正教会聖歌の特徴−−奉神礼の音楽                     マリア松島純子

序 奉神礼と聖歌

 正教会の聖歌は一般の西洋音楽や宗教音楽と同じ物差しで測ることができません。ロシア聖歌は西洋音楽と同様の合唱音楽であることから外面的に同じように見えますが、教会観、奉神礼や機密に関する考え方が根本的に異なるので、同じ物差しで測ってしまうと、正教会聖歌を間違って見ることになります。

 西洋ではルネサンス以降、人間中心主義や個人主義の考え方が発展し、宗教絵画や音楽は教会を離れ、作者の個人的な印象や感性を自由に表現する芸術として発展しました。西洋の宗教音楽は必ずしも教会で祈りのために奏されるものではなくなり、聴衆に聴かせることを目的にしたものも多く作られました。またバッハのようにプロテスタントの信者でありながら、ローマカトリックのミサ曲を作るといったことも珍しくありません。聖書をテーマにした場合でも、作者がどうイメージしたかが重要で作者の個性が重視されます。演奏家は作者の意図を具現化しようとします。主体は『人間』にあります

 それに対して正教会の聖歌は祈り、切り離すことのできない奉神礼の一部です。奉神礼は「神との交わり」の場として神から与えられたものですから、信仰の異なる他教派の音楽家に依頼することは考えられません。聖歌はイコンと同じく教会のもの、神のものと考えられ、原則的に匿名です。イコンは既存のパターンを踏襲し作家の個性の入り込む余地はありませんが、その土地のものを有効利用する自由は与えられています。主体は『神』です

 私たちは人間中心主義が支配する世の中に生きていますから、ついついこの世の常識で教会のことまで判断してしまいがちですが、私たちの信仰はあくまで『神中心』です。「神」という視点から奉神礼や聖歌を考えてゆかねばなりません。


ここでは信者が教会で祈りとして歌う聖歌に限ってお話ししています。外部の団体が信仰と関係なくコンサートなどで聖歌を歌う場合は含みません。コンサートの場合はむしろ西洋の音楽と同様に、人間主体の基準によって扱われています。コンサートと奉神礼は全く異なる考え方に立脚していることをまず認識する必要があります。

私たちクリスチャンは「神中心」の生活をこの世へと広めていくものです。教会にこの世の基準を持ち込むのは本末転倒です。ですから、信徒がコンサートで聖歌を演じる場合には、「聖歌」の美だけを切り離してアピールして「おしまい」ではなく、神の教会へと迎え入れる窓、神の与える美を伝えるために神が与えたチャンスです。アメリカのある聖歌者は年に20回もコンサートやレコーディングを行っていますが、コンサート活動は信仰生活の延長線上と言いました。たとえ教会外であっても神の僕として、神の旨にかなうように働く、自己実現のための聖歌ではないと話していました。

クリスチャンは常に「神の旨」に従い、この世を「聖なるもの」に導くために派遣されています。正教会の聖歌は、それだけを聴いても美しく、感動を与えます。そこには神の働きがあるからです。

単純に教会の中ならOK、外はダメと線引きして考えるのでなく、その場その場の状況をよく考えて、聖神の導きを祈ります。私自身も子供の頃聴いたソ連製のレコードが正教会聖歌との最初の出会いでした。

司祭の指導をあおぐこともお忘れなく。

 正教会では奉神礼は教会が共有している「聖伝」のひとつとして位置づけています。「聖伝」とは、キリスト教の信仰を正しく伝えるために教会が守ってきた伝統、器で、「聖書」「七つの公会議の決定した教義」「聖師父のことば」「教会法」などがあります。

