Russia Church Singing vol. 1-1

ロシア正教会の聖歌

イヴァン・フォン・ガードナー
J. V. Gardner
英語版(V. Morosan/SVS出版)からの翻訳


この本は20世紀におけるロシア伝統聖歌研究の第一人者J.V.ガードナーが1954年から72年にミュンヘン大学で行った講義「ロシア聖歌の歴史と本質」をもとにして1977年に出版したものです。原本はロシア語500ページほどの上下2巻本で、上巻がV.モロザンによる英訳がウラディミル神学校から出版され、ロシアでもアメリカでも正教会聖歌入門の必読図書として親しまれています。わたしも20年前にこの本に出会い、正教会の礼拝と聖歌の基本を学びました。

第1章は「なごや聖歌だより」に連載するために日本の読者にもわかりやすいように省略したり解説を加えています2章以降は直接の翻訳です。


目 次

序文

第1章 正教会の聖歌の体系、内容と用語法 pdf
       
聖歌学、正教会聖歌の分類、歌い方のスタイル、聖歌の様式(名称)、旋律の様式、奉神礼における音楽要素の段階的変化、八調(オクトエコス)のシステム、奉神礼聖歌の音楽美学、国による相違、要約

第2章 正教会の奉神礼の体系   pdf  
祈祷の一日のサイクル、晩課(大晩課、平日晩課、小晩課)、早課(平日早課、祭日早課、特別の早課:聖大金曜日、聖大土曜日、復活祭)聖体礼儀(金口イオアン、聖大ワシリー 先備)、王時課

第3章 ロシア教会聖歌の体系

カノン(正典)的唱法と非カノン的唱法(チャントの種類)、ロシア聖歌の記譜法、ロシア聖歌の第一義的、第二義的原本、

第4章 ロシア聖歌史の時代区分



Russian Church Singing vol.1
by Johann Von Gardner
English Translation: Vladimir Morosan
St. Vladimir’s Seminary Press 1980
copyright: Holy Trinity Monastery Press, Jordanvill, NY


序 文

 ロシア正教会聖歌を現在歌われている形だけで判断したくない、聖歌の本質を理論的に考察しよう、千年にわたる歴史を知ろう、さらに深く理解したいと望む人のために書かれた。学ぶ目的が学問的なものでも、実用的なもでも、正教会聖歌を深く理解すれば、「聖歌は奉神礼(礼拝liturgy)そのものに内在する」という正教会の特質が保たれていることが明白になり、取るべき道が見つかるだろう。

 ある意味で、教会は時間を超越し、時間の外に存在し、時間全体を統合する。聖歌も現在との関わりを保ちながら過去の伝統を守る。とりわけ聖歌の本質である「奉神礼」から逸脱してはならない。審美的個人的主観的な目標を追求する傾向は排除しなければならない。正教会聖歌の体系と歴史全体を徹底的に理解すれば、聖歌の核心が見えてくるだろう。

 ここでは1954年から1972年にミュンヘン大学の哲学部スラブ科で実施した講義、「ロシア奉神礼聖歌の歴史と本質」を再考要約し、さらにこの分野で現在得られる情報を整理し、過去のロシア聖歌研究者の研究論文への論評も書き加えた。

 第1章は私が最も重要視してきたものだが、正教会聖歌の体系についての膨大な情報を系統づけて整理した。純粋に奉神礼学あるいは古代奉神礼学に属する問題には深入りせず、主題の徹底研究と理解不足による誤解を避けるのに必要最低限なものに限って歴史的考察を行った。表現方法と用語法には特に注意した。この分野の過去の著者や現代の個人研究者は専門的知識が欠けており正確な用語法を持たなかった。

 さて、最初の課題は「奉神礼聖歌とは本質的にいったい何なのか」である。問題は全く明白なのにもかかわらず、返ってくる答えは根拠があやふやで、まちまちである。一般信徒だけでなく聖歌指揮者や聖歌隊のメンバー、聖職者さえも、大多数が「聖歌は音楽の一分野に属している」と思いこんでおり、聖歌と世俗音楽の違いは礼拝として教会で歌われるかどうか、祈祷書の本文(ギリシア語、スラブ語、英語など各国語)を歌詞として使う点かどうかにあると思っている。
 こういう理解は全く表面的で、論題の正確な評価基準にならない。本書の前半では「正教会の奉神礼音楽が礼拝芸術の領域において全く異なる分野を表現しており、構造として固有の原則があること、独自の美学的判断が必要なこと」を明らかにする。

