第1章 正教会の奉神礼聖歌の体系  

              内容と用語の定義

 

1.奉神礼[]の聖歌の本質

 プロテスタント諸派と比べればなおさらだが、ローマ・カトリック教会と正教会では礼拝の構造に相違があり、そのために礼拝における音楽的要素の意味、教会音楽の本質、形、奉神礼的機能に対する見解の違いが生まれる。まずこの違いを明らかにしないと、さまざまな誤解が生じ、最終的に間違った結論が導かれてしまう。

 まず「正教会の奉神礼聖歌(以下聖歌)の本質とは何なのか。また正教会の礼拝において聖歌が果たす役割は何か」という問題に答えよう。

答えは一目瞭然で、「正教会の奉神礼音楽は声楽で人間の声だけで構成され、ことばと結ばれて礼拝に付随する」と今さら議論の余地もないように思われる。ここ3世紀ほどのロシア正教会合唱音楽に限定して考えるならこの答えもうなずける。ことに正教会外の研究会などでは「正教会の教会音楽も一般の音楽に用いる概念で測りうる」と思われている。また正教会内部ですら聖歌をいまだに声楽のカテゴリーに押し込め、世俗音楽と同じ音楽美学のものさしだけで評価をくだし、あまつさえ声楽の中でも注目に値しないものとしてしまう傾向がある。

 こういう考え方では、聖歌は礼拝に内在する固有なものではなく、任意で非本質的なものということになる。全く同じ理由だが多くの人々によく理解されていないのが、なぜ正教会は決していかなるタイプの器楽音楽を伴奏としても礼拝に取り入れなかったか、教会の中では器楽を許容すべきでなく、まして聞こえるべきでないとしてきたかという点である。

 器楽の禁制は、一般には正教会や東方教会全般の特徴となっている修道的な傾向を論拠に説明される。実際、ロシアの歴史家や理論家は、聖師父[]のことば「宗教的儀式に楽器を用いることは異教人の間で広く行われていた。クリスチャンは生命のない人工的なものではなく、最も崇高で自然の楽器である人間の声を用いて神を讃栄すべきだ」を引用して説明してきた[]

 この見解の是非論は避けるが、スラブ系正教会はギリシア・ビザンティン教会から教会聖歌の原則をそのまま受け継いだ。そこでは、すでに器楽の禁制が確立していた。しかし器楽排除の理由を正教会の礼拝の本質と形式から検討してみる価値がある。

 正教会の礼拝はほとんど例外なく、祝文[]、讚揚、教え、聖書解釈、説教など、さまざまな形の「ことば」の表現から成る。ことばのみが、具体的で論理的に形作られた内容を正確に表現できる。他方、器楽はその性質から言って明瞭に表現することは不可能だ。器楽は感情要素を表現し呼び起こすだけなので、個々の聞き手は主観的に受け取り、多様な解釈が生まれる。こういう感情的反応に正確で論理的な定義を与えることはできない。悲しさ、偉大さ、喜び、楽しさといった内容は感情の特徴を漠然と曖昧に言い表すが、ことばのようには正確で明瞭な考えを表現できない。簡単な横笛で演奏されても、器楽的多重音楽でも、あるいは詞のないハミングによるとしても、ひとつの音楽に内容や性格の異なる歌詞を当てはめることができる。つまり一つの音楽がまったく異なる考えを運びうる。ことばだけが音楽的な音に明確であいまいさのない意味を与えることができる。また礼拝においては、ことばだけが祈り、教え、黙想などにもられた考えをはっきりと表すことができる。ことばを持たない器楽はそれ自体言語によって表された具体的な祈祷の中身を伝達するのに適さない。器楽は耳を心地よく楽しませ、様々な感情を呼び起こし、ある意味ではことばによって表された考えの感情的内容を映し出す。対照的に音楽と結ばれたことばは、明白な論理と正確な意味に、感情的反応を結びつけることができる。

 正教会がことばと結びついた場合に限って音楽的要素を奉神礼に取り入れた理由はここにある。音楽的な音は奉神礼のテキスト(祈祷文)と結びつくことで、論理的具体的な内容を感情的に色づけする。また、ことばによって表された内容への感情的反応として音楽が生まれる。[]

 正教会の礼拝でも、音楽要素の感情的側面は重要な役割をはたすが、純粋な器楽を祈祷に用いる教会とはいくぶん異なる。仮にことばを抜いて音楽だけを取り出せば、器楽は前述したような寂しさ、荘厳、喜びといったに一般的なことばで漠然と表されるある種のムードや雰囲気のみを作り出す。そこには、具体的な考えは何もない。なぜ一片の音楽が悲しかったり荘厳だったりするのだろうか。音楽要素は言語と結びつけられて初めて、その音楽からその感情がなぜ生まれたか、どんな具体的な言語表現によって音楽が引き出されたのかを説明することができる。

 無伴奏の歌の場合状況は全く異なり、感情的反応は音楽が創造するムードによってもたらされない。まずテキストに著された具体的な内容への反応としてムードが作り出され、さらにテキストにしっかり結ばれた音楽がそれを映し出す。第3章で述べる正典的(カノン的)メロディは、色々なテキストに同じメロディを用いることがあるがその感情特性はメロディを作り出した国民がその歌詞に表された考えを理解するときの独特の様式に一致する。

 正教会ではどんな形であっても礼拝に器楽を許容せず、ことばと結ばれた場合に限って音楽的な音を受け入れた。従って奉神礼聖歌の具体的形式について述べる前に、奉神礼の中に存在する音楽的要素の一般用語について考える必要がある。音楽要素が最も簡素に表れた形としては、どんな形であっても、音楽的な音ととらえられる奉神礼のすべての側面が含まれる。つまり、ラテン語でしばしばレクト・トノrecto tonoと呼ばれる一つの音高上で棒読みする聖詠唱や誦経[]、また、エクフォネシスという音楽的に幾分複雑な読みや高声の形がある。厳密に言えば、これらは音楽要素の漸次的移行段階で、歌ではないが、さりとて普通の話しことばの範疇にも入らない。

 実際、正教会の奉神礼では、説教以外に普段の会話の話し方や朗読の形は用いられない[]。集合的礼拝の一刻一刻、ことばと密接に結ばれた音楽現象が次々と変化する。ことばが聞き手に提示されるとき、変化には明確な境目は見られない。エクフォネシスから歌へ、エクフォネシスから聖詠唱への移行は区別しにくい。同じ理由から歌だけを奉神礼からとりだして単なる声楽としてとらえるのは難しい。

 単調な誦経レクト・トノが一方にあり、対極には、一つまたは複数の大聖歌隊による華やかな多声合唱がある。この両極の間に多くの段階がありそれぞれが互いに連結されている。テキストの内容と奉神礼の秩序の中で音楽の段階が決定され、ある段階の音楽が別のものから流れだす。異なるタイプの音楽、音楽の段階は祈祷の中で結び合わされ、音楽的に全体として統合される。音楽要素はテキストに表された内容にまっすぐ注意が向くように働き、聞く側に感情的反応を呼び起こす。

 公祈祷でも私祈祷[]でも、正教会においては歌(単調な誦読の形であっても、あるいはより複雑な性質のものであっても)を含まない祈祷は皆無である。一人で歌おうが、熟練した二つの聖歌隊が交互にアンティフォン形式で歌っても会衆全員が歌っても原則的な差はない。ローマ・カトリック教会と対照的に正教会には「読誦ミサ」のような歌ぬきの礼拝はない。晩堂課や平日の早課[]のように部分的には、文字どおりの「歌」がない場合でも、前述したような方法、同じ音の高さで誦読する。個人の家で感謝祷(モレーベン)が行われるような私祈祷でも歌が含まれ、必要に応じて司祷する司祭自身が歌うこともある。原則はすべての場合に共通で、祈祷の性質と、ことばで書かれた祈祷文の論理的内容に従って、適切な音楽付けを与えられた「ことば」が提示される。

