4、領帯(エピタラヒレ)

神は崇め讃めらる、蓋彼はその恩寵をその司祭に流すこと、芳しき膏が首にありて、髯即ちアーロンの髯に流れ、其衣の裾に流るるが如し。
(エピタラヒレ領帯を着ける時の祈祷文)

 祭服は、どの部分であっても神恩を目に見える形に表したものである、という点で共通している。祭服の中で信仰上の意味と関連付けられないものはないが、身を守る、防寒、動きやすくするためなど、実際面や歴史的背景なども重要な要素である。しかし中には、ほぼ純粋に信仰的意味のみを表現したものもある。領帯や肩衣(オモフォル)はその代表である。
 領帯は機密執行者である主教と司祭が身につけるものである。9世紀頃までは、オラリを首に巻いて使用する形のものも存在した。そのためこの祭服はオラリの変形であり、輔祭の二倍の恩寵が司祭に降っていることを顕す、と説明される。しかし、この祭服にはもっと深い意味もある。
 まず第一に、領帯は肩ではなく首に前掛け状に装着される。これは領帯をつけるときに唱える祈祷文にあるように、豊かな神恩が流れている事を意味すると同時に、機密執行者が背負うくびきをあらわしている。オラリには、このくびきを意味する要素は希薄である。
 第二に、領帯はオラリと違ってほとんど動かしては使用されない。領帯に動きが伴うのは、罪の赦しや、神恩が降ることを明示する時のみである(痛悔や婚配機密の時など)。それを暗示するように、主教・司祭は祈祷中輔祭・副輔祭と違い、祝福を降す時以外あまり発声したり、動き回ったりしない。そのかわり、黙誦による祈りが多くなる。この黙誦は神と人の奥密な接点となる非常に重要なもので、祈祷中大切な箇所に差し掛かるほど多くなる。これは、特に聖体礼儀において言えることである。教会の生命の源は、機密執行者が人知れず交わす神との対話の結果、もたらされるのである。オラリは物理的な動き・発声に伴うものだが、領帯は目に見えない霊的な動きと祈りに伴うものであるといえよう。このように、領帯はそれを着ける者が、神と人の仲立ちにあることを明らかにするものなのである。機密執行こそ教会の生命の源泉である事を考えれば、領帯は全ての祭服の中で最も重要なものであるといえるであろう。主教・司祭とそれ以外の聖務者の違いとは、神恩を降す者と受ける者の違いであるといる。領帯は、機密執行者とそれ以外の人を聖別する、恵みと重荷を同時に表している。事実、司祭はこの領帯なくしてどんな聖務も行うことはないのである。