さや卑怯さによって、結果的に、十字架と復活という人類の救いの業の舞台をイイススに提供することになる「脇役」として、そこにいたのではありません。ユダだってそうです。神の摂理の小道具などではありません。主は彼を深く愛していたからこそ、ユダの決意の固さを見てとり「しようとしていることを、するがよい」と背き去るままにされたのです。愛は決して人を強いないからです。ハリストスは彼らをみんな愛していました。ユダのがんこな思いこみも、ペートルやフォマら弟子たちの、恐怖のなかで無様に腰砕けた気負いも、女弟子たちの絶望も、民衆の無理解も、無責任な身勝手さも、その愛の内にお赦しになりました。その赦しのために、その救いのために、死なれたのです。何も知らずに枝を振った者たちのために。

 私たちは今日、こうして枝を手にそのイイススを讃えます。しかし、私たちはエルサレム入城の時の民衆とは違います。私たちはもう知っています。十字架の上から主が眼差しを注いだ人々と同様の、卑怯で、身勝手で、主の御旨を何も知らず、また知ろうともせず、自分の思いこみに高ぶったり、逆に希望そのものであるお方がすぐそこで手を広げているのに絶望に座り込んでしまう私たち、…この私たちの赦しと甦りのためにこそ、ご自身を十字架に献げた方として、主を知っています。その主にこそ、今、「オサンナ!」と枝を振るのです。

2002年復活大祭メッセージ 
          ガリラヤで… 

 十字架で息絶えたイイススのお体は、安息日を控え大急ぎで墓に納められました。三日目、日曜の早朝、女弟子たちが葬りの香料を携えて墓に行くと、入り口をふさいでいた大きな岩は脇へ転がされ、主のお体は消えていました。かわりに、そこにいた天使から「イイススはよみがえってもうここにはいない。あなたたちはガリラヤで主と出会うだろう」と告げられました。

 ガリラヤで主と出会う。なぜガリラヤ?主が成長し、伝道を開始し、弟子たちが集められたそもそもの始まりの地、ガリラヤ。そこに戻り湖に船を出し久しぶりに漁を始めた弟子たちに、天使の言葉通り、復活した主はご自身を顕しました。
 やわらかな陽の注ぐ緑の丘に春の花々が咲きこぼれ、眠ったような湖面に魚たちが踊るガリラヤ。沖では男たちが力強く網を引き、岸辺の市場では陽気な駆け引きの声の合間に、時折どっと哄笑が沸き起こるガリラヤ。いたずら坊主を追い回すよく肥えた妻を、夫がたくましい腕を組んで笑って見ているガリラヤ。…こんなガリラヤで、弟子たちは主に再会しました。
 
 私たちも復活祭の感激のうねりがゆっくりと引いてゆく頃、喜びのあたたかい余韻を抱いて私たちのガリラヤに戻ります。
 その時、一見これまでと何にも変わらないありふれた日常に、弟子たちと同じように主を見いだし、自分が全くの新しさに生き始めた事を知るでしょう。悲しみは残ります。苦しみは取り除かれません。しかしその苦しみは、十字架上で「神にさえ見捨てられたのでは」という孤独に悶えた主と共に苦しむ苦しみへと、変えられています。いっぽう日々の何気ない嬉しさ楽しさは主の復活の喜びの確かめとして、私たち自身の復活への希望として、輝き始めます。

 私たちのガリラヤ。せわしないオフィス、機械がうねる工場、子供たちにランドセルを押しつけ大慌てで送り出し、洗濯に掃除に買物に炊事に明け暮れる毎日、…この私たちのガリラヤで主はお待ちになります。