 さて、正教会の聖歌は、礼拝そのものの形式の一つであることが明らかになった。昔は、ロシア人たちは礼拝することを「歌う」と言った。「歌いに行く」は「お祈りに行く」と同意語で、修道院では目覚まし係の修道士は夜半課や早課の時刻が来ると、「歌う時間だ。祈りの時間だ。主イイスス・ハリストス、我が神よ、我等を憐み給え。[10]」仲間の修道士にこう呼びかけた。1551年のストグラフ会議では、「信者はその妻や子供をつれて聖なる教会に来るべきである。信と愛をもってすべての聖なる歌に立たねばならぬ」[11]とある。ティピコン(奉事規則書)[12]においては、すべての公祈祷は「歌う」と表現されている。「以前に歌について述べたように、聖伝に従って聖詠や他の祈祷を歌うこと、それ以外に修道生活のためだけの特別のきまりはない。それを知らねばならない。[13]」と書かれる。

 聖歌が礼拝の一部であるなら、当然、聖歌の形は礼拝そのものの形によって決定される。奉神礼の音楽形式の発展は、礼拝の式順の発展や奉神礼の祈祷文の内容に関連づけながら研究しなければならない。

 

2.聖 歌 学 Hymnography

 正教会の祈祷はテキストとしても音楽としても多彩で内容豊富な聖歌[14]に満ちている。聖歌は祝文(祈りのことば)や誦経の間に挿入され、聖職者の行進に伴い、伝統的秩序や特別のルールによって聖詠の間に織り込まれる。聖歌のテキストは祭の中心テーマや聖人の記憶に聴く者の思考の焦点が合うように作られる。また別の場合では正教会の信仰上の主な教理を会衆に教える役目を果たし、詩の形をとりながらも教理的に純粋な形で歌われる。正教会の祈祷の大部分を占める聖歌は、歌いやすい詩的で親しみやすいことばを用いた正教会の包括的な神学的教育となっている[15]。参祷者は、信仰の本質的な教理を得るために聖歌や誦経に注意深く耳を傾けるだけで充分だった。音楽的要素は聞く人の記憶と意識にテキストをより深く印象づけ、同時に感情の上で理解する助けとなる乗り物の役割を果たす。

 音楽要素と詞の関係の重要性については、聖大ワシリーが力強く述べている。「聖神(聖霊)は人を善に導く難しさを知っており、私たちが快楽に傾き易いために正しいの道を逸脱しがちなことを知っていた。そこで神はどうされたか。教えに、メロディ(melowdiva)、甘い歌の喜びを加えられたのだ。そして耳に素晴らしく、調和のとれたもの共に、詞によって有益なものを目に見えない形で受け取る。こうして、聖詠による調和のとれた聖歌が私たちのために発明された[16]

 ワシリーのことばは現代の実例からも確信を持って言い切れる。第2次世界大戦の少し前、カルパト・ロシアとして知られる地域の正教とユニア[17]の村の教会では祈祷の時、聖歌は会衆全員によって歌われていた。各人が自分の前に歌の本(сборник)を持ち、経験あるカンター(дьяк)が歌い始め、聞き覚えのあるメロディが聞こえるとすぐに、男も女も子供達も唱和する、祈祷全体がこのように行われていた。子供達さえも歌のことばの多くを暗記しており、空で歌うことができた。祈祷の音楽は会衆の宗教教育に重要な役割をはたしていた。[18]

 

 奉神礼の祈祷的教訓的な面を基準として、聖歌をその内容の性質に従って6つに分類することができる。

 

○正教会の聖歌の分類

1. 厳密な意味においての歌 u{mnoiгимны [19]

 神に讃美(光栄を帰する歌)や、祈り(献げる歌)を捧げる詩的な文。

(例)聖体礼儀、聖変化の時に歌われる歌

主よ、爾を讚め揚げ、

爾を崇め歌い、

爾に感謝し、

我が神や、爾に祷る、

   

(例)晩課、神品が王門を通って至聖所に入る「聖入」の時に歌われる歌

        聖にして福たる常生なる天の父の聖なる光栄の穏なる光、イイススハリストスや、

我等日の入に至り(くれ)の光を見て

神父(かみちち)と子と聖神を歌ふ、

 

2.教理的な性質を持ち、正教会の教理の重要な点を詩の形で表す。たとえば、土曜の晩課、「主よ、何時に()ぶ」に続く句の最後に歌われる生神女ドグマティク、またはスティヒラ・ドグマティク(богородичны догматики)。ドグマティクはハリストスの藉身や神の母(生神女マリア)の処女性を表す。

(例)生神女ドグマティク第5調。

            昔紅の海にて婚姻を知らざる嫁の記されたり、

       彼處にはモイセイ水を分かつ者、

       是處にはガウリイル奇跡に務むる者なり、

       彼の時イズライリは足を濡らさずしてを歩み、

       今童貞女は種なくしてハリストスを生めり、

       海はイズライリの渡りし後、元のまま通られず、

      なき者はエンマヌイルを生みし後、元のまま玷なし、

       永遠にして最と永遠なる者、人と為りて顕れし神よ、我等を憐み給え。

 

3.歴史的事実を説明する歌。

()降誕祭のリティヤのスティヒラ[20](第5調、修士イオアンの作)

       ペルシヤの王たる博士は明らかに天の王の地に生まれしを知り、

       光れる星に導かれてヴィフレエムに至り、

       精選の礼物、黄金乳香没薬を献げて、伏して拝めり、

       洞の中に無原なる赤子の臥し給ふを見たればなり。

 

4.       モラル的な歌。神への祈りを含まず、歌う説教という方法で聞き手に直接語りかける。

(例)大斎第1週月曜日晩課の、挿句のスティヒラ(3調)

       我等主に悦ばれ受けらるる斎を守らん、

       真の斎は乃悪事を離れ、舌を慎み、怒りを釈き、

       諸欲を断ち、謗り、いつわり、誓いに背くことを除く、

       此れ真の斎にして受けらるべき者なり。

 

5.       黙想的な歌。

(例)聖大土曜日の讃揚のスティヒラ(2調)

       今日柩は手に造物を保つ者を保ち、

       石は徳にて天を覆う者を覆い、

       生命は寝ね、地獄は戦き、アダムは縛より釈かる、

       神よ、光栄は爾の慮りに帰す、

       爾は此を以て万事を成しおえて、

       我等に永遠の安息として、爾の至聖なる死よりの復活を賜えり。

 

6.       奉神礼的な動作に付随し、動きに含まれる象徴的な意味にかかわる。この形式の歌の数は少ない。多くの場合聞き手に向けて語られる。たとえば、聖体礼儀の大聖入(聖体機密に用いられるパンとぶどう酒が厳粛な行進をして奉献台から宝座に運ばれる)に歌われる「ヘルビムの歌」。黙想的要素と、奉神礼的な動作にふくまれる象徴的意味の説明の二つが混じり合っている。

(例)ヘルビムの歌

       我等奥密にしてヘルヴィムを像り、

       聖三の歌を生命を施す三者に歌いて、

       今此の世の慮りを悉く退く可し。

 

 ここにあげた二、三の例から見ても、信者の基本的な神学教育において、祈祷書のことばが重要な役割を果たしているのがわかる。特に会衆全員が歌に参加する場合には、さらに意義深い。

 聖歌を形作る最も重要な二つの要素は祈祷の式順と、礼拝中に行われる儀式とその動作である。特に聖体礼儀においては司祷者が小声で読む「黙唱祝文」に平行して多くの聖歌が歌われ、司祭が大きな声で唱える「高声」によって区切られ、両者が統合されて全体が形作られる。また聖職者が教会のまわりを行進する時に歌う歌や、司祭や輔祭が聖堂内を炉儀[21]する間に歌われるもの、祈祷が部分的に聖堂の中央や啓蒙所で行われる時のための歌もある(例:リティヤ)。だから奉神礼の動作に合わせて歌うように指示された歌や、動作と動作の合間を埋める聖歌は、それに伴う動作や祝文の長さに一致しなければならない。正教会では儀式の隙間を器楽で補填することがないので、これらが祈祷の音楽構成に影響を与える。

