なごや聖歌だより
2004年8月号

神の国への動き  7月11日「聖歌の会」の報告

            ――乗り物としての聖歌――

 お葬式や結婚式などで正教会の礼拝にふれられた方から「すばらしいですね」と言われたことがありませんか。「別世界にいるようだった」また「何か懐かしい心地よさがあった」と言われた方もあります。礼拝体験を期に教会に来られるようになった方も少なくありません。
 他宗派に比べて正教会はことのほか礼拝の儀式を大切にしてきました。本当に神の国の体験があると信じるからです。人間の作るものでありながら人間わざ以上です。聖歌は聖堂、イコンなどとともに大きな役割を果たしています。毎週聖歌を歌うみなさんご自身が礼拝を作っているとも言えます。
 今日は正教会の礼拝の特徴二つを選んでお話しし、聖歌の働きを考えてゆきたいとおもいます。

「私たち」の祈り

 まず正教会の祈りの特徴は「私」という個人バラバラの祈りではなく「私たち」の共同の祈りであることです。正教会は(というよりキリスト教は本来)集まって祈ること=礼拝をとても大切にしてきました。日曜の朝各々家を出て教会にやってきた私たちは聖体礼儀が始まってクライマックスに至るまでずっと一緒に歌ってゆきます。一緒に歌いながら、だんだん心が一つになってゆきます。ひとりひとりが自分のことばで祈るのであれば声を合わせる必要ありませんが、みんなが一緒になって同じことばで祈るとき歌は大きな助けになります。歌なしに「天にいます」や「信経」を朗読することもありますが、同じメロディにのせて歌えば、いっそう一体感が強まります。

動 き
 二つ目は「動き」です。聖体礼儀は神の国へ向かう旅です。神の民として神が呼んでくださった私たちは、集まって神の国への出発します。
 まず、司祭が「父と子と聖神の国は崇め讃めらる」と目的地を宣言し、私たちは「アミン。行きます」と答えます。
 アンティフォンも神の国への呼びかけの歌です。「わが霊よ、主をほめあげよ」昔のコンスタンティノープルでは人々に呼び掛けながら市中をめぐり教会まで練り歩いてゆきました。「行こうよ、行こうよ、教会に、みんなでいこうよ」という歌です。今では実際の行進はありませんが、心は動いていきます。
 小聖入はかつては教会の門をくぐるときの歌、プロキメンやアリルイヤは、いよいよ神の前に立って「さあ、聞くよ!」というファンファーレ、喜びの宣言です。どんどん神の方へ向かって進んで行きます。
 ほかにも実際に行進する時に歌われる歌がたくさんあります。へルビムの歌が歌われる大聖入は、もともと別室で用意したご聖体用のパンとぶどう酒を輔祭が宝座に運ぶ行進で、人々は歩いていく司祭や輔祭に記憶のお願いをしました。今、実際に行進するのは聖職者や堂役だけですが、気持ちの上では私たち全員が神の国へ捧げものを運んでいます。
 さて、では「動き」という点で聖歌はどんな役割を果たしているでしょう。一般にも行進曲というのがありますね。軍隊や学校などで大人数が揃って歩くときには太鼓やブラスバンドの演奏に合わせ、ランニングの時「ファイト、おー」とかけ声をかけます。これも一種の音楽で皆が揃って歩くのを助けています。リズミカルな音楽は歩みを軽くする働きもあります。
 もし聖体礼儀が全部朗読調や普通の会話体だったら気持ちは進んで行くでしょうか。聖歌は私たちの歩みを助ける乗り物の役割をしています。だとすると、動きを促すような歌い方や選曲が必要ではないでしょうか。
 具体的に歌い方の例をあげて見てみましょう。みなさんご自身がどう感じるか考えてみてください。
 たとえば、聖体礼儀の最初の「アミン」。「神の国へ行くよ」という呼びかけに対する「行きます」という答えです。みなさんはどう歌いたいですか。私はのんびり「ア〜〜〜ミ〜〜〜ン」よりも「アミン=行くよ!」と歯切れよく答えたいと感じますが、みなさんどう感じられますか。色々やってみましょう。
 アンティフォンはどうでしょう。「教会に行こうよ」というお誘いの歌です。今も参祷者を神のことば福音の読みや説教へと促してゆきます。
 歌ってみましょう。「わ・が・た・ま・し・い・よ」とボツボツ切ってドスンドスンと歌ったら気持ちが動きますか。やはりある程度のスピードで、軽々と高みへのぼっていけるように「我がたましいよ、主をほめあげよ」と歌った方がよくないですか。歯切れ良くいくためには、ことばのアタマをきちんと揃えねばなりません。音もタイミングも両方です。みんながバラバラに出たのでは重くて燃費が悪いですね。思わず足が出るように、楽しそうな明るい声で歌ってみてください。歌い方ひとつで随分変わりませんか?
 最初に、二つの要素があるとお話ししましたが、「私たち」が「神の国」へ進んで行く「動き」というのは、実はひとつのことなのです。ひとりじゃないから歌が必要、みんなで行くから歌が必要なのです。
 さて、ここでもうひとつ考えたいのは、「私たち」とはこうして聖歌を歌っている私たちだけではないということです。参祷されたすべての方、ここに記憶されるすべてのものが「私たち」に含まれます。そのすべてが動かねばなりません。おおげさかもしれませんが、気持ちを神の方へ向かわせることができるかどうかは、私たちの聖歌にかかっています。全員の心が聖歌に乗っているのです。
 聖歌が途中でつかえて立ち往生したり、音がはずれて耳障りだったり、だからといって音の取り直しばかりしていたら、気が散っていやになってしまうでしょう。またリズムがバラバラだったり、どたどた重たい歌い方だったら、「行こう」という気持ちはだんだん落ち込んで動きが止まってしまうでしょう。私たちの聖歌は、教会全体の動きをリードしています。それが聖歌の働きです。実際の歌をリードするだけでなく祈り全体の動きを担っています。担う役割は重大です。
 今日ここにお集まりいただいたみなさんは毎週聖歌の中心になって歌って下さっています。必ずしも歌が得意な方ばかりではないし、執事や婦人会も兼任されていてお忙しい中も練習に参加して下さっています。お気づきでないかもしれませんが、少しずつ確かに上達しています。練習するうちに声も心も一つになっていきます。一生懸命努力していれば必ず神・聖神が力を与えてくださいます。こうしてお話ししている私自身もまだまだ不勉強で学ぶことがたくさんあります。これからも皆さんと一緒に練習を重ねて、神の国へ向かう乗り物にふさわしい聖歌を目指してゆきたいと思いますのでよろしくお願いします。   