奉神礼音楽について述べる場合、祈祷書のテキストにどのような旋律をつけて演奏するかという点だけではなく、正教会、特にロシア正教会奉神礼における音楽要素の概観も考察する。ロシア正教会聖歌システムの研究においては、様々な歌い方のスタイルの検証が重要で、実際の奉神礼と古代奉神礼学に大きく関連する。今やロシア正教会は多声合唱一辺倒なので歌い方のスタイルの違いなど検証する必要もないように見えるが、全東方正教会の祈祷を司るティピコン(礼拝規則)の大部分は歌い方の多彩なスタイルについて書かれている。ティピコンから見ると今のロシア教会で歌われている合唱聖歌は普遍的な規則を狭めて、かいつまんで適宜当てはめたものということになる。
関連するが、祈祷書のテキストや奉神礼的動作の流れをきめる式順(オルド)はスラブ系とギリシア系の習慣の細かい相違をのぞけば全世界の正教会でほぼ共通である。各国聖歌の違いは旋律の内容と一般な歌い方のスタイルや発声方法などにある。様々な歴史的文化的影響によって違いが生じたが、詳しい調査はこの書の域を越えるので省く。ここではロシア奉神礼聖歌のシステムと歴史に論点をしぼり、正教会以外の教会聖歌と他教会での名称は比較として示すにとどめる。

 この研究の主眼は、正教会の奉神礼において旋律と音響学的な素材が一般的にどのように用いられるかを考察すること、すなわちロシア教会の正統(カノン)的聖歌を形作るチャント(распевы) の音楽的・旋律的システムの検証にある。そのために音楽史、特にロシア奉神礼学音楽史も参照する。

この分野は読者の方にとって馴染みがないと思われるので説明を加えると、ロシア奉神礼音楽史はドイツ語で言うGrenzwisenschaft、つまり専門分野の境界線上にある。言い換えれば、ほかの分野の研究や書物は大いに参考になるが、そっくり当てはまるものがない。以下は我々の課題に関連する主分野である。

 一般史と音楽理論 を考慮に入れなければならない。初期後期のビザンチン音楽史や古代ギリシアの音楽理論、ビザンチン聖歌をたどる資料が必要である。さらに、ローマ教会の正統(カノン)的聖歌で西側の読者には馴染み深いグレゴリオ・チャントの歴史とシステムを知ることで全体的な流れが理解される。グレゴリオ・チャントのシステムは1054年に東西教会が決定的に分裂する以前にでき上がっていたことを忘れてはならない。また17世紀、ローマ教会の影響は大きく、特に当時ポーランド・リトアニア領であった西南ロシアの音楽に深い影響を及ぼした。17世紀半ばからロシア聖歌ははっきりとした独自性と歴史の流れを保ちながらも西ヨーロッパの音楽の歴史発展に接近し並列して発展した。
 ロシア教会史、他の正教会及び非正教会との関係の歴史は聖歌の発展全体の枠組みを作る。多くの歴史的事件が聖歌の発展に影響を及ぼした。
文献学と言語学 も考慮にいれなければならない。数世紀にわたって聖歌の発展とロシア語(スラブ語)の発展は堅く結びついていた。ロシア教会の創世期にはギリシア語のテキストをスラブ語に翻訳し、翻訳したものを何らかの方法で歌えるように適合させるという課題があった。後期においては、奉神礼に用いられる言語の発音が聖歌に著しい影響を与えた。ある音素を有声化すること、その韻律的音節的構造にメロディを適合させること、テキスト上のアクセント法則の変化に適応することなどがあり、無意識のうちに聖歌の音楽面に影響を与えた。

 古代の文字、音楽表記を解く古文書学、記号学も密接に関わる。古代の聖歌写本を解読し理解する手がかりとなる。一般の教会の聖歌指揮者にこの分野の専門知識を期待することはできないが、将来専門家にならないまでも、聖歌の一般教養として、昔の表記とその原理について多少の知識が望まれる。ここでは古代写本とその記号を理解するための最も基本的な知識にとどめるが、さらに詳しいことを知りたい方のために、参考図書を文献表に紹介した。1917年のロシア革命以降60年余、ロシアの外ではこの分野の新しい研究が発表されていない。研究者はソ連の古文書館と書庫から必要な材料を得るために図書館間の交換を通さねばならない。