 正教会の祈祷体系の中で特別に教育的な特徴が見られるのは[22]晩課と早課である。(ロシア教会では両方を合わせて徹夜祷として実施するВсенощное бдение)晩課と早課には、祭日や調によって変化する聖歌の材料が大変多く、大部分が聖詠からなる固定の歌の枠組みの中にたくさんの教訓的祈願的な材料が内容豊富な聖歌の形で挿入される。週の曜日によって、また1年の(聖神降臨祭後)第何週にあたるか、また(教会の暦の中で)何月何日か、今週は何調(エコス・グラス[23])なのかによって材料が異なる。それらはその日の奉神礼的テーマの核心を表し、聞く人の心を適切な方向に導く。中心的テーマにはその日その祈祷の観念的内容が含まれる。対照的に聖体礼儀には教育的要素はあまり見られず、第1部の「啓蒙礼儀[24]」のみにある。聖体礼儀の主要部分「信者の礼儀」の構成はほとんど変化はなく、全体を通して大半が「捧げる」歌である。正教会の礼拝において音楽要素が最も多彩なのは晩課と早課の音楽構成で、様々な調(グラス)の形、その調に属する固有のタイプの旋律、様々な歌い方のスタイルによって歌われる。

 

3.歌い方のスタイル

 

 祈祷の構造とテキストを音楽的に提示する奉神礼的機能によってどのように歌うかが決定される。原則的には歌い方のスタイルは全正教会に共通で、また幾つかは西方教会にも共通しており、古い期限をもつことがわかる。歌い方のさまざまなスタイルから生じる音楽形式がその礼拝の音楽の型を決定する。個々の歌はティピコン[25]の指示に従って、祈祷の中の決まった位置で歌われる。時代や地域の違いで幾分標準からの逸脱が見られるが原則は共通である。

 

 奉神礼のことばを音楽的に実施するときのスタイルは2つのカテゴリーに分類できる。

 

(1)ソロで行う  司祷者、誦経者、カンターがひとりで。聖詠唱(誦経)、エクフォネシス(連祷、聖書の読みなど)が含まれ、定義上複数で行えないもの。(聖歌隊が歌うべきところを、やむをえずひとりで歌う場合は含まない)

(2)聖歌隊が歌う  複数(数は不定)の歌い手が歌う。ユニゾン(単声)でもポリフォニー(多声)でも。

 上記の(1)に含まれるエクフォネシスと聖詠(詩編)唱はさらに次の3つに分けられる。

@ 短い祈りあるいは祈願の高声、通常は1つかごく僅かの短いフレーズかセンテンスからなる。連祷の祈願、連祷の終わりの司祭による高声。

A 聖詠唱とエクフォネシスの境界的なチャント的な誦読。

B 聖書の読みなどの厳粛な読み。(西方教会ではlectio solemnisと呼ばれる)

 

 前述の(2)に含まれる「聖歌隊が歌う」ものは5つに区分され、その都度ティピコンに指示される。

@ アンティフォン形式

 本来はイコノスタス[26]の左右に配置された2つの聖歌隊が歌う。左右の聖歌隊は交互に歌う。まず右聖歌隊が歌や句の全体を歌い、次に左聖歌隊が次の歌を歌う。両方が合同で歌うときもある。もともとスティヒラや聖詠など、句が次々と連なる歌の場合に用いられた。また、大詠頌のような長い歌をいくつかに区切って左右交互に歌うこともある。[27]

 

A エピフォン、ヒポフォン形式(冠詞・附唱形式)

 元来は聖詠の各句に変化しない歌を序のように添える手順を言う。エピフォンは句に先立つリフレイン、逆にヒポフォンは句のあとに付くリフレインである。このスタイルにはふたつのバリエーションがある。

(a) 誦経者が一人で聖詠の句を読み、句ごとに聖歌隊が同じリフレインを繰り返す。右または左のどちらかの聖歌隊が歌う場合もあるし、両聖歌隊が交互に同じリフレインを歌うこともある。

(b) 句とリフレインの両方を聖歌隊が音楽づけして歌う。ひとつの聖歌隊が歌う場合もあり、両聖歌隊が交互に歌うこともある。

 

B 応答形式

2つのバリエーションがある。

(a) 司祷者の祈願、高声のあとに聖歌隊が与えられたテキストを繰り返して歌って答える。この時聖歌隊は左右一方、あるいは両方、あるいは全会衆が歌う。例は連祷などの様々な応答の歌、司祷者が唱える祈願ごとに「主憐めよ」あるいは「主賜えよ」などの応答が続く。

 

(b) 誦経者がある聖詠の句を読み、聖歌隊は第1句を繰り返し歌って答える。両聖歌隊が交互に応答する。最後に誦経者は冒頭の第1句の前半を唱え、後半を聖歌隊が答える。例はポロキメン。

 

C カノナルク形式

 ロシアの修道院で広く行われたスタイルで修道院聖歌の特徴になっている。前述の応答形式と類似点が多く混同されがちだが本質的に全く異なる。これは「プロンプター(舞台で役者にこっそり台詞を教える人)について歌う」と説明するのが適当で、カノナルクの役目は劇場のプロンプターの役割に類似する[28]。カノナルクが歌の詞をフレーズごとに同じ音高で一本調子に唱え、聖歌隊はフレーズごとにずっと音楽的な曲付けで繰り返す。この方法をとれば大勢の歌い手が祈祷書を持たずに歌うことができる。カノナルクだけが本を見て、残りの歌い手に台詞(歌詞のテキスト)を伝える。このスタイルはもともとスティヒラのように次々と歌詞が変化する歌に用いられた。

 僅かの例外を除いてこの方式は大聖堂や教区教会では用いられなかった。そこでは熟練した聖歌隊が全体を歌う。しかし会衆唱が実践されればカノナルク形式は実用性がある。

 

(5) 聖歌隊が全部歌うスタイル

 聖歌隊が最初から最後まで途切れずに歌う。聖体礼儀の「ヘルビムの歌」、「信者の礼儀」以降の大半、晩課早課の常に変わらない歌(「聖にして福たる」)や大祭のある種の歌。また儀式的な動作に伴って歌われる聖歌もこの形式をとる。例としては、晩課で聖職者が王門を通って至聖所に入る時間に歌われる「生神女ドグマティク」、聖体礼儀の初めに聖堂中央で主教が祭服を着る時に歌われる歌などがある。

 

 どの様式か、どのスタイルをとるかなどはキリスト教のごく初期から今日まで諸祈祷書に厳密に規定されている。幾世紀を経るうちにごく古いティピコンに記載された規則の中には奉神礼音楽の伝統の変化とともに形を変えたものもある。あるスタイルは奉神礼の中での位置が変わり別のタイプやサイクルの聖歌に取って代わられた。奉神礼の刷新や何百年の間に進化してもともとの特徴を失った歌もある。たとえば「歌課(choral office)ajsmatikhv ajkolouqiva / песеннще пгследование[29]」がなくなったことや、コンスタンティノープルのストゥディオス修道院のティピコン[30]が徐々にエルサレム・ティピコンに取って代わられたケースがある。エルサレム・ティピコンは今日に至るまでロシアの修道院、大聖堂、教区教会で用いられている。新しい歌やスタイルは古いものに取って代わっっていった。祈祷のなかで聖歌を組み合わせる新しい方法が発展したり、祈祷の音楽組織そのものの変化と同じく詞やメロディ、調の形式が変わったりした。しかし奉神礼における音楽的実施のかげにある原則は変わっていない。