 「奉神礼」はハリストスを神、主として信じる信者が集まって、ハリストスの体としての教会を形作り、信仰を表明し、心と口をひとつにして祈り(歌い)、そこで神ご自身に出会い、交わり、神から生命を与えられる場として神が与えられたものです。「二三人が私の名によって集まるところに、私もその中にいる(マタイ18:20)」と主が言われたように、人が集まって礼拝するとき神はご自身を顕されます。神は、ご自身に「礼拝するもの」として、人間を創りました。奉神礼は人間が本来の姿を取り戻し、神との交わりを回復するために与えられました。

 司祭の唱える祝文「祈りのことば」は奉神礼の核であり、エッセンスです。聖歌は他の要素と協力して奉神礼を支えてています。聖歌、イコン、建物、動き、光、匂い、味、五感のすべてを動員して訴えかけています。教会は信徒を神に導くためにあらゆるものを利用してきました。聖歌は音楽を用いて奉神礼に彩りを与え、祈祷書にもられた教えの理解を助け、教会の一致を促します。

 聖歌にはどんな働き、役割が与えられていて、どういう点に注意したらいいか具体的に考えてみましょう。

聖歌の役割 その1 「動き」をつくる

「聖体礼儀」を例に挙げてお話ししましょう。日曜日の朝集められた民は教会(=集まり)となり、神の国への上昇を始めます。アンティフォンは「行こう」という気持ちを高めてゆきます。「小聖入」はまさに「神の国」に入っていく行進です。そこで天使とともに「聖三の歌」を歌い、神のことばを聞きます。私たちの捧げものが「ヘルビムの歌」とともに運ばれます。神の前で信仰告白し、捧げものに聖神の恵みが与えられるように一つになって祈り、聖人や生神女も一体となり、神のお体を頂き、「平安にして出ずべし」に促されて、この世に派遣されます。聖歌はこの流れの動きを支えています。

 想像してみて下さい。祈祷文を普通に朗読調で読んで聖体礼儀を行ったらどうでしょうか。「味も素っ気もない」でしょう。音楽はことばに「彩り」を与え、主との出会いに向かっていく「動き」を助けます。

 この動きを理解した上で、歌うことが大切です。そのためには順番を知っているだけでなく、聖体礼儀の内容の深い理解が必要です。語句の説明に加え、全体の流れの中での個々の歌の役目を理解して歌います。たとえば「アンティフォン」をあまりゆっくり歌ったのでは「行こう」という気がそがれてしまいます。聖入の音楽では「行進」を促す音楽付けがふさわしいといえます。

(参考資料:http://www.orthodox-jp.com/maria/Mark.htm、「伝統と習慣」の項)その教会がもっている動きのテンポにも配慮します。

聖歌の役割 その2 「一つの体になる」、互いに協力する

 聖歌には集団の祈りを一つにする機能があります。日頃バラバラに過ごしている信徒が集まって「一つの体」となります。そのとき音楽はとても効果的に働きます。音楽なしに声を一つにして祈るのは困難ですが、シンプルなメロディにのせると、容易に声を合わせて歌えます。

 正教会の奉神礼には役割分担があり、互いに協力して「一つの祈り」をつくるように求められています。祈りをリードし祈りのことば「祝文」を唱える司祭、連祷など信徒の祈りをまとめ司祭を補佐する輔祭、聖歌を歌い、唱え、祈りの流れを支える聖歌者や誦経者が一緒に働いています。

 以前ある神父さんが「気持ちのいいお祈りと、そうでないお祈りがあるんだな」と言われました。この役割分担がうまく連携しないと、チグハグになって気持ちよく祈れません。たとえば輔祭が「〜祈らん」と言ってから、「ドソミド」と音を取って、おもむろに「主憐れめよ」と歌ったのでは、輔祭の「祈りのことば」と信徒の応答が分裂してしまいます。 連祷は祈願と応答が一体になって初めて連祷になります。輔祭の祈願のリズムと応答のリズムの息が合うことが大切です。

