道東地方正教会の紹介と沿革

道東には現在3つの聖堂・会堂及び2つの集会があり一人の神父が管轄しています。

司祭プロフィール

name:ミハイル対中秀行(たいなかひでゆき)

●学歴・職歴
1968年2月 東京生まれ
1986年3月 錦城学園高校卒業
 同 年 4月 都内企業勤務
1992年3月 杏林大学社会科学部社会科学科卒業
 同 年 4月 知的障害者更生施設・川崎授産学園に事務員・指導員として勤務
1998年4月 東京正教神学院入学
2001年7月 同学院卒業 
 同 年 8月 釧路正教会司祭として着任

●教会歴
1991年5月 東京復活大聖堂にてミハイルの聖名で授洗する
2000年7月 輔祭に叙聖
2001年7月 司祭に叙聖


釧路ハリストス正教会・聖神降臨聖堂

道東の日本正教会の歴史は根室から始まる。1887(明治20)年、伝教生シモン東海林勇次郎が配置された。岡伝次郎宅に寄宿し伝教開始。翌年に和田村のパウェル戸田重直他4人が小松神父より受洗して、根室教会のメトリカ第1号になった。9月にはシモン東海林が和田村に講義所を開いた。1891(明治24)年に伝教生モイセイ湊福太郎、根室に配置され根室正教会が始まった。
 アルセニイ修道司祭、モイセイ湊を伴って来釧。アンティパ藤原の長女フチ、長男籐吉受洗。(釧路教会の信徒第1号(1月1日)誕生となる。
 1896(明治29)年に色丹島の聖三者教会が成聖された。クリル人首長のヤコウ・ストロゾフが教会を建立。根室大火によって1895(明治28)年に根室正教会聖堂焼失。1896(明治29)年、根室教会(生神女降誕教会)、篤志家岡伊之助によって建立された。屯田兵だったフィリップ伊藤繁喜はイグナティ加藤神父によって受洗して、標津教会が始まった。それが今の上武佐教会の母体となり、後に根室教会を吸収する形となる。1898(明治31)年年色丹、根室に巡回されたニコライ主教はイグナティ加藤主計神父の苦衷を察し、アレキサンドル室越伝教生を釧路に派遣した。同年、釧路教会、浦見町1番地に設置。明治35年10月釧路の春採番外地に最初の会堂が建てられ、ロマン福井神父が成聖を行った。その後、根室教会の衰退によりロマン福井神父は釧路に異動する。1932(昭和7)年に2代目の聖堂がペトル内田政之助神父の時同地に建てられ、釧路聖神降臨聖堂としてセルギイ府主教によって成聖された。
 1992(平成4)年に釧路聖神降臨聖堂新築、フェオドシィ府主教によって成聖された。2004(平成16)年に司祭館兼信徒会館を新築、セラフィム主教によって成聖され現在に至る。

帯広地区
会堂はありませんが、年に二度の廻家祈祷(家庭巡回)と、年に一度公共の場所をお借りしての聖体礼儀を行っています。
詳細は釧路教会にお問い合わせ下さい。

北見地区
会堂はありませんが、年に二度の廻家祈祷(家庭巡回)を行っています。
詳細は釧路教会にお問い合わせ下さい。
根室地区

会堂はありませんが、年に二度の廻家祈祷(家庭巡回)を行っています。
詳細は釧路教会にお問い合わせ下さい。


上武佐ハリストス正教会・生神女就寝会堂

 伊藤繁喜は屯田兵として入植し、根室教会パウェル小川文治の勤務する薫別のふ化場で明治30年10月イグナティ加藤神父より受洗し標津教会を組織しました。大正5年上武佐駅逓の取扱人としてフィリップ伊藤はそこで布教し教会が誕生しました。会堂は大正8年12月に標津原野武佐教会として建立、昭和26年に2代目が建立され、現会堂は昭和53年9月に成聖。根室教会衰退後、現上武佐教会は根室および北方領土に深い関係を持った教会。イリナ山下リん作の12大祭イコンがあります。

■問い合わせ
  標津郡中標津町字武佐
  電話  01537-4-2169


斜里ハリストス正教会・生神女福音会堂

 大正元年、十勝国新得より斜里に再移住した宮城県原町教会のパウェル佐藤以下5戸の信徒は初め網走教会に所属していましたが、大正4年に初代の会堂をロマン福井神父のもと斜里町西1線20番地に建てセルギイ府主教によって成聖されました。昭和23年現在地に移転し、昭和54年2代目として現会堂を建立、生神女福音会堂として成聖され現在に至ります。

■問い合わせ
  斜里郡斜里町字美咲
 電話 01522-3-1712(執事長 佐藤年秋宅)



巡回日など、詳しくは釧路教会にお問い合わせ下さい。