 

4.聖歌の様式

 

 話を進めるまえに各種聖歌の名称の解説が必要である。奉神礼学やビザンティン奉神礼文学などの範疇に入るかもしれないが、ここで聖歌の様々なタイプと基本的な形を特定し定義づけるのは役に立つだろう[31]。聖歌の名称は、その礼拝の枠組み上で占める位置または祈祷の全体的な音楽様式に由来する。祈祷におけるテキストと音楽の構成によって、個々の歌を関連づけるテンションカーブ(音楽的高揚曲線)が生まれる。

 

 聖歌の名称は次の点に由来する。

  1. 祈祷文のテキストそのものの詩形、音楽的形式

  2. ある祈祷の固定枠の中でその聖歌が占める位置

  3. その聖歌の実施の様式

  4. その歌を歌うときの歌い手(会衆)の位置。

 

聖歌のタイプや名称そのものに明確な境いはなく、同じ歌が歌われる位置によって二様に定義づけられることもある。たとえば同じ歌が、あるところではトロパリ、別のところではセダレン、またはアンティフォンと呼ばれる。名前が変わることで音楽的な形が変わることもあれば、変わらないこともある。正教会の聖歌の名称は大部分がギリシア語起源である。以下、日本で使われている名称、原語のギリシア語、教会スラブ語の単数と複数を表す。

 

1.スティヒラ (讃頌) tov sticerovn, tav stichrav  стихира, стихиры

         

 スティヒラはさまざまな内容や長さをもつ詩句の集まりで、1つのスティヒラは通常8行から12行からなり、対応する旋律行の数に合わせて作られる。複数のスティヒラは、聖詠(詩篇)の句の間に1つずつ挿入されて、聖詠の句とスティヒラが交互に歌われる。普通は、聖詠(詩篇)の1句(verse/stanza)が先行し、スティヒラ1節が続く。稀に句がスティヒラのあとにつくことがある[32]。2つの聖歌隊で交互に歌う場合は、一方の聖歌隊は専ら聖詠の句を歌い、もう一方がスティヒラを歌う。(しばしばカノナルクcanonarchが先導する)ティピコンによってあるスティヒラを繰り返すように指示されている場合は、反対側の聖歌隊が同じスティヒラを繰り返す。カノナルクがいる場合は先行する句は応答的に歌う。カノナルクが句の前半を歌い後半を聖歌隊が歌う。教会スラブ語ではスティヒラに先立つ句をザピエフ(запиев,запиевы )という。次のスティヒラの調(グラス)が変化する場合、カノナルクはザピエフの前に「○○調の調べ〜」と調の変化を知らせ、新しい調で歌い出す。

 

スティヒラは以下のように分類される。

       

(1)「主や、爾に()ぶ」のスティヒラ

   stichra; eij" to; Kuvrie ejkevraxa_ стихиры на господи воззвахъ

 晩課の聖詠、第140141129116聖詠[33](詩篇141142130117)の中に織り込まれる。主日や大祭日の場合で、ティピコンに「主や、爾に()ぶ」に10スティヒラ(10句立てて)と指示されていれば、第141聖詠の第8句のあとからスティヒラを1節ずつ挿入し始める。8スティヒラとあれば第129聖詠の第1句のあとから、6スティヒラなら第129聖詠の第3句のあとから始める[34]。小晩課は現在二、三の修道院でしか行われていないが、この場合は4スティヒラのみで、この場合は第116聖詠の第5句のあとから始める。[35]

 

(2)スティヒラ・アポスティカ:挿句のスティヒラ

   stichra; ajpo; stivcou"_ стихиры на стиховнехъ

 このスティヒラ群は晩課の後半、聖入のあとに歌われる。通常は4スティヒラのみ。「主や、爾に()ぶ」のスティヒラと挿句のスティヒラの相違は、前者は聖詠の句が先行し、後者はスティヒラのあとに聖詠の句が続く。さらに「主や、爾に()ぶ」のスティヒラに付随して読まれる句は常に同じだが、挿句のスティヒラに接続する句は週の曜日や祭日に応じて変わる。平日の早課にも挿句のスティヒラがあり、第89聖詠の第15句から17句の間に挿入される。

 

(3)讚揚のスティヒラ:讚揚歌

   stichra; eij" tou;" Ai[nou"_ стихиры на хвалителхъ [36]

 このスティヒラ群は日曜と祭日の早課にのみで歌われ、第148149150聖詠のセットの中に挿入される。6スティヒラとあれば第149聖詠の9句めから、4スティヒラと指定されれば第150聖詠の第2句から始める。

                                                                             

(4)リティヤのスティヒラ

   stichra; eij" thvn lithvn_ стихиры на лититии

 このスティヒラ群は聖詠の句を伴わず、祭日の晩課に行われるリティヤ[37]の前に歌われる。リティヤのスティヒラが歌われるとき聖職者は啓蒙所に出てくる。修道院によっては教会の回りを行進することもある。

 

(5)真福詞のスティヒラ

   makarismoiv_ стихиры блаженны

 

 主日聖体礼儀の時のみに歌われる特別のスティヒラ群[38]。福音書の山上の垂訓(マタイ5:2-12)の句の間に挿入され、通常、第3アンティフォンを構成する。8調(グラス)それぞれに9連のスティヒラがある。

 

 ここに述べたすべてのスティヒラ群において、最後のスティヒラには「光栄は父と子と聖神に帰す、今も何時も世世に、アミン」(lesser doxology; Dovxa kai; nu'n; слава и ныне)が先行する。時には半分に分割されて「光栄は」に最後から2番目のスティヒラが続き、「今も」の後に最後のスティヒラ(通常生神女に関するもの)が続く。祈祷書には「光栄は」「今も」という省略形で記載される。この場合は「光栄は」は最後から2番目のスティヒラの前、「今も」は最後のスティヒラの前に書かれる。

 

(6)このほかに独立して存在するスティヒラ、または他の聖詠の周期に含まれず特定の聖詠に続く単独のスティヒラがある。例えば祭日の早課で、第50聖詠の後に続くスティヒラがある。この範疇に含まれるスティヒラは詞の内容から名前がついており、特別の場合に設定されている。生神女ドグマティク(qeotokivon dogmatikovn;богородитенъ догматикъ)、復活スティヒラ(復活を讃美するスティヒラajhastavsiomon;воскресенъ)、生神女讃詞[39](生神女を讃美するスティヒラ qeotokivon; богородитенъ)、十字架生神女讃詞(十字架の下にある生神女を讃美するスティヒラ(stauroqeotokivon; крестобогородитенъ)、十字架復活讃詞(十字架と復活を記憶するスティヒラstauroajhastavsiomon; крестовоскресенъ)、致命者讃詞[40](一人あるいは複数の致命者を記憶するスティヒラmarturikovn; мучениченъ)、至聖三者讃詞(至聖三者を讃美するスティヒラtriadikovn; троичен)、致命者讃詞(永眠者を讃美するスティヒラ、nekrwvsima; мертвеннаまたは покойна)などがある。

 

(7)最後にもうひとつ重要な11連のスティヒラ群がある。早課の福音スティヒラ(stichra; eJwqinav; стихтры евангельския)で、主日早課の11の復活福音の読みの内容と対応する。このスティヒラは福音の読みとともに、年間通して繰り返される11週の周期を形作る。11個の福音スティヒラは8調のどれかで歌われる。第1の福音スティヒラから第8のスティヒラ[41]には1から8調が順次あてはめられ、9、1011番目のスティヒラにはそれぞれ5、6、8調があてられる。通常の主日早課では、このスティヒラは讚揚のスティヒラの一部として「光栄は」のあとに歌われる。奉神礼のチャント本[42]を見ると、このスティヒラには特に豊かな華やかなメロディがつけられている。

 

