10、聖衣(サッコス)

主や、爾の司祭等は義を衣、爾の諸聖者は常に悦ばん、今も何時も世々に、アミン。(サッコス<聖衣>を着用するときの祈祷文)

聖衣(サッコス)は、主教品が身につける、ステハリによく似た形をした丈の短い上着である。すそには聖使徒達の宣教の声を象る鈴がつけられ、主教品が聖使徒の継承者であることを表している。聖衣は、もともと司祭品の祭袍(フェロン)や長袍(マンティヤ)と同じ起源をもつものであった。したがって、その信仰的意義もほぼ同じものであると言える。事実、初期教会においては主教品も現在の聖衣ではなく、司祭品と同じ形態の祭袍を普通に身に着けていた。主教品であった聖人がイコンの中でフェロンを着て描かれるのもその為である。聖衣は始め、総主教のみが身に着けていたようである。初期の時代、主教品が着用するフェロンには十字架が一面に描かれ、司祭品のものとは区別されていた。これは「ポリスタブリオン」と呼ばれ、現在も修道院の中で見られる。主教候補の掌院(アルヒマンドリト)や、修道院長などの指導的立場にある修道士が身に着けるのである。現在の聖衣は、古代のビザンティン帝国の皇帝が着用していたものに形態が近く、それがいつから主教品の祭服となっていったかは定かではない。いずれにせよ聖体礼儀において、屈辱の証であった「鮮やかな着物」をかたどるマンティヤを身につけていた主教品が、王の着物であるサッコスに着替えるのは、とても印象的である。「権ある者を位より退け、卑しき者を挙げる」(ルカ2:52)神の力が、目に見える姿で顕されているかのようである。どんなに形が変遷してきらびやかになろうとも、サッコスは主教品の尊徳を表明するものである事に変わりはない。それは、主イイススの謙りとの一体化であることに他ならないのである。主教品の尊徳とは、自らの生涯をかけて神が背負った苦難を分かち合う事に裏付けされているのである。この尊徳の証である聖衣の上に、さらに主教品は神の牧群の徴である肩衣(オモフォル)を背負う事になる。