連載
聖歌の伝統 

正教会聖歌のなりたち−−エルサレムからナゴヤま


6.翻訳して祈る、歌う −キリルとメフォディ−

 前回まで5回にわたってビザンティンの聖歌の発展を見てきたが、ここでスラブ地方とロシアへの伝道と聖歌の発達について目を転じてゆこうと思う。
 南スラブ地方への伝道は9世紀ごろ、今のチェコあたりの大モラヴィア国から「真実を教えてくれる人送ってほしい」という要請があり、ビザンツ皇帝ミカエル三世がキリル(俗名コンスタンティン、死ぬ前に修道士になってキリルの名を受けた)とメフォディの兄弟を派遣したことに始まる。
  キリルとメフォディは北ギリシアのテサロニキの出身で、ここにはスラブ移民が多かったため日常的なスラブ語に馴染んでいた。兄のメフォディは修道士になる前はビザンツ帝国の行政官として働いた経験があり、スラブ人の文化や伝統をよく理解していた。弟のキリルはコンスタンティノープルで哲学修辞学音楽などギリシアの優れた学問を修めた。。
 キリルは宣教に出かけるに先立って福音経と聖詠経をスラブ語に翻訳した。スラブ人にはそれまで文字がなかったので、ギリシア文字をもとにしてスラブ語の話しことばからグラゴル文字を考案した。キリルの翻訳は、まず意味の正確さを重要視したが、同時に詩的で美しいことばを探した。
 スラブ語での礼拝は画期的なことであったが、当時この地域はローマ教会の勢力下にあり、ローマ教会はヘブライ語、ギリシア語、ラテン語だけを聖なる言語と考え、現地語での礼拝を糾弾した。キリルはスラブ語の礼拝の許可を得るためにローマ教皇に会いに出かけた帰りに病死した。
 ふたりの弟子たちはグラゴル文字をさらに進化させたキリル文字を考案し、ブルガリアを中心に伝道した。弟子の一人クリメントはオフリドに伝道の中心を据え聖歌学校も設立し、スラブ語聖歌の発展の基礎を作った。
 やがてキエフ大公ウラディミルの授洗によりロシアが正教を受け入れるが、そこでも土地の人が理解できるスラブ語の礼拝が進められ、ビザンティンのメロディを基にしながら独自の聖歌が誕生していく。
 自国語に翻訳して祈るという正教会の宣教の伝統は、後に日本語での祈りを押し進めた聖ニコライ大主教やエスキモーのことばに翻訳して伝道した聖インノケンティの活動に受け継がれていく。



(参考資料:世界の歴史『ビザンツとスラヴ』中央公論社、
D. Drillock “Early Slavic Translations and adaptations of Byzantine Hymnody” SVS) 


編集後記:
 ことしもウラディミル神学校の夏期聖歌セミナーに参加してきました。笑顔いっぱい、表情豊かな先生の指揮は神様に出会う喜びがあふれていました。
 帰りにサンフランシスコ郊外のサンアンセルモという小さな街の小さな教会におじゃましました。ステファン神父さんはポドーベンという古い口伝えのメロディをたくさん覚えて歌っています。素朴で美しいメロディが何度も繰り返され心がどんどん運ばれていくようでした。「今日は誰それさんの誕生日だったね」「誰それさんのお孫さんが入院されたそうだよ」などと神父さんや執事の方が話し合い、お祈りの中で名前をあげて記憶します。小さな子供が聖堂の真ん中にぺったり座って、歌っているつもりでしょうか、ときどき声が聞こえます。おじいさんが後ろで歌っています。神父さんも聖歌隊も心から楽しんでいます。温かいやさしい教会の雰囲気そのものの聖歌でした。
 聖歌をリードする者として、いつも自分が本当に喜びにあふれているかな?そういう顔をしているかな?と自分自身を振り返って“反省!反省!”でした。