 総じてスティヒラは聖歌学から見ても奉神礼学の見地からもたいへん重要で、その日のメインテーマ、新約聖書の中のできごとや聖人伝などを伝え、参祷者の心をある特定の方向に向かわせる。ときおりメリスマ的な動きがあるが大部分はシラビック[43]あるいはネウマティクな性格を持つ比較的シンプルなメロディで歌われ、音楽とテキストが強く結びついている。ある種のスティヒラ群では、最後のスティヒラはドクサスティコン(doxastikovn; славникъ)と呼ばれる。「光栄は」(Dovxa kai; nu'n; слава и ныне)の後に歌われるからで、小中祭日や平日よりも大祭にはより華やかなメロディで歌われる[44]

 

2.トロパリ;讃詞

to; tropavrion; тропари

 

 トロパリは単節(stanza)からなる短い歌で、その日その祈祷の中心的な奉神礼的テーマを要約する[45]

 

(例)主の降誕のトロパリ(4調)

ハリストス我が神よ、爾の降誕は世界に智恵の光を照らせり、

此れに由りて星に勤むる者は星に教えられて、

爾義の日を拝み、爾上よりの東を覚れり、

主よ、光栄は爾に帰す。

 

(例)復活祭のトロパリ

ハリストス死より復活し、死を以て死を滅ぼし、

墓に在る者に生命を賜えり。

 

 トロパリは毎日の色々な祈祷(課)[46]で繰り返し歌われ、誦読される。同じ課の中でもしばしば繰り返される。晩課では終了前の発放の直前、早課では冒頭と後半の大詠頌後に歌われる。聖体礼儀では小聖入の後に歌われ、主の大祭では聖詠の句の間に挿入されて祭日の第3アンティフォン[47]を作る。聖詠の各句に続いて、異なる節が次々と連なるスティヒラとは違って、第3アンティフォンでは聖詠の各句に続いて同じトロパリを繰り返す。

 逆に、トロパリごとに同じ聖詠の句が繰り返されることもある。たとえば、主日早課と死者のための早課で、118聖詠(第17カフィズマ・ネポロチニ)の読みに続いて五つ組のトロパリが歌われ、第118聖詠の第12句「主よ、爾は崇め讚めらる、爾の律を我に訓え給え」が冠される[48]

 

 まれに、祈祷書にトロパリと表示された複数のトロパリが、前述のスティヒラ(4.リティヤのスティヒラ)と同様聖詠の句をはさまずに次々歌われることがある。例としては、神現祭の「水の祝福」へ向かう行進の歌、小聖水式の歌がある。この場合、トロパリとスティヒラの区別は曖昧で、こういう場合トロパリはスティヒラ的な性格を持つ。(このほか例外的なトロパリ群はカノンの歌頌の中に見られるが、これについては後述する)

 あるときにトロパリと記されたのと同じ歌が、前後関係や祈祷における位置によって別の名前で示されることがある。たとえばフォマの主日のトロパリ[49]「ハリストス主よ、墓は封ぜられて……(7調)」は主日早課の第2カフィズマ後にはセダレン7調と記載され[50]、他の箇所ではトロパリと記される。前者は実施方法の形式によって名前がつけられ、トロパリと呼ばれ、後者は祈祷の構成上の位置とその時の会衆の姿勢から名付けられ、セダレンすなわち「座る」と呼ばれる[51]。セダレンは祈祷の中で占める特定の位置、聖詠のカフィズマの後とカノンの第3歌頌のあとで歌われるトロパリと定義づけられる。

 

 トロパリの内容から見ると、生神女讃詞、十字架生神女讃詞、致命者讃詞などがあり、ドグマティクを除けばスティヒラ (6)の種類と同じ性格を持つ。

 晩課の終わりに歌われるその日のトロパリは発放讃詞(dismissal troparion; ajpolutivkion; отпустителенъ)または退出のトロパリと呼ばれる。いくつかの出来事や聖人の記憶が同じ日に重なった場合は、複数のトロパリを同じ祈祷の中で組み合わせることができる。 

  トロパリの音楽付けはだいたいシラビックである。[52]

 

3.カノン(規程)

oJ kanowvn; канонъ    

 

 カノンは9つの歌頌(オード、wjdh; песнь:複 wjdaiv; песни)から構成される長大な詩で、それぞれ9つの聖書の歌をベースにする。

       1.モイセイ(モーゼ)の歌:  エギペトを出ずるの記(出エジプト)15:19

        2.モイセイの歌:       申命記 32:143

        3.アンナ(ハンナ)の祈り: 列王記I[サミュエルI] 2:110

        4・アワクムの祈り:     アワクムの預言書(ハバクク)3:119

        5.イサイヤの祈り:     イサイヤの預言書(イザヤ)26:920

        6.イオナの祈り:      イオナの預言書(ヨナ)2:310

        7.三人の少者の祈り:    ダニイルの預言書(ダニエル)3:3656

        8.三人の少者の祈り:    ダニイルの預言書(ダニエル)3:5788benedicite

        9.生神女の歌:       ルカ 1:4655 magnificat

         ザハリア(ザカリア)の祈り:ルカ1:6879 benedictus

 

 カノンの各歌頌の第1節(stanza)はイルモス(eiJrmov"; ирмосъ または связка)と呼ばれる。イルモスは字義としては2つ、3つのものを『結ぶこと』を表す。ギリシア語原典ではイルモスと後続のトロパリ群とはシラブル(音節)数、メロディが韻律的にイルモスに一致しており、イルモスとトロパリは結ばれている。内容的には旧約の歌頌のテーマとその日のトロパリ(讃詞)に現れる新約のテーマが結ばれる。ギリシア語の五旬祭のカノンを例にあげてイルモスとそのトロパリの韻律的な関係を示す。

(例)五旬祭のカノン7調[53]

イルモス

 1.Povctw/                                             2音節

 2.!Ekavluye faraw; sy;n a{rmasin                         11音節

 3. JO sunivbwn polevmou"                                7音節

4. jEn uJehlw'/ Bracivoni                                  7(8)音節

 5. [Aswmen aujtw'/                                      5音節

 6.  {Oti dedovxastai.                                    6音節

 

第1トロパリ

 1. [Ergw/                                             2音節

 2. JW" pavtai toi~" Maqhtai~" ejpuggeivlw                  11音節

 3. To; Paravkluton Pneu~ma                             7音節

 4. jExaposteivla" Criste;                               7音節

 5. jElamya" to; fo"                                    5音節

 6. Kovsmw/ filavnqrwpe                                  6音節

 

第2トロパリ

 1.Novmw/                                              2音節

2.Tov pavlai prokupucqe;n kai; profhvtai"                  11音節

 3. jEplhrwvqh: tou' qeivou                                 音節

4. Pneuvmato" shvmeron                                 音節

 5. Pa'si gavr pistoi'"                                 5音節

 6. Cavri" ejkkevcutai                                    6音節

 

 この例からわかるように、歌頌のトロパリ各行の音節数はそれぞれ2、11、7、7(8)、7(6)、5、6音節で、ほぼ正確にイルモスと一致し、主なアクセントのパターンも一致する。そのため、イルモスのメロディそのままでトロパリを歌うことができる。しかしながらスラブ語や他の言語に翻訳すると、音節数や、特にアクセントのパターンは必然的にくずれイルモスとトロパリの間の一致は失われる。以下に例をしめす[54]

 

同じイルモス(スラブ語)

  1.Понтомъ                                          2音節

 2.Покры фараона съ колесницами                      11音節

 3.Сокрущаяй брани                                 6音節

 4.Мышйею высокою                                音節

 5.Поимъ ему                                       11音節

 6.Яко прославися                                   6音節

 

第1トロパリ

 1.Деломъ                                          2音節

  2.Якоже древли учуникомъ обущал еси                 14音節

3.Утешителя духа                                     7音節

 4.Пославый Христе                                    5(6)音節

 5.Возсиялъ еси миру                                 7音節

 6.Светъ человуколюбте                               7音節

 