 「ヘルビムの歌(大聖入)」や「平和の憐れみ(アナフォラ)」は至聖所で「黙唱祝文」として唱えられる大切な祈りを支えています。何が祈られているかを理解した上で、歌のテンポ(長さ)、歌い方にも配慮します。「至聖所は至聖所。聖歌は聖歌。勝手にやれ」ではなくて、お互いをよく理解した上でのチームワークが大切です。ハリストスの体はひとつです。聖歌指揮者の仕事はは至聖所の流れに注意しながら、聖歌をリードするコーディネーターの役割です。

 ロシア正教会では近代以降、西欧を模倣してバルコニーを作って選ばれた聖歌隊が上手な聖歌を歌うスタイルが流行しましたが、聖歌隊本来の定位置はイコノスタスの前の左右の高くなった部分(クリロス)です。聖歌隊がクリロス(教衆)と呼ばれるのは、至聖所の神品の祈りと聖所の信徒の祈りをつなぐ役割をはたすからです。聖歌は至聖所と信徒をつなぎ、祈りを支え、教会を一体化します。聖歌者や誦経者以外の、、十字を描き、ロウソクを献げる一人一人の参祷者も祈りの一部分を構成しています。特別の役割のない人たちも、祈りの輪の中にあることを意識し、彼らをも一体になった祈りを構成する配慮が必要です。

 聖歌隊が全部を歌うこともできますが、部分的に会衆参加を行って、連祷やリフレイン、トロパリなどを全員で歌うこともできます。地方教会ではその方が実用的なことも多々あります。実際、中世ビザンティンの教会は、民衆の積極的参加を促すために聖歌を効果的に利用していました。ソロと交互に会衆がリフレインを歌う応答唱(会衆参加例:ポロキメン、祭日のアンティフォン)はそのために導入されました。

聖歌の役割 その3 信仰教育

 聖歌のもう一つの役割は信徒の信仰教育です。特に正教会では聖歌の歌詞は教義、聖書、霊性(spirituality)の宝庫です。聖歌は初めは修道院起源ではなく、一般の信徒を教化するために街の教会で導入され発達しました。

 たとえば私たちは日に何度も「光栄は父と子と聖神に帰す」と歌います。これは4世紀頃アリウスの異端の嵐が吹き荒れたとき、私たちの神は至聖三者の神であることを徹底的に教えるために歌として取り入れられ、祈りのあちこちに配置されました。指を三本合わせて十字を描き「光栄は・・・」と至聖三者の神に祈りを捧げることを通じて、三位一体の教義がたたき込まれます。

 また、グノーシスという異端派が間違った教えを歌にのせて流行らせ、人々が知らず知らずのうちに染まっていくのを憂いた聖エフレムは、正しい教えを同じメロディにのせて替え歌にして歌って流行らせ、対抗したそうです。

 歌というのは不思議な働きがあり、意味が全部わからなくても覚えられ、印象づけられ、覚えたものが知らず知らずのうちに作用します。正教会の聖歌作者は正統神学の守り手でもありました。彼らは文字通り死にものぐるいで異端と戦い、正しい教えを詩にして歌い、人々に教えました。正教会は正しく祈る(オルト・ドクサ)ことで正しい信仰を守ってきました。

 西洋音楽は近代以降、器楽をベースにして発展しましたから価値観が全く違います。「ハーモニーさえきれいなら歌詞は適当でいい」などととんでもないことを言われる方もありますが、正教会聖歌では重点は「ことば」にあります。聖歌はBGMではありません。

 ですから音楽が美しいからという理由だけで、もとの外国語で歌うことは正教会の伝統に反します。キリルやメフォディが大変な苦労をしてスラブ語に訳し、ニコライ大主教が一生を日本語の奉神礼の翻訳に捧げたことを思い出さねばなりません。確かに明治の正教会訳は難解です。しかし日本語ですから、歌い方やメロディのちょっとした工夫で、わかりやすく歌うことが可能です。聖大ワシリーは音楽は歌詞を活かすために働く乗り物と言いました。不思議なことに歌詞である神のことばを慈しみ活かそうとするとき、最も美しい音楽が与えられます。優れた歌は音楽と歌詞が一体となっています。それを探していくことはこれからの日本人聖歌者のつとめである、努力を惜しまなければ必ずいつか日本語の美しい聖歌が生まれるでしょう。