 最後に、実際的(礼拝の規則として)あるいは歴史的な奉神礼学は、聖歌の歌い方の形やスタイルを理解するために重要である。聖歌は常に奉神礼そのものに内在するので、奉神礼の秩序の変化が聖歌の形に影響を与えてきたのは明らかである。逆に、ここ2世紀は奉神礼音楽の進展が奉神礼の秩序に影響を与えた。非正教徒の読者のためにドイツ語版英語版では正教会の様々な祈祷の構造についての一章を設けた。

1975年ごろまでは、ロシア正教会奉神礼音楽学は独立した学問でなかったので、存在の可能性すら疑問視されていた。奉神礼及び聖歌の研究や知識は、教会のティピコンとそこに書いてある形に実践的に精通することに限られていた。教会の聖職者や聖歌指揮者も、ティピコンを知っていれば十分でそれが本質だと考えられてきた。修道院に行くとすさまじいテクニカルな専門家がいて様々な奉事の聖歌の込み入った組み合わせを空んじているが、聖歌の他の面には全く無知で興味をもたず、たとえば聖体礼儀の「聖入」の起源について、あるいは聖大土曜日の早課にはなぜ福音はカノンの前ではなく大詠頌の後に読まれるかを尋ねても、「ティピコンにそう書いてあるから」としか答えない。それどころか、奉神礼史に足を踏み込むことは超広教派(教義にとらわれない人)と見なされた。単なる規則の習得以上のものがあっても、シンボリカルな解釈を学ぶだけで奉神礼的動作について歴史や考古学に基づいて考察するものはなかった。

 こういった状況姿勢であるから、正教会聖歌の学びが相も変わらぬ実用的な事柄に留まっているのは驚くことではない。聖歌者たちは先輩たちから受け継がれたことをそのまま鵜呑みにし、個人的な好みや意見で、何かを付け足したり減らしたりした人はあっても、知識は何もしないで次世代に受け渡されてきた。

 ここに述べた批評が妥当かどうか振り返ってみよう。私が聖歌の実用的知識や伝統の重要性を引き下げようとしていると思われるなら全くの誤解である。(以前講義の時ロシア人聴講生から抗議されたことがある。)実用的な知識はむろん大切であるが、奉神礼音楽理論をふくむ理論的な知識も根拠としなればならない。

 ロシア聖歌史の重要性を認めた最初の人物は、優れた学者であり考古学者であったキエフの府主教エフゲニイ(ボルコヴィティノヴ1767-1837:1822から府主教)であった。彼はヴォロネジの神学校の教師でもあった。聖歌の分野で、最初に系統的で論拠ある研究がなされるのは19世紀半ばで、最初の研究はディミトリイ・ラズモフスキイ神父による「ロシアの教会聖歌」Церковное пение в России(モスクワ:1867-9)である。彼の業績については後の章で詳しく述べる。今ではこの本は時代遅れになってしまったが、ラズモフスキイは何も知られていなかった聖歌に関する多くの知識を明らかにした。また、彼の発見によって聖歌の歴史とシステムを学ぶ他の研究者が刺激された。ラズモフスキイはロシアの奉神礼音楽学の基礎を作ったといえる。ラズモフスキイの仕事は多くの分野で後継者を生んだ。代表的な後継者は、S.V.スモレンスキイ(1848-1909)、V.M.メタロフ(1862-1927)、A.V.プレブラツェンスキイ(1870-1929)、I.I.ヴォズネセンスキイ神父(1838-1918)である。新しい調査が新しい知識を開き、さらなる研究課題を引きだし、ロシア正教会の聖歌、ロシア奉神礼音楽学が、一般的な音楽学の曖昧な分科でもなく、単なる実用的主題でもなく、独立したアカデミックな学問であることが明らかにされた。

1917年の革命とそれに続く年月は、芸術としての聖歌にとっても学術調査の発展にとっても大打撃であった。しかし、同時にソ連の学者は自らがこの分野の調査を続けるのに最も有利な環境にあることに気づいた。ソ連の学者は音楽的奉神礼的な写本を保存するすべての書庫や重要書類を保管する公文書館に出入が許されていると思われる。また最近では奉神礼聖歌は『儀式の音楽』という新しい名称の分野で復活しており、小さいながらも出版物もぼつぼつ出てきた。ソ連の研究者としては理論家・記号学者のM.V.ブラジニコフ(すでに死亡)、歴史家で奉神礼学者のN.D.ウスペンスキイ(レニングラード神学校教授)があげられる。

 この本には参考文献として正教会の聖歌に関する研究論文と定期刊行物の重要なものを一部注釈付きで挙げた。完全な参考文献目録、また写本や他の一次資料の一覧は別の機会に譲る。