第2トロパリ

 1.Законоьъ                                          3音節

 2.Древле проповеданное и пророки                     12音節

 3.Исполгися: божественнаго бо                        10音節

 4.Духа днесь                                        音節

 5.Всемъ вернымъ                                    3音節

 6.Благодать излияся                                 7音節

 

 ギリシア語と教会スラブ語訳の間のみならず、スラブ語のイルモスとそれに続くトロパリ間にも音節数とアクセントパターンの不一致が見られる。

 

 カノンの第2歌頌は、元になった旧約歌頌の申命記の厳格で陰鬱な性格のために、今日ではおおむね省略される。言い換えれば現在カノンは合計8つの歌頌のみで構成され、大斎の最後から2番目の土曜日と復活祭後第7番目の土曜日(五旬祭の前の土曜日)だけに例外的に第2歌頌が行われる。この両日は死者を記憶する。またクリトの聖アンドレイの痛悔の大カノンにも第2歌頌がある[55]

 8ないし9歌頌を含む完全なカノン(第2歌頌を含まなくても)に加えて、部分的カノンがあり、降誕祭と神現祭の前と大斎の祈祷に行われる。ディオディオン(diwvdion; двупеснейъ)は第8歌頌と第9歌頌の2歌頌のみ、トリオディオン(triwvdion; трипеснейъ )は3つの歌頌で構成されるが、この場合も第8歌頌と第9歌頌は常に含まれ、週の各曜日によってもう一つの歌頌が加わる。つまり第1歌頌は月曜日、第2歌頌は火曜日、第3歌頌は水曜日、第4歌頌は木曜日、第5歌頌は金曜日に行われる。第6、第7歌頌は土曜日に行われ、第8歌頌第9歌頌と共にテトラオディオン(tetrawvdion; четвезщпеснейъ)となる。部分カノンは、全歌頌を含むその日の聖人などのカノンに組み合わせて実施される。完全な形のカノンでも部分カノンでも様々な調のカノンが組み合わされある調から他の調へと常に変化が起こり音楽的に多様となる。

 カノンは早課の中心的な位置を占めるが、途中小連祷と短い詩(セダレン、イパコイ、コンダクとイコス)が挿入され、3部分に区切られる。第1グループは第1、(第2)、第3歌頌、第2グループは第4、第5、第6、第3グループは第7、第8、第9である。第9歌頌の前には生神女の歌:「我が霊は主を崇め....(ルカ1:46-55)」(マニフィカト)に附唱(リフレイン)「ヘルビムより尊く、セラフィムに並びなく栄え....」がついて歌われる。

 記憶される祭の大きさによるが、カノンの各歌頌と歌頌群は最後に歌われた歌頌のイルモスで終結する。しかし、通常このイルモスはその日のカノン群に含まれるもの以外のカノンから取られる。可能ならば最後のイルモスは左右両聖歌隊が聖堂中央に集まって歌う。(そのためカタワシャ共頌歌と呼ばれる9.カタワシャ参照)[56]

 その日に記憶される祭や聖人に従って、一つの早課の祈祷に複数のカノンを組み合わせることができる。たとえば、ある日曜日に、その週の調(エコス・グラス)の復活のカノンと、1つか2つの聖人のカノンと生神女へのカノンとを組み合わせる。この時、各カノンの第1歌頌を順に歌い、続けて次の歌頌を行う。大斎の平日にカノンを組み合わせる規則は特に複雑である。

 現存する古い奉神礼の祈祷書史料によると、もともと歌頌のイルモスやトロパリは対応する旧約歌頌の句と交互に歌われていた。今でも大斎時に時折実施される[57]。しかし現在一般的には旧約歌頌は全く省かれ、代わりに各トロパリにリフレイン(エピフォン:冠詞)が先行して実施される。冠詞は記憶される祭や聖人に従って異なり、「我等の神や光栄は爾に帰す、光栄は爾に帰す」「克肖なる神父聖ニコライよ、我等の為に神に祷り給え」などとなる。最後から2番目のトロパリには「光栄は父と子と聖神に帰す」が先行し、最後のトロパリには「今も何時も世々に、アミン」が先行する。また、今日では各歌頌のイルモスのみが歌われ、他のトロパリはレクト・トノで誦される。復活大祭のみイルモスとトロパリの両方を含む全カノンが歌われる[58]

 

  イルモスはすべて奉神礼用の聖歌本「連接歌集(希イルモロギオン、露イルモロギ)」(Eivrmolo;guion; Ирмологий)に収録されている。ギリシア語イルモロギオンと同時代のロシアの写本とでは編集方法が若干異なる。12〜3世紀のギリシアのイルモロギオンでは、一つのカノンの全歌頌が1から9まで順に従って次々と並んでいる。ところがロシアのイルモロギは八調に従って分類され、調ごとに色々なカノンのイルモスが歌頌ごとにまとめられている。つまり、まず1調の第1歌頌の全部のイルモスを記載し、続いて第2歌頌のイルモス・・・、次に2調の第1歌頌から・・・という具合である[59]

 ギリシア教会とロシア教会のイルモロギの収録順の相違がなぜ起こったかの解明にはさらに徹底した調査が必要である。この疑問を解くことで11〜2世紀の古いロシアの聖歌はビザンティン聖歌をそのままロシアの土地に植えかえたものなのか、ロシアの聖歌は最も古い時代から独自の特徴を表していたのかが明らかになるだろう。イルモスのメロディはシラビックである。

 

4.コンダク(小讚詞)とイコス(同讚詞)     

to; kontavkion; кондакъ / oi'ko"; икосъ

 

 もともと、コンダクはその日の出来事や聖人のテーマを細緻に展開した長い詩であった。カノンと異なりコンダクは旧約のテーマをベースにしない。コンダクは韻律的に同じ形式をもつ24節(イコス)もの詩が連なり、各節の最後の部分は同じことばのリフレインで終結した。第1節はプロエミオン(prooivmion)あるいはククリオン(koukouvlion)と呼ばれ、韻律構造は異なるがイコスと同じリフレインで終結する。第1節ククリオンで詩全体のメインテーマを短く要約し、続くイコスでテーマを展開してゆく。しばしば会話体をとった[60]。しかし時代を経るに従って、コンダクはククリオンと第1イコスのみを残して省略され、現在では「コンダク」の名称はククリオンに対して用いられ、第1イコスにイコスの名称が残されている[61]

 最古のロシア聖歌写本にも縮小されたコンダクしか含まれない。例えば、13世紀の手書き写本であるヒランダル写本のスティヘラリオンには、聖大金曜日の早課のために、コンダク(コンダク全体から見るとククリオンのみ)と第1イコスのみが記載されている。

 今日の奉神礼の祈祷書において複数のイコスを残すコンダクはごく僅かである。例えば、大斎直前の主日のコンダクはアダムの楽園追放をメインテーマとしており、ここにはククリオンに加えて4イコスが残っている。祈祷書では4つがひとつのイコスとして記載されている。ククリオンと24イコスを含む完全なコンダクは司祭埋葬式に残る。幼児の埋葬式では4イコスのみである。

 完全なコンダクがククリオンと第1イコスのみに縮小されたのは、カノンの重要さが増したためと思われる。9〜10世紀にはコンダクはカノンに取って代わられ、第6歌頌のあとに小さな姿を残すだけとなった。

 古い時代にはソロの歌い手がアムボ[62]に立って荘重にコンダクを歌った[63]。ロシアの古写本から判断すると、コンダクのメロディはたいへんメリスマ的で、歌い手の高度な技術が要求された。同じ理由から、コンダクがユニゾンであったとしても複数人数で歌われたとは考えられない。コンダクの歌い手は、コンダクを歌うために特別の服を身につけ、歌の報酬としてお金を受け取ったと記されている[64]。別の史料には、聖大金曜日のコンダクの最後の詞(リフレイン)を会衆が歌っていたとはっきり記載されているが、この場合ソロの歌い手が祈祷書の大半を歌い、会衆は各節の最後のリフレインのみを一緒に歌った。[65]