 わかりやすく歌うためには、まず歌詞である祈祷文をを味わってみることが大切です。カタカナひらがなの楽譜ではなく、漢字まじりの祈祷書を見ると意味がずっとよくわかります。まず歌詞のことばを誦経のように棒読みしてみます。意味や教義を神父さまにお願いして解説して頂くことも大切です。また聖歌の大半は聖書の内容ですから日頃から聖書に親しむことも欠かせません。

 歌であるかぎり、歌謡曲でも声楽曲でも歌詞に描かれた内容を理解して歌うのは常識ですが、聖歌の場合そこに描くのは「神の世界」です。しかも自分勝手に思い描く神の国のイメージではなく、教会が伝統として正しく伝えてきた神の世界です。祈祷文を何度も唱え、歌ううちに、それが自分への神からのメッセージであることに気づかされます。涙が与えられます。神のメッセージは歌う人の心を通じて伝えられます。歌うものが何も知らず何の共感も持たずに機械的に歌ったのでは何も顕れず何も伝わりません。まず自分自身がそこに歌われていることを「信じて」歌うことが大切です。

合唱の場合は内容がさらに聞き取りにくくなるので、残響の多い教会ではとくに工夫が必要です。ビザンティンのようにソロとリフレインの掛け合いにするのも効果的です。ややこしい聖詠の句やスティヒラなどはソロが歌い、リフレインを会衆が歌う、または聖歌隊が合唱で歌います。「ことば」に十分配慮した音楽付けも今後の課題となっています。

オーダーメイドで工夫する

 正教会の特徴を表すことばに「多様性と統一」があります。各国の正教会聖歌を比べてみると、音楽的な多様性に驚かれる方も多いでしょう。ギリシアではビザンティンチャントと呼ばれる聖歌が歌われます。イソンと呼ばれる通奏低音に支えられ、西洋音楽の音階では割りきれない独特の音階構造を持ちます。ロシアでは19世紀風の合唱聖歌を歌う大聖堂もありますが、ズナメニイなどの古いチャントを歌う修道院や教会もあります。セルビアや西ウクライナにも独自のチャントの伝統があり、ルーマニアでは100年ほど前に祈祷の用語がルーマニア語なったときから歌いやすいルーマニア独自の聖歌が工夫されましたが、ビザンティンチャントをルーマニア語の歌詞で歌う教会もあります。正教会の聖歌は国ごとに地域ごとに、極端なことを言えば教会ごとに少しずつ異なります。

 しかし、各教会の祈りは一つです。祈祷の式順がほとんど同じこともありますが、どこの教会に行っても、、たとえことばがわからなくても「確かに正教会の祈りだ」という確信が持てます。これは、表面的な違いの奥に、ひとつの「教会」としての伝統があるからです。伝統として守られてきた教義や、「教会」に対する考え方は共通です。

 中世ビザンティンの教会が聖歌を奉神礼に導入したとき、当時一般に歌われていた音楽を利用して神への祈りの器として用いました。「成聖」sanctificationということばがあります。「神のために用る」ように祝福することです。同じものが神のためにも悪魔のためにも使えます。特別に聖歌用の音楽のジャンルが定められたのではありません。極論すれば何でも聖歌の音楽になるといえます。しかし教会で祈りとして歌われ、受け継がれてきたものは聖神の働きによって、祈りの歌にふさわしい輝きを与えられてきました。その積み重ねが聖歌の伝統です。


