3.伝統のいのり−−共働のいのり
 今年の研修会のメインテーマは「生ける伝統」Living Traditionです。正教会は伝統を重んじる教会と言いますが、奉神礼の古い形を見ることで、何が大切にされてきたか、そこにどんな意味があるかを考えました。
 ポール・マイエンドルフ教授は前期ビザンティンの洗礼の儀式について、アレックス・リンガス教授はビザンティンの会衆唱について、マーク・ベイリー講師は「聖入」にスポットをあてて講演されました。いずれも、かつて会衆全体が積極的に奉神礼に参加していたことが強調され、中でも「行進」と「会話」を正教会の大切な伝統として取り上げられました。
 「行進」は十字行や聖入、洗礼時に洗礼盤を3度回るなど今でも行われていますが、元々は市中を廻る行列であり、文字通り聖堂に入る動きであり、別棟の洗礼聖堂から信者の集う聖体礼儀の聖堂に向かう行進でした。これらは実際の場所移動でしたが、同時に神学的に「教会へ」「聖なる方へ」向かう神の民の永遠の歩みを表しています。現在では「聖入」は神品が至聖所から出て王門を通ってまた至聖所に戻るだけの動きですが、気持ちの上では、集まった者すべてが神の国


マーク・ベイリー講師 聖歌の実習も教えて頂きました。実習の様子は次回に

マリア松島純子

ポール・マイエンドルフ教授  

(お父上はジョン・マイエンドルフ神父)

へと入ってゆく歩みです。
 実際に歩きながら「聖なる神」や「聖にして福たる」を歌ってみました。不思議なことに体を動かしながら歌うと、この歌が行進の歌であることがはっきり見えてきます。曲としてどんなに美しくても、逆に単純でも、奉神礼の動きや歌の意味とマッチしないものはふさわしくありません。
 また、古代の聖堂はイコノスタスの仕切りが低かったため神品と参祷者が身近で、今は黙唱になって「蓋」以下しか聞こえませんが「アミン」は神品の唱える祝文全体に対する会衆の応答で、今よりさらに頻繁に祈りの会話が交わされていました。
 聖歌者はクリロス(聖堂前方の高くなったところ)に立ち至聖所と聖所を繋ぐ役目を果たし、左右に分かれてアンティフォン(掛け合い)で歌いました。会衆も消極的な聞き手ではなく、ソロの歌う聖詠の句に続いて、全員がリフレイン(繰り返し部分)を歌って答え、積極的に祈りに参加していました。
 実際に聖堂で左右に分かれて掛け合いで歌ってみたり、早課の「我が心は主を崇め」を代表者がトリオで歌い、リフレインの「ヘルビムより尊く」を残り全員で歌ってみましたが、交互に歌がゆきかい、祈りの「会話」に結ばれて、集まった者が心を合わせて一つになる実感が増します。
 正教会の奉神礼は「私」が集まって「私たち」になって祈る共働(リトゥルギア)です。古代の祈りの形は、それをはっきりと表していました。

                 (つづく)