 様々なコンダク(ククリオン)はコンダカリ(kontakavria; кондакари)と呼ばれる特別の本に納められた。ロシア起源のコンダカリは5種類しか現存していない。これら古代コンダカリはスティヒラやイルモスのとは全く異なる特別な音楽記号で記載されており(第3章参照)、そこからコンダクがスティヒラやイルモスとは全く異なる方法で歌われたことが証拠づけられる。特殊なコンダカリ記号はまだ完全に解読されていないが、用いられたメロディは高度に複雑でメリスマ的、多様でダイナミック、技術的に高度な声楽的効果をもちいて演じられたことを示している。この記号は古代ロシアのコンダカリでのみ見られることから、ラズモフスキーは、コンダカリ記号(кондакарное знаия)、歌をコンダカリ聖歌(кондакарное пиение)と名付けた[66]。しかしながら13世紀の終わりにはコンダカリ聖歌は次第にその特徴を失い記号も使われなくなり忘れ去られた。

 

◇アカフィストの歌

   (oJ jAkavqisto" u{mno"; акафисть, неседальное пение[67]

  アカフィストの歌は完全なコンダクの形を残している。ククリオンと24節の短い節の間に24の長い節が挿入されている。現代の用語法では短い節をコンダクと呼び、常にアリルイヤのリフレインで終結する。長い節はククリオンと同じことばで終わりイコスと呼ばれる。アカフィストという名称は文学的音楽的な詩や歌の形の由来ではなく、この時会衆が立つことから名付けられた。アカフィスト、ギリシア語のajkavqisto"、ロシア語のнеседальноеは字義的には「座らない」の意味で、これを歌うとき会衆は立っていなければならない。アカフィストはセダレンの反対語といえる。

 ここでとりあげるのは「生神女に捧げるアカフィスト」で、アカフィストの中で最も古く(7世紀)正統的である[68]。ティピコンによると大斎の第5週の土曜日の早課に行われ、4部に分割される。各部はククリオンで始まり、3つのコンダクと3つのイコスがあり、ククリオンで終結する。各部は順に、(1)聖詠第1カフィズマのあと、(2)第2カフィズマのあと[69](3)カノンの第1グループのあと(第3歌頌のあと)、(4)カノンの第6歌頌のあとに行われる。

  (1)(2)(3)はセダレンが行われる位置、(4)は現代的な短い形のコンダクが通常行われる場所である。現在では司祭が各節の詞を唱え、聖歌隊あるいはしばしば全会衆が参加してリフレインを歌う。

 

5.イパコイ 応答歌  

  uJpakohv; ипакои 

トロパリと同じ性格の詩形。復活祭、降誕祭、神現祭の早課にセダレンの位置、即ちカノンの第3歌頌のあとに歌われる。イパコイという名称は歌い方のスタイルに由来しており、uJpakouvein「聴く」「答える」「従う」の意味がある[70]。最古のロシアの写本では、イパコイはコンダカリ表示で記されており、高度なメリスマ的性格のメロディを持っていた[71]。もともとイパコイはカンターまたはソロの歌い手に続いて全会衆が歌うカノナルク形式で歌われていたと考えられる。しかし今日ではイパコイは誦経者が簡素に読み、もともとの奉神礼上の音楽特性を失ってしまった。

 

6.アンティフォン 唱和詞

  to; ajntivfwnon; антифонъ

 

 アンティフォン形式の歌い方については前述したが、一般的にアンティフォンは2つの聖歌隊が交互に歌う歌ということになる。アンティフォンの名称は特に以下3つに用いられる。

 

(1)        啓蒙者の礼儀で句が交互に歌われる聖詠、(2)土曜日の晩課の第1カフィズマの最初の3つの「光栄は」[72]、(3)早課、福音の読みの前に歌われる3つのトロパリに似た節、各節が右聖歌隊によって歌われ左聖歌隊が繰り返す。各調ごとにアンティフォンが3節ずつある。8調は例外で4つの節で形成されている。これらのアンティフォンはステペンナ(品第詞)(ajnabaqmoiv; степенны)とも呼ばれる。内容的に第119聖詠から第132聖詠に基づいており、「登上の歌」と副題がついていることによる。主日以外に早課で福音が読まれる場合には、常に4調の第1アンティフォン「我が幼き時より....」が歌われる。以下はステペンナ・アンティフォンの正しい実施形を4調の第1アンティフォンを例に挙げて示す。

 

 1.右聖歌隊:  我が幼き時より

                多くの欲は我を攻む

                救世主や爾親ら

                我を守り防ぎて救い給え

  左聖歌隊: 繰り返す

 

 2.右聖歌隊:  シオンを憎む者や

                主より辱を受けよ

                草の火に焼かるるが如く

                爾も尽くされん

  左聖歌隊: 繰り返す

 

 3.右聖歌隊:  光栄は父と子と聖 に帰す

                凡その霊は聖神にて生かされ、

                清きを以ていよいよ昇り、        

                聖三者の一体にて奥密に照らさる

  左聖歌隊: 今も何時も世世に、「アミン」

        繰り返す

 

 各調のステペンナ・アンティフォンには独特な固有のメロディがある。

 

 (4)として、聖大金曜日の早課に歌われる長さの様々な15のアンティフォンがある。これらは第5福音までの間に、3つずつまとめて歌われる。反対の聖歌隊が各節を繰り返す[73]

 

7.ポロキメン 提 綱             

  to; prokeivmenon; прокименъ

 

 もともとは聖詠のもっと大きな部分で、聖詠全体が歌われることもあった。今日では聖書の読みの直前に聖詠からとられた1句または2句から構成される。ポロキメンの実行の方法はアンティフォン形式と応答形式の混合である。誦経者はまずポロキメンの調を告げ第1句を唱える。右聖歌隊はこの句を繰り返す。誦経者が次の句を唱え、聖歌隊は(左右聖歌隊があれば左)第1句で答える。最後に誦経者は最初の句の前半を唱え、後半を聖歌隊が答える。ポロキメンを行うとき、誦経者は必ず聖堂の中央に立つ。聖歌隊は定位置に立つ。

 ポロキメンには2つのタイプがある。(1) 通常のポロキメン。2句からなり、上記の方法で誦経者が唱え、聖歌隊が答える。(2)大ポロキメン。4つの付加的な句からなり、それぞれに第1句を歌って答える。大ポロキメンの終わりは通常の場合と同じで、第1句を誦経者と聖歌隊で分ける。大ポロキメンは土曜日の晩課(「主は王たり」)、主宰の大祭日に続く晩課、大斎の主日晩課に行われる。

 聖体礼儀のポロキメンは祭の出来事のメインテーマに関連する。例えば五旬祭のポロキメンは第18聖詠の第5句前半からとられている。(8調)

 (第1句)其の声は全地に伝わり、其の言は地の極に至る。

 (第2句)諸天は神の光栄を伝え、穹蒼は其の手の作為を告ぐ。

 聖体礼儀のポロキメンの他に、晩課のポロキメン(毎日のポロキメン)は週の曜日ごとに定められている。このポロキメンは週による調(グラス)の変化とは関係なく、曜日によって定まった特定の調とメロディを持つ。早課のポロキメンは福音の読みがある時に限られ、ポロキメンの調は祭によって変わる。

 ポロキメンのメロディは、規則としては、短いシラビック・ネウマ的な性格を持つ

 

8.アリルイヤ   jAllhlouvia; аллилуиарии

 