 正教会は過去から受け継いだ伝統を大切にしてきました。教会は信徒が間違った教えや考え方に陥らないように、祈祷文や祈りの基本的な形については伝統を頑なに守りますが、細かい材料や装飾は個々の状況に応じて任され、実際に教会に集う人々の音楽的感性からも影響を受けます。

 ロシアが受洗したとき、ギリシアのメロディの聖歌が伝えられましたが、祈祷文のテキストがスラブ語に翻訳され、ロシア人たちが主体になって歌ううちに言語の特性とロシア人の音楽的感性が反映されて旋法、リズム、旋律は変化していきました。またさらに細かく、北ロシアでは厳粛な全音階が、ウクライナでは優しげな短音階が好まれるといった地域による違いも生まれ、革命前のカルパト・ロシアの山村では村ごとに異なる伝統聖歌が歌われていたそうです。


 
日本はどうでしょうか。明治時代、日本への伝道を始めたニコライ大主教がまず行ったのが祈祷書の翻訳と聖歌の指導でした。最初は「主、憐れめよ」から、翻訳が進むに連れて日本語聖歌を増やしていきました。メロディは当時ロシアで一般的に歌われていたリヴォフ・バフメテフ版(1863)のオビホード(標準聖歌集)をもとにして作りました。ニコライ大主教は同じメロディでも日本語で日本人が歌うと「もの悲しい調子」になると日記に書いています。これも日本語の言語特性と日本人の音楽性の表れでしょう。ニコライ大主教は日本風に変わっていくことを喜んでおられました。(『宣教師ニコライと明治日本』中村健之介、岩波新書)

 狭い日本でも、各教会のおかれた条件は教会ごとに異なります。大聖堂と地方の小さな教会では聖歌を歌う人数も技術も異なります。「大聖堂の合唱聖歌が本式の聖歌で、単音聖歌は間に合わせ」のようなことを言われる方がありますが、どちらも正教会聖歌です。スタイルの違いは正教会の多様性です。また、本来正教会の聖歌は単旋律です。単旋律には単旋律の美しさやおもしろさがあります。残念ながら今の単音聖歌にはそれが十分生かされていません。

 聖歌や聖歌隊の形はマニュアル的に一律にこれが正しいと言うことはできません。その教会の状況に応じて考えます。聖歌に関わる者には「ことば」と「音楽」と「奉神礼」に真剣にとりくみ、教会というコミュニティの中で最もふさわしい聖歌を選び、作り、力を合わせて育ててゆく責任と恵みが与えられています。聖歌者が教会付きで祝福される理由はそこにあります。神の聖神は個々の教会に働きます。隣りと同じである必要はありません。その教会が神の方へ向かっていく長い道筋の中で、今可能な一番ふさわしい形を真剣に考えて、工夫しなければなりません。やってみて、不具合だったら考え直します。聖職者のアドバイスや周囲の意見にも謙虚に耳を傾けます。その試行錯誤と「神に聴き祈り求める」姿勢があれば、必ず答えは神から与えられます。

 たとえば名古屋のような中規模の地方教会でほとんど全員参加で聖歌を歌う場合、声楽や合唱の経験のある人は多くないので、あまり音域の広くない歌いやすいもの(密集、多くはヘ長調で書かれている)を選んできました。最近はあまりに大人数になってしまったので、慣れない方には簡単な部分だけを参加してもらって、難しい部分はソロ(トリオ)が歌うというような工夫も必要かもしれないと思い始めています。状況は日々変わってゆきます。

 もっと小さな教会で信徒全員が歌って祈りを支えなければならない場合、今までの単音でも歌うのが難しい場合は、歌えるような音楽付けを工夫すればよいのです。先日ある教会で降誕祭の聖体礼儀を行ったときは「常に福に代えて」は歌詞をみながら全員で「ド」の音で誦経のようにとなえました。歌ですから、誦経者が聖詠を読むときよりはたっぷりと歌らしく歌いました。教会の成長に合わせて、「ド」だけから「ド」と「レ」へ、さらに複雑なメロディへとレパートリーを増やしてゆきます。どれも立派な聖歌です。会衆が歌う伝統聖歌の基準は「耳で聞いて覚えて、唱和できる」ことです。もう少しメロディックなものを用いる場合でも、音の飛びはできるだけ少なくします。ドからレ、レからミと飛びのない移動が原則です。