 聖体礼儀のアリルイヤは福音の読みに先行し福音のポロキメンとしての役割をもつ。「アリルイヤ」が数回(通常3回)繰り返され、誦経者の唱える聖詠の句が1つか2つ挿入される[74]。句は祝いの出来事に関連する。アリルイヤの実行の方法はポロキメンと全く同じである。以下に主の昇天祭のアリルイヤを示す。

 誦経者:  調を告げる。

 聖歌隊 : アリルイヤ、アリルイヤ、アリルイヤ、指定された調で。

 誦経者:  神は呼ぶ声に伴われて升り、主はラッパの声に伴われて升れり。(第46聖詠第6句)

 聖歌隊 : アリルイヤ、アリルイヤ、アリルイヤ

 誦経者:  萬民よ、手を打ち歓の声を以て神に呼べ(第46聖詠第2句)

 聖歌隊 : アリルイヤ、アリルイヤ、アリルイヤ

 

 ポロキメンと同様、アリルイヤは全会衆も一緒に歌うことができる。

 

9.カタワシャ 共頌歌 

  katabasovakatabaivnwは降りるの意)катавасиа

 

 厳密に言えば左右の聖歌隊が聖堂中央に集まることを指す。13世紀にはソロの歌い手、両聖歌隊が定位置のソレヤ[75]から降りて聖堂の中央に集まって歌う歌を示すようになった。例えば1207年のモスクワ(ウスペンスキー)コンダカリでは、「星を以て博士を召して」の歌をカタワシャとして分類している[76]。(現在の用語法では、この歌は降誕祭のカノン第3歌頌に続くイパコイ)他に「爾が己の顕現にて万有を照らしし時....[77](神現祭のカノン第3歌頌後のイパコイ)「マリアと共に在りし女ども」[78](復活祭のイパコイ)などがある。現在では「カタワシャ」という言葉はカノンの歌頌あるいは歌頌グループを締めくくるイルモスに対して用いられている。

 

10.エクサポスティラリー 差遣詞、フォタゴギコン 光耀歌

ejxaposteilavrion, fwtagwgikovn_ зксапостиларии, светилен

                                    

 早課の讚揚の聖詠(第148から150聖詠)とそのスティヒラに先だって歌われる。トロパリに似た節。語源はギリシア語のejxaposteillwで、「送り出す」の意。聖歌隊から一人の歌い手をアムボに派遣したことを表す。エクサポスティラリーの名称を、福音を述べ伝えるために使徒を送りだしたことについての「復活の11のエクサポスティラリー」の内容に由来するという別の解釈もあるが、これは11の復活福音と福音スティヒラの内容に連結された11のエクサポスティラリーのみにあてはまる。他の祭のエクサポスティラリーはその祭の出来事をメインテーマに据えている。

 光耀歌フォタゴキコンはギリシア語のfw'/"「光」に由来し、内容が光、光照について述べている場合があることから説明がつけられる。

<例>神現祭の光耀歌                 

  恩寵及び真実たる救世主は、イオルダンの流れに現れて、

 幽暗と蔭とに寝ぬる者を照らせり、

 蓋近づき難き光は来たりて現れ給えり。

 

しかしながら光についての記述のない光耀歌もある。

<例>生神女就寝祭の光耀歌

 地の極より此に集まりたる使徒等よ、

 我の体をゲフシマニヤの村に葬れ、

 爾我が子及び神よ、我の神を接け給え。

 

 光耀歌の由来としては、早課の終わりの夜が明ける頃に歌われるからという説もある

 

11.キノニク 領聖詞    

koinownikovn_ причастенъ киноникъ

 

  聖詠または、(まれに聖書の他の箇所)からの句で、聖職者の領聖中に歌われ、メリスマ的な長い曲付けの「アリルイヤ」で終結し、時にはこれが何度か繰り返される。句の内容はその日のテーマに従って選ばれる。例えば五旬祭のキノニクは「願くは爾の善なる(しん)は我を義の地に導かん、アリルイヤ」で、第142聖詠第10句から選ばれている。

 領聖詞は聖職者が至聖所で領聖する時間を満たさなければならないので、高度にメリスマ的になっている。古いコンダカリにはキノニクもコンダカリ表記で記されており、コンダカリ聖歌の歌唱法の特徴である複雑で高度なスタイルで歌うように指示される。

 現在では聖職者の領聖中に、ティピコンに記されているものよりも西洋的手法の多声音楽が歌われている。イルモス、スティヒラ、その日のテーマに関係ない他の歌が行われることもある。

 

12.讃歌

   megalunavrion_ величание

 

 通常「讚栄せん」または「崇め讚む」などで終わる短い詩で(英語ではmagnifyで始まる詩、スラブ語ではвеличаниеで始まる。)、スラブ教会では、大祭と特定の聖人の記憶日に早課のポリエレイのあと、選ばれた聖詠の句のヒポフォンとして歌われる[79]

 

 ここに記した聖歌のタイプ、スタイルはすべて奉神礼の中に特定の位置が決められており、個人的な気まぐれや好みで再構成したり入れ換えたりすることはできない。祈祷での音楽付けの方法や歌の並びや組み合わせはティピコンに細かく指示されており、内容的にも音楽学的にも統合された祈祷全体が形作られる。言い換えれば、奉神礼の構造が歌い方のスタイルや音楽要素の用い方や長さに決定的な影響を持つ。だから正教会の聖歌は奉神礼から切り放して考えたり純粋に音楽的な用語で論じたりすることができない。奉神礼の構造、形、祈祷文は、ことばに表わされた内容と定められた奉神礼定型として構成された論理的流れに従って音楽要素を発展させる。音楽要素は奉神礼そのものから流れだし、切り放すことのできない一部分を構成する。

 

5.旋律の様式 イディオメロン、アウトメロン、プロソミオン

 

  旋律の起源という点からみると、八調(オクトエコス/オスモグラシエ)のシステムに従って歌われるすべての歌、特にスティヒラは以下の3つのグループのいずれかに属する。

 

1.イディオメロン、サモグラセン (自調の)   ijdiovmelon; самогласен

 固有のメロディを持ち、同じ部類のほかの歌のモデルやパターンとして用いることができないもの。たとえば、復活スティヒラ、大祭のスティヒラ。そのスティヒラが自調に属する場合は、祈祷書に「自調の」と記載がある。

 

2.アウトメロン、 サモポドーベン     aujtovmel on; самоподобен

 固有のメロディを持つが、旋律的にも韻律的にも、同じ調、同じ部類に属する他の歌のモデルとして用いることができるもの。

 

3.プロソミロン、ポドーベン    prosovmoion; подобен

 固有のメロディは持たず、指定されたアウトメロンをモデルにして旋律も韻律もそれに従って歌う。ギリシア語の祈祷書ではプロソミオンは対応するアウトメロンと音節数が揃っているので、アウトメロンのメロディをそのままプロソミオンに用いることができる。[80]しかしながら教会スラブ語に翻訳されると音節数が揃わなくなくなり、アウトメロンに従って歌う(на самоповобен)のは難しくなったので、その原則を守るために、ロシアではギリシアのアウトメロンの旋律よりも、まちまちな音節数をもつ祈祷文をあてはめるのに適した新しいアウトメロンを作らざるえなかった。ロシアのアウトメロンは、レチタティーヴォ風で、シラブル数のまちまちな色々なテキストを当てはめることができる[81]

 ギリシアのアウトメロンとプロソミオンの韻律と音節数の相互関係を、降誕祭前日の挿句のスティヒラ「エフラタの家」を例にあげて調べてみよう。

 

アウトメロン                        プロソミオン              

1. Oi\ko" tou' Eujfraqa'               Yavlle profhtikw'"                   6音節

2. @H povli" hJ aJgiva                  Dabi;d kinw'n th;n luvran              7音節

3. Tw'n profhtw'n hJ doxa             Th'" sh'" ga;r ejx ojsfuvo"              7音節

4. Eujpevpison to;n oi\kon              !Ex h|" hJ qeotovko"                  7音節