19世紀のロシア聖歌は訓練された聖歌隊が歌うためのものですから、必ずしもこの条件を満たしていません。覚えやすく歌いやすい単音聖歌も、まだまだ工夫の余地があります。歌えるようになったら、3度、バスなど即興でハーモニーをつけてみることもできます。

 今持てる力の中で一番いい物を捧げましょう。「正教会聖歌はかくあるべきだ」と決めつけてしまうと身動きが取れなくなります。どういう形であれ、そこに集まった人々が神に出会う「喜び」にあることができるかどうか、それが「宣教」の第一歩です。


 ニコライ大主教やヤコフ・チハイは聖歌を楽譜に書いて、石版印刷して全国に配布しました。「楽譜」に書くというのは正教会では例外的な措置でした。ロシアでは簡単な聖歌は聞き覚えで祈祷書のテキストだけを見て歌うのが普通でしたが、当時の日本では全く馴染みのない音楽だったので、「楽譜」に書いて配布するという手段を用いたのだろうと思います。とにかく奉神礼を行うことを急がれたのでしょう。

 五線譜の「楽譜」は作曲者の意図を演奏者に正確に伝えるために西洋音楽の理念の中で考案されたもので、大変便利ですが、ものごとを固定してしまうという欠点があります。祈祷文を見ながら歌うのであれば、音の高さやリズムは流動的で応用が利き、メロディ付けの不具合も知らないうちに自然と改訂されていきます。また音楽付けをしたのがロシア人だったためか、かなりの外国訛りが残されています。それが楽譜に書かれたために初期の暫定的なものがそのまま残されてしまって、日本語として歌いにくいものも少なくありません。また、現在用いられている単音譜のメロディは4声の楽譜のアルトパートを主に抜き出してあるため、メロディが不自然で歌いにくいものがあります。

 また当時ロシアで歌われていたリヴォフ・バフメテフオビホードも、当時のロシア宮廷の西洋化政策とあいまって、無理に西洋音楽を取り入れ普及させるために、伝統のチャントのメロディが単純な和声に置き換え、まっすぐに歌う部分が多用されており、ことばを大切にするという正教会聖歌本来の方針に反する面を持っていたことにも留意が必要です。
 日本語の深い理解にもとづいて、「日本語の聖歌」を模索する努力が求められています。

美しさについて

 最後になぜ美しく聖歌を歌いたいかという点について考えてみたいと思います。かつてアメリカに移民した亡命ロシア人たちは貧しく、集まるための聖堂もない生活をしていたとき、ガレージで聖体礼儀を行ったそうです。
美しい聖堂や立派な聖歌隊がなくても奉神礼は行えます。しかし、日常のレベルを離れて、最も美しいものを神に捧げようとするのも、神を愛する信徒の当たり前の気持ちです。大切なお客さまをお招きしたら、テーブルに花を飾り最高の料理を用意します。それと同じです。美しさは神を愛する気持ちのあらわれです。

 「私は聖歌が好きで」とか「聖歌を歌うと気持ちがよくて」というお話しをよく聴きます。信徒でない方からも「正教会の聖歌は美しい」と言われます。そこに人間の技術や表現をこえた神の恵みがあふれているからでしょう。ささやかであってもそれぞれの教会で精一杯の捧げものをすれば、神はあふれるほど恵みを与えてくださいます。小さな教会で素人が歌うシンプルな単音聖歌も大聖堂の大聖歌隊と同じきらめきに満たされています。見かけの豪華さは関